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五 – 2

義彦が霊園に着くと、和那は霊園の入口にあるベンチに座っていた。

和那は髪を顎の長さに切りそろえ、グレーの薄いコートの下に黒のタートルセーターに黒いスカート、黒のタイツを穿いていた。

モノクロの世界の中、和那の手にしていたガーベラの鮮やかなオレンジが義彦の眼に止まった。

和那は義彦の姿を見かけると、静かに微笑みかけた。

その姿が妙に大人に見えて、義彦は少し戸惑った。

そして義彦の視線を感じた和那は、義彦が花に注目していると思い、言い訳をするように言った。


「仏花って、普通は菊とかだと知っているけれども、私はどうしてもこの花にしたくて。おじさんはガーベラが好きだったから」

「親父が?」


義彦は意外な気持ちで聞いた。

義彦は父親が花に興味を持ったことを知らなかった。

和那は少し嬉しそうに言った。


「昔、うちに来たときにガーベラを見て、花の名前を私に訊いたの。

その時におじさんが『きれいだな』って、言っていたから」


陽菜は花が大好きで、橋本家にはたくさんの植物があった。

義貴は花瓶の花を見て、和那に尋ねたのだった。

義彦は呟くように言った。


「そうか・・・知らなかった」


和那は笑顔で頷くと、義彦を促すように先を歩き始めた。

二人は墓石を洗い、花と線香を供えて手を合わせた。

義彦が目を開けて和那を見ると、和那は真剣な表情で墓石を見ていた。

その姿に義彦が見とれていると、和那は墓石を見たまま言った。


「私、義彦さんとの出来事が思い出せないです。

昔、義貴おじさんが子供を連れてうちに来たことは何となく覚えています。

でもそれが義彦さんや海さんだってわからない。だけど・・・」


和那は義彦を振り返り、続けて言った。


「私は義彦さんが好きです」


きっぱりと言う和那がとても美しかった。

義彦はその美しさに圧倒されて、呟くように言った。


「どうして」

「自分でも分からないです。でも怪我をしてから、ずっと義彦さんのことを考えていました」


和那はそう言うと、立ち上がった。

義彦も勢いにつられて立ち上がると、和那は義彦の目をまっすぐに見ながら言った。


「義彦さんは私の事をどう思っていますか?

今の私は以前と違いますか?

私は怪我をしたあの日からの記憶しかないけれど、義彦さんを好きになったら、だめですか?」


義彦は途惑っていた。

父親とひーこの墓石の前で、自分は和那にどう応えていいか判らずにいた。

しかし和那は一歩も引かない雰囲気を漂わせていた。

和那は義貴の墓前で義彦に告白することで、自分が真剣であることを伝えたかった。

義彦は軽く息をつくと、和那の右頬に軽く触れた。

怪我をしていた和那の頬は腫れもひいて、怪我の形跡はほとんどなかった。

義彦は少しだけ表情を曇らせると、言葉を選びながら言った。


「俺といることで和那が傷つくのが怖い。これ以上、辛い目に遭わせたくない」


和那は間髪入れずに応えた。


「私は怪我よりも、義彦さんに会えないほうが辛いです」


義彦の記憶を失う前の和那は、優秀で容姿端麗な義彦に対して自分に自信を持てずにいた。

しかし義彦に関する情報を失ったことで、純粋に義彦を想う気持ちを持てた。

和那は真剣な表情のまま、続けて言った。


「私の怪我を気にする必要は、ありません。

それで・・・もし義彦さんが、私を・・記憶がない私でも好きになってくれたら嬉しい・・・私は一緒にいたいです」


義彦は和那の真剣な表情を見て驚いていた。

そして義彦は墓石に視線を移して考えた。


--親父が生きていたらどう言うかな。和那とつきあえば、いずれ大和さんを間宮家に巻き込むことになるから、俺を止めるかもしれない。

でも親父、俺はもう独りで生きていたくない。


義彦は言葉の代わりに、和那を優しく抱き竦めた。

和那の髪の、頬の、体の感触が義彦には心地よかった。

改めて和那に触れた義彦は、もう和那を離す気になれなかった。

和那は無言のまま、義彦の腕の中で目を閉じた。


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