四 – 6
和那は寝汗をかきながら目を覚ました。
--痛い。
右肩から腕全体が脈を打つように痛んで落ちつかず、そして右頬も熱く熱をもっていた。
額には氷嚢を当てていたのだが、ずれて枕の傍らに落ちていた。
熱でだるい和那には、氷嚢を直す気力もなかった。
背中がまるで強力な磁石でベッドについているかのように、重かった。
和那は今まで大きな怪我をしたこともなく、入院も初めてだった。
隣のベッドに海が寝ていることは判っていたが、声をかけて起こすのは憚られた。
和那は世界中でひとりぼっちになったかのような孤独感を覚えた。
和那が泣きたい気持ちで暗闇の中に視線を彷徨わせていると、ペンライトの光とともに人が入ってきたのが見えた。
和那はライトの明かりから義彦の表情を見てつぶやいた。
「よしひこさん?」
白衣を着た義彦は、医師の表情で和那に言った。
「のぞきじゃないよ。夜の見回り」
義彦の軽口に、和那は少し笑った。
義彦も笑いかけたが、内心は和那の顔の腫れ具合を心配していた。
義彦は本来の勤務時間ではなく、和那に告げたことは嘘だった。
しかし、義彦を恋人であると認識できない和那に会うためには、医師であることを利用するしかなかった。
義彦は和那を不安にさせないように、努めて穏やかに言った。
「眠れない?」
義彦の言葉に、和那は軽く頷いた。
「右肩が・・・腕が痛くて」
寝起きのせいもあり、和那の声はかすれて弱々しかった。
義彦は和那のベッドの脇にあるカーテンを半分だけ引くと、ベッド灯を点けた。
そして和那のベッドのそばにある椅子に腰を下ろすと、和那に水を飲ませた。そのあと義彦は、和那の額の汗をタオルでぬぐいながら小声で言った。
「熱があるね。突然の怪我で身体が興奮しているのだろう。
痛み止めの薬は飲んでいるから、気持ちが落ち着けば眠れると思う」
義彦の言葉に和那は頷くと、布団から左手を出して義彦に触れようとした。
和那に義彦の記憶が戻った訳ではなかったが、誰かに触れていたかった。
すると、義彦は和那の手を取って優しく告げた。
「眠るまで側にいるよ。辛ければ痛み止めの注射を打つから」
義彦の言葉を聞いた和那は、それまで感じていた恐怖感が一気に退いていくのを感じた。
和那は軽く頷くと、目を閉じた。
--寝ているときに側に人がいるって、こんなに落ち着くのか。
和那には、義彦の冷えた手が心地よかった。
和那は穏やかな気持ちになり、まるで麻酔がかかったように眠りに落ちた。
和那が眠ったことを見て取った義彦は、かすかな声で呟いた。
「本当にすまない」
義彦は、和那が倒れていた階段の踊り場で、チカラを使って和那の肩の骨折を修復した。
しかしチカラで怪我を修復すると、怪我をした本人の修復にかけるエネルギーを無理に使わせるため、身体にかかる負荷が大きかった。
さらに身体は怪我を覚えているので、傷を治しても痛みは残った。
その経緯を、義彦は義貴から聞いていた。
--よほど体力のある人間でない限り、怪我をチカラで治すな。
義彦は義貴がどういう経緯でそれを知ったのかを尋ねなかったが、何となく、父親はひーこに対して行った経験から言ったのだろうと思っていた。
チカラでの治癒は術者にも負担になった。
義彦には、父親が自身を犠牲にしてまで治したい人が、ひーこ以外に思いつかなかった。
義彦は自分の手を和那の傷に翳し、頬の傷を修復していった。
和那は若く体力があるので、多少は無理しても目立つ傷は治しておきたいと義彦は思った。
和那や陽菜の手前もあったが、何よりも義彦自身が傷ついた和那を見ていられなかった。
和那が自分の事を覚えていないことにはショックを受けたが、和那の身体がこれほどに傷ついていることが、義彦には耐えられなかった。
チカラを使いながら、義彦は自虐的に笑った。
--チカラがあっても俺はこんなに無力だ。和那と海を守ることができなかった。
義彦はそう思う一方で、自分がただの人間なのだと安堵を覚えていた。
そして和那に驚いてもいた。
海のために、後先考えずに階段に身を躍らせた彼女を、義彦はどうしようもなく愛おしかった。
本当は、和那を家に連れて帰り、ずっと側についていたかった。
かろうじて残っていた医師としての理性が、義彦を押しとどめていた。
義彦は和那の寝顔を見ながら、舞から聞いた大和の秘密を思い出していた。
和那と雄大の父親である橋本大和が、実は能力者にとって『チカラの触媒』となる人間だと舞は言うのだ。




