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あずきバーと語りバー

新しくやってみたくなったので投稿します。経緯はあたりめ雑記に書くと思います。

 梅雨も近づく5月下旬。今朝からカラッと晴れて気温20℃。でも、昨日まで雨が降っていて湿度は76.3%。衣替えを迎えていない学生にとっては、一時とて制服など着てはおれない時期である。まったく、嫌なときに死んでくれるぜ。

『稲村のばーさん』。ここらへんの有名人だ。近所のお祭りやイベントなんかの運営によく貢献していた。若者たちを地元の集まりへ参加させたり、町内会予算の財政改革を行ったり、伝え聞くにレジェンド級に活躍したそうな。

 そんなことはいい。暑い。式場はエアコン完備の斎場じゃなくて、窓の建て付けもあやしい日本家屋だ。生前世話になったけど、倒れるくらいなら通夜を抜けたほうがマシだろ。生きてたら、あのばばあもそう言うに違いない。

 隙を見て、式の行われる部屋から、縁側へ。縁側を伝って、誰もいない勝手口へ移動する。何回か来たことがあるから、構造は把握済みだ。勝手口の戸に手を掛けた時、ついに発見されてしまった。

「まい、お前なんでここにいんだよ?」

 稲村まなみ。ばーさんの孫で、同級生の女だ。ここ最近は学校を休んでいたみたいだ。

「お、俺んちからファミコンもってくるからさ…」いけるか…?

「ファミコン?なんでファミコンがいるんだ?」だよな、あほか俺は。

 まぁ、悪いやつじゃないし白状してやるか。

「ファミコンというのは冗談で、気分がすぐれないんで、帰ろうかな…と思ってね。」

「あぁ、そうか。そんな格好して暑いもんな。ほら、」

 まなみは何かを差し出してきた。手元暗がりで見る分には分からなかったが、触れた瞬間、差し出したものが分かった。ビニールに包まれた冷たくて固いもの、アイスだ。

 俺に持ってたものを手渡すとまなみはさささっと冷蔵庫からもう一本持ってくる。

「一緒にアイス喰おーぜ。」

「井村屋のあずきバー」


 あずきバー

 第二次ベビーブーム、日本の成長止まらない1973年に、和菓子屋であった井村屋が今なお残るベストセラー、『あずきバー』をこの世に送り出した。

 このアイスの特色を挙げるならば、とにかく冷たく、とにかく固いことだ。

 それを物語るように、「万引き犯をあずきバーで殴ったら殺人未遂に問われた」とか、「停電で7時間も冷凍庫が動かなくとも溶けなかった」とか、ネット上では「あずきバー伝説」といった名前で真偽を疑うような噂話が日夜繰り広げられている。

 メーカー曰く、あずきバーは砂糖、小豆、水あめ、コーンスターチ、食塩だけで作られており、不純物がなく中身が詰まっているので、驚くほどに冷たく固くなるのだという。


 ぞく。ああ、この味だ。冷たさに意識が戻って来るのを感じる。

「やはりうまいな。あずきの香りが違う。たま~に食べたくなるんだよな、これ。」

 久しぶりのあずきバーに率直な感想が出る。

「ふーん、そう?甘さ控えめじゃなくて、あたしはもう少し甘いほうがいいと思うけどね。」

 まなみはそう言いながらもチロチロと食べ進めている。口では大層なことを言いながら身体は正直な女だ。

「食感も飽きやすいじゃん?なんか、ざっざっって感じが。雪を踏んでいるみたいな感じ?」

 確かにそうかもしれない。固さゆえか。

 あずきバーを咀嚼するとき衝撃は歯とその歯を支える顎にまで及ぶ。顔全体で何かと戦っているような感覚は慣れない人も多いだろう。

「確かに噛んだ時の感覚は人を選ぶかもな。」

「だよね。だから、ゲレンデの雪は食べることができない。お腹壊すしたし。」

「…まなみは雪を食べたことがあるのか」

「いやいや、うそ、うそ。うそだから!そんなわけないじゃん。」

 こいつは…案外変な奴なのかもしれない。


 語らい、笑い、楽しみ、食す。あずきバーを食べるのには時間がかかるが、今日はいつもよりかかってしまった。そんな中ふと気付いたことを聞く。

「まなみは葬式行かなくていいの?」

「あぁ、母さんがあんたは寝てなさいって。風邪ひいたのもおばあちゃんが死んでから疲れちゃったんだろうからって。」

 その時何故かは分からないが、まなみの瞳の中に哀しさが見えた。年中無休で元気な同級生の初めてしおらしい所を見た気がする。罪悪感に思わず目を逸らした。聞かない方がよかったか?

「でも、寂しくはないよ。明日の告別式には出るしね。」

『寂しくはない』…か。そこまで聞いてないのに、その言葉が出てくるか。明るく振る舞っているが、急に他界したことに衝撃を受けている。俺にはそう感じられた。

「あずきバー、もう一本いる?」「じゃあ、食べたい。」「麦茶飲む?」「…飲みたい。」「うん…」

 ここを離れてはいけないような感覚がした。ちょこんと後ろ袖をつかまれているようで、何故かこの女を放っておけなかった。

「はい、あずきバー。」

 二本目のあずきバーを食べる。


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