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四 – 4

和那と海が落ちた階段は、踊り場までかなりの段数があった。

受け身の姿勢をとらなかった二人は、長い階段の途中で、身体のいたるところをぶつけた末に、勢いよく踊り場へ落ちた。

最初に起き上がったのは、和那の上に乗っていた海だった。

しかしその直後、海の身体に痛みが走って踞った。


「あ・・・」


流産の手術を受けて間のない海は、落下したときの衝撃で腹部をえぐられるような痛みを感じた。

海は痛みに冷や汗をかきながら、傍らに倒れている従妹を見た。


「かずな・・・ちゃん」


和那は蒼い顔をしたまま意識がなかった。

和那は転倒時に額を切っていて、血が和那の頬を朱く染めていた。

海は震える指先で、和那の額の傷に軽く触れた。

そして死んだように動かない和那を見て、背筋が凍る思いがした。

海は自身の父親を事故で亡くしていて、その時の状況を思い出していた。

海は涙でぼやけた視界の中で、ぼんやりと思った。


--和那ちゃんが死んだらどうしよう。


海は痛みとショックで貧血を起こし、次第に視界が暗くなっていた。

聖義は廊下から二人が落ちるのを見ていたが、とっさに身体が動かなかった。すると異変を感じた義彦が、病室から走り出て聖義の前を通り過ぎた。

義彦の真剣な表情を見た聖義はようやく我にかえり、義彦の後を追った。

義彦は階段の踊り場に降り立つと、意識のない和那に声を掛けた。


「和那ちゃん、俺の声が聞こえるか?」


義彦が和那の意識を確認していると、海は兄の傍らで呟くように言った。


「和那ちゃんは、私を庇って階段を落ちたの・・・」


海はそう言うと、腹部を押さえてうめいた。

義彦は海を落ち着かせるように、背中をさすりながら優しく言った。


「海は自分の事だけ考えろ。和那ちゃんは大丈夫だから」


海は兄の言葉に安堵して頷くと、そのまま踞った。

義彦はハンカチを取り出して和那の額の傷口を押さえながら、チカラで和那の具合を診た。

受け身を取らずに、しかも海の重みも加わった状態で階段から落ちた和那には意識がなく、かなりの重傷を負っていた。

義彦は和那の肩が不自然に歪んでいるのを見て息を飲んだ。


--頭部は外傷だけだが、右頬骨は剥離骨折、それに右肩が脱臼骨折している。


その頃、聖義はようやく海の側に降り立った。


「海、大丈夫か?」


聖義は海の細い肩を抱いた。

海の身体は震えていた。

聖義は海の肩越しに和那と義彦を見た。

義彦は和那の傍らに座ったまま、和那の肩に手を軽く置いて動かなかった。

しかし聖義は、義彦の瞳が朱紫になっているのを見て驚いた。


--義彦さん、本気でチカラを使っている。


義彦の真剣な眼差しが、和那の怪我の深刻さを物語っていた。

すると突然、和那の右肩が異様な音を立てた。

義彦がチカラを使って、和那の右腕の骨折を治して脱臼を戻したのだ。

和那の表情は一瞬曇ったが、目を開けなかった。

海はその音に肩を震わせると、顔を上げられないまま、涙声で呟いた。


「かずなちゃん・・・ごめんなさい」


聖義は海の肩を抱く手を強めた。

義彦は聖義に言った。


「聖義。下の階の受付に看護師がいる。担架を二つ持って来るように頼んできてくれないか?和那ちゃんは意識がないし、海も痛がっているから担架に乗せて運んだ方がいい」


義彦の冷静な声に聖義は頷いた。

義彦の瞳は黒色に戻っていたが、和那を見る義彦の真剣な表情に、義彦が和那をどれだけ大事に考えているのか聖義にははっきりと理解できた。


--義彦さんには彼女が必要だ。


聖義はそう思いながら階段を駆け下りた。


香は階段の上から和那を凝視していた。

そんな香を舞は背後から抱きしめた。


「香・・・もういいのよ・・ごめんね・・・」


舞は泣きながら言ったが、香の耳には何も入らなかった。


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