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五 – 6

和那の意識が戻ったときには、処置中を示す明かりが消えていた。

眠っていたというよりも、長椅子の後ろの壁に寄りかかっていたら時間が過ぎたという感覚だった。

舞は近くにはおらず、廊下の奥から母親が小走りでやってくるのが見えた。

そして母親が処置室の前に着いたと同時に、処置室から女医が現れた。

若い女医は、和那を見つけると笑顔で応えた。


「間宮先生は大丈夫よ。傷は深いから出血がひどかったけれど、臓器の損傷はなかったから」


その医師は、和那が通院しているときに何度か会っていたが、親しく話をした覚えはなかった。

和那は不思議に思ったが、医師は和那の表情には目もくれず、陽菜に向けて言った。


「橋本陽菜さんですね?私は間宮先生の大学の同窓で、家の事情も少し知っています。

間宮先生は傷が深いので、しばらく入院する必要があります。

先生の妹の海さんは精神的に参っているようで、うちの病院の別棟に運ばれています。

海さんとの面会はできませんが、無事であることはお伝えしておきます」


女医の言葉を聞いた陽菜は、落ち着いて返した。


「そうですか。海ちゃんが無事ならいいです。

義彦さんの入院に必要な荷物は持ってきたので、入院手続きは私がします」


和那は視線を落とすと、陽菜が雄大のボストンバックの他に紙袋を持っているのが見えた。

陽菜は医師に礼を言ってから、半ば放心状態の娘に向かって言った。


「和那に着替えとタオルを持ってきたわ。義彦くんが目を覚ます前に着替えてきなさい。洋服が黒いから分からなかったけど、結構な量の血がついているわね」


陽菜は和那に紙袋を渡すと、少し涙ぐみながら呟いた。


「ひーこちゃんと義貴さんの命日にこんなこと・・・義彦くんにとって、今日は厄日なのかしら」



義彦が目を開けると、傍らに陽菜の顔が見えた。


「義彦くん、具合はどう?」


そう言う陽菜の顔は穏やかだった。


「陽菜さん・・・来て下さったのですね。すみません」


義彦がそう言うと、陽菜は当然のことのように首を横に振った。


「義彦くんが怪我をしたのに、内緒にされた方が怒るわよ。

入院に必要な物は持ってきたわ。

パジャマは大和のだけど、下着や歯ブラシは新しい物だから。

他に必要な物があったら言ってちょうだい」


陽菜らしい心配りが、義彦には嬉しかった。

義彦は視界に和那の姿が見えないことを陽菜に尋ねた。


「ありがとうございます。和那ちゃんは・・・どうしていますか?

怪我をした俺に付き添ってくれて」

「着替えているわ。じきに戻ると思うけれど」


陽菜がそう言うと同時に、和那が病室に入ってきた。

和那は義彦の顔を見るなり、静かに泣き出した。

陽菜は娘をなだめるように優しく言った。


「どうしたの、和那。義彦くんは大丈夫よ」


和那は義彦が目を覚まして安堵したと同時に、自分の幼さを痛感した。

和那は怪我をした義彦に止血を試みたが、傷口から血が溢れて和那の両手を染めていった。

それに対して聖義は義彦の出血を止め、母親は機転を利かせて入院の準備をしている。

和那は自分だけ何もできずにいたような気がして哀しかった。

和那は嗚咽をこらえながら思った。


--義彦さんの力になりたいと思ったのに。こんなんじゃ、全然だめだ。


陽菜と義彦は和那の様子をしばらく見ていたが、義彦は静かに言った。


「陽菜さん、すみません。少しだけ、和那ちゃんと二人で話をさせてもらえますか?」


陽菜は軽く頷くと、和那に囁いた。


「もう面会時間は過ぎているから、あまり長くならないでね。

母さんは廊下で待っているから」


陽菜は和那の頭を軽く撫でてから病室を出て行った。

入れ替わりに看護師が部屋を訪れて、義彦に様子を尋ねた。

和那はその間に懸命に泣きやんだ。

看護師が病室を出ると、義彦は和那に向けて右手を差し出して言った。


「おいで」


和那は義彦の傍らに立ち、手を握った。

義彦の体温を感じた和那は再び泣きそうになった。

和那は涙を辛うじて堪えると、ゆっくりと言った。


「義彦さんが言ったことが分かった」


義彦は和那をなだめるように言った。


「なにが?」


和那は、自分が怪我をしたときの義彦の表情を思い出しながら言った。


「私が傷つくのが怖いって。

私は、私が怪我をしても我慢すればいいと思っていた。

でも、義彦さんが怪我をして、私に何もできないことが辛い」


義彦は穏やかに言った。


「ちゃんと救急車を呼んで、止血をしてくれたろう。

人が血を流しているのを見たら普通はなかなか動けないよ」

「でも、止血は聖義さんが・・・」


義彦は手を伸ばして和那の頬に触れた。

そして和那の目を見ながら言った。


「和那がいてくれて良かった」


義彦は本心から思っていた。

義彦は出血していた時、自分の身体が冷えてきたように感じていた。

凍えそうな感覚の中で、背後に感じた和那の体温が義彦を暖めていた。                                     


--抱きしめられることなんて、いつ以来だろうか。


義彦はそう思いながら和那に微笑みかけた。

和那はようやく表情を和らげると、自分から義彦にキスをした。


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