五 – 10
香との面会は四十分ほどで終わった。
義彦と雄大は病院の庭を横目で見ながら並んで廊下を歩いていた。
そして義彦はゆっくりと口を開いた。
「来てくれて、ありがとう」
義彦の礼を聞いた雄大は、少し不安げに返した。
「俺、結局あまり話ができなかったけど、役に立ったのかな?」
「ああ。香ちゃんには雄大くんに会うだけでもいい刺激になる」
義彦の穏やかな返事に、雄大はようやく安堵した。
「来週から学校が始まるから、間宮さんも来られるようになるといいけど」
雄大は中庭に面する廊下に出たところで足を止めると、義彦に尋ねた。
「義彦さんは、和那のどこを気に入ったの?」
雄大の突然の言葉に、義彦は少し驚いていた。
雄大は二人のつきあいについて、意識しているように見えなかったからだ。
「唐突だな、驚いたよ」
義彦が素直に言うと、雄大は中庭を背にして、義彦をまっすぐに見て言った。
「俺は、和那と義彦さんがつきあうことになって良かったって思っている。
和那はずっと義彦さんが好きだったし、父さんと母さんも喜んでいる」
そう言う雄大の真剣な眼差しに、義彦は息を飲んだ。
「こんなこと、義彦さんに言うのは不謹慎だと思うけど」
そう言いかけた雄大の表情に、義彦は不思議に動揺した。
「俺は人に会うのがすごく嫌だった時がある。友達とも・・・母さんにも、話しかけられてもどう返していいのか分からなくなって。
特に父さんが単身赴任でいなくなって、母さんと和那と三人になってからは、めちゃくちゃ辛かった。
母さんが俺や和那にすごく干渉してきて・・・それがすごくうんざりして、毎日イライラしていた。
母さんのことを嫌いなわけじゃない。俺たちのことを考えてくれるのは判っている。でももし俺が一人だったら、母さんにひどいことをしたかもしれない」
義彦は、雄大が自分のことを語るのを初めて聞いた。
明るい陽射しの下、雄大は淡々と続けた。
「でも和那は母さんの言葉をうまく受け止めて返していた。俺の代わりに・・・代わりって言っても良いくらい、母さんの相手をして。
俺は和那の影に隠れるようにして母さんを上手く避けて、その間に和那のすることを見て、母さんへの対応を冷静に考えることができた。だから俺は母さんを傷つけることなく家族でいられた。友達とのつきあいも・・・和那が緩衝材になってくれた。俺は和那がいなかったら、きっとひきこもっていたと思う。だから、和那と兄妹でよかったって、思っている。すごく感謝している」
雄大の言葉は、まるで恋人への賛辞のように義彦には聞こえた。
そして雄大は淡々と続けた。
「和那はたぶん、俺がどう感じているかわかっていないけど。でも、それでいい」
義彦は静かに雄大の話を聞いた。
雄大が自分の気持ちを話したのはこれが初めてだったからだ。
雄大は軽く息を吐くと、ゆっくりと義彦に言った。
「義彦さんにしてみれば、俺は単なるワガママだよな。両親がいて、仲も良くて、そういう恵まれた家庭にいるのに」
義彦はなだめるように雄大の肩を軽く叩いた。
「そんなことはないよ」
義彦の言葉に、雄大は少し照れながら言った。
「俺はもう大丈夫。だから今度は俺があいつを応援したい。和那のこと・・・お願いします」
雄大は義彦をまっすぐに見つめた。義彦にはその目を見返すだけの意志があった。穏やかに微笑みながら義彦は言った。
「ああ」




