everyday,low price その1
大学生瀬尾康太は熱い男であった。座右の銘は夏目漱石の『こころ』から一節、「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」である。
馬鹿にならないため向上心は人一倍持ち続けた。小学生のころから問題を聞かれればわからなくても挙手したし、中学生のころ、女の子に告白を断られればどこがダメかを小一時間問い詰めた。
この持ち前の向上心が良い方向に働くときもある。が、時として悪い方向に働くときもある。
今日の話だ。俺は電車に乗っていた。そんで…おばぁちゃんに席を譲った。お礼を言われた。そんで…大森海岸で降りた。
「んで、任された部費を競艇で溶かした挙句、金借りようと思って友達をわざわざ大森海岸駅にまで呼んだってわけか。」
すがすがしいほどのクズ。せっかくの休日にたたき起こされ、急に大森海岸駅にまで呼び出された。瀬尾に振り回されるのは今に始まったことではないが、ここまでくると絶交を考える程だ。
「違う、茶菓子代を倍に増やそうとしただけだ!向上心!向上心!」
瀬尾は栗原の腕を引っ張った。無論、振り払われるが、そんなこと崖っぷちの男には効果はない。瀬尾はとうとう最終手段に出る。
「おい、何やってんだよ!」
公衆の面前、意地もプライドも捨てた土下座。長年友人をしている栗原もこれには動揺した。その動揺を瀬尾は見逃さない。
「頼む、協力してくれ!栗原…そうお前は友人Kだ!お前しか頼れるやつがいない。このままじゃ俺死んじまうよ~!」
死んじまうのはKの方だろ。ツッコミがよぎったが、これには栗原も根負けだった。
「わ…分かった、協力するから土下座をやめろ。ほら」
ありがとう~っと言いながら、瀬尾はしわくちゃになる程に泣いた。
「残金2161円。今持ってる全てです。」駅のベンチに座って、瀬尾は残金を確認した。
「これでサークルの新入生用のお菓子やジュースを用意するんだろ。」
前髪をいじりながら栗原も考えをめぐらす。
「ああ。」瀬尾は力なく返事をする。
「スナック菓子とかでいいんだろ?」
「ああ。」瀬尾は力なく返事をする。
「じゃあ、たぶん何とかなるね。」
「ああ。」瀬尾は力なく返事をする。
「えええ!何とかなるって!」
瀬尾は驚く。何とかなる。その言葉を聞いて天にも昇る思いだった。過払い金相談とかこんな感じなんだろうな。
「よし、梅屋敷にいくぞ!」
栗原は訳がわかっていない瀬尾を引っ張り、京急線に乗った。
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