五 – 3
義彦は和那とレストランで昼食をとった後、和那を自宅へ誘った。
和那は義彦の後について自宅へ上がった。
義彦の部屋は玄関を入ってすぐ正面にあった。
そして義彦は自分の部屋に一歩入ると、和那を振り返り、静かに告げた。
「俺は和那に触れたい。和那を・・・抱きたい。
もし和那が了承してくれるなら、俺の部屋に来てほしい」
和那は義彦の唐突な言葉に顔を赤くした。
和那が部屋の前で立ち尽くしていると、義彦は優しく言った。
「突然ごめん。強要するつもりじゃない。
和那にその気がないなら、気にしなくていい。
リビングでお茶でも飲もう」
すると和那は義彦の声に弾かれるように、赤い顔をしたまま足を一歩進めて義彦の部屋に入った。
和那は緊張のあまりに少し震えながら、小さな声で言った。
「その・・・いいですけど・・・先にお風呂を借りてもいいですか?」
和那には義彦とセックスをした記憶がなかった。
自宅に誘われた和那はこうなるかもしれないとは思ったが、いざその場になると緊張してうまく話ができなかった。
義彦は和那の肩を抱くと、耳元でささやいた。
「そのままでいいよ」
義彦は部屋のドアを閉めると、和那の体を抱きかかえてベッドに静かに下ろした。
義彦は以前に和那を乱暴に扱ったと反省していたので、今日は大事な物を扱うように、優しく和那に触れた。
義彦が目を開けると、義彦の腕を枕にして眠る和那の顔があった。
穏やかな表情の和那を見て、義彦はひとりで思い出し笑いをした。
--俺は和那に対しては、自分の欲望のままに動くのだな。
義彦が初めて和那を抱いたときは、海の自殺未遂にショックを受けて発作的にしたことだった。
しかし今は違った。
和那を女性として意識し始めてから、義彦は自分の感情を抑えられなくなっていった。
義彦は仕事でも交友関係でも理性的に対応していたが、和那のことになると途端に理性が働かなくなった。
女性に対してこれほど強引に抱こうとしたことはなかった。
それは義彦にとって不思議な感覚だった。
義彦は和那が未成年であることも、自分が医師であることも、頭では理解していた。
それでも和那が自分を好きだと言ってくれた瞬間から、義彦は和那を抱きたい衝動を止められなかった。
ほどなくして和那がゆっくりと目を開け、義彦の視線を感じると穏やかに微笑んだ。
その表情は義彦の目に美しく映った。
義彦が和那の頬を軽く撫でると、和那はいつもの照れたような笑顔に変わり、そして言った。
「私、義彦さんと・・・その・・・こうしたの・・初めてですか?」
「いや、初めてじゃない」
「そうですか・・・でも・・私にとっては初めてで・・・その・・」
照れて口ごもる和那を、義彦は愛おしいと思った。
「どうかした?」
からかうように尋ねた義彦に和那は応えず、黙って義彦の胸に自分の頭を乗せた。
照れた和那は、義彦に顔を見せたくなかったのだ。
和那は義彦の心音を聞きながら思っていた。
--きもちよかった、なんて恥ずかしくて義彦さんに言えない。
義彦に抱かれている間の和那は緊張こそしていたが、痛みを全く感じなかった。
満たされる、と言う言葉を初めて体感できた。
義彦に抱かれて感じたことは、和那にとって夢のようだった。
普段の和那ならば、嬉しくてはしゃいでしまうほど浮かれていた。
その気持ちを抑えられたのは、義彦が側にいたからだった。
義彦とは対照的に、和那は大人な義彦に合わせようと理性が働いていた。
二人はしばらくそのまま抱き合っていたが、義彦がふいに時計を見て言った。
「もう五時だな。そろそろ起きてお茶でも飲もう」
気がつくと部屋は薄暗くなっていた。
義彦が上半身を起こすと、和那はふとんで体を隠しながら言った。
「はい。あの・・今度こそ、お風呂を借りていいですか?」
ふとんにくるまれて照れる和那が、義彦には可愛く映った。
義彦は穏やかな笑顔で言った。
「わかった。用意するよ」
義彦は和那に軽くキスをしてベッドから降りると、落ちていた服を拾い、和那に背を向けて服を着た。
和那は義彦の背中を眺めながら思った。
--義彦さんの背中、大きい。
義彦とセックスしている間、和那は自分の身体に感じる変化に驚くばかりで、目を開けられずにいた。
和那は改めて義彦の裸体を間近で見て照れた。
和那の視線を感じた義彦は振り返り尋ねた。
「どうかした?」
「いいえ」
慌てる和那に義彦は笑いかけると、服を着終えて立ち上がり、和那に言った。
「支度ができたら声をかけるから、待ってなさい」
「はい」
そうして義彦は部屋から出て行った。
その直後に、事件は起きた。




