三 – 11
和那は家に戻り、自分の気持ちを整理していた。
間宮家に関わる人々、義彦や香、恐らく海と聖義にも特別な能力があると和那は認識した。
海が飛び降りた直後に屋上から姿を消した義彦、そしてマンションから落ちたはずの海が無傷でいたこと。
海を抱きかかえていた聖義、和那の鞄の中に入っていた飲み物を言い当てた香。
海が義彦の能力を肯定したことは、和那の気持ちを落ち着かせた。
しかし、和那は香の言葉を思い出して身震いした。
『あなたと一緒に、私も義彦さんを感じたの』
まるで二人のしたことを見たような香の言葉に、和那は怯えた。
--もしかしたら、私のことを監視しているのかもしれない。それとも・・・間宮さんは私を操れるの?
和那は部屋の中を見回したが、カメラらしいものはない。
しかも香が指摘した場所は、義彦の家の出来事なのだ。
そう思っていた時、和那の携帯電話が鳴った。
着信音に驚きつつ和那が電話を見ると、義彦からであることが分かった。
和那が電話に出ると、義彦の声が耳に響いた。
「今、どこにいる?」
義彦はそう言ったが、和那を束縛する意味ではなく、和那が遅く帰ることを気にしていることを和那は知っていた。
「家です。そうだ、街で海ちゃんに会ったの」
「そうか」
街で会った海は、恐らく義彦に頼まれて自分の様子を見ていたのだと和那は思っていた。
言葉だけ聞くと和那も何となく怖くなったが、香に監視されているかもしれないと思う今は、少しだけ心強くも感じていた。
「間宮さんにも会った。そういえば、私の鞄の中に紅茶が入っていたのだけど、義彦さんが入れたの?」
和那の問いに義彦は言葉を詰まらせ、そして取り繕うように言った。
「紅茶は買っていたけど、そういえば車のなかで見あたらなかったな。
和那の鞄に入れたつもりはなかったけれど、何かの拍子に入れてしまったのかもしれない」
義彦の言葉に、和那はとっさに思った。
--うそ、だ。
和那は義彦が紅茶を飲んでいるのを見たことがなかった。
そして義彦は和那が紅茶を飲まないことを知っていた。
和那は義彦が香をかばっていると思った瞬間、言いようのない嫌な気持ちがわき起こった。
しかし和那は義彦にそれを指摘しなかった。
義彦の前では元気で明るい自分でいたかった。
和那が笑うと柔らかく笑い返す、義彦の笑顔が和那は大好きだった。
何よりも、義彦を信じていたかった。
和那は自分の気持ちを振り払うように言った。
「間宮さんに会って、あげたの」
「そう」
二人はそれぞれ電話を持ったまま黙った。
和那はあることが気になって仕方がなかった。
--間宮さんには、どんな能力があるの?
和那は義彦に聞きたくて、止めた。
もし本当に香に監視されていたら、義彦に話をしたことも彼女に知られてしまう。
香に自分を操る力があるのならば、何をされるかも分からないと和那は思った。
沈黙を破ったのは義彦だった。
「来週から夏休みだね」
「はい」
「夏休みになったら、平日の休みでも会える。そうしたら家に遊びにおいで」
その言葉で、和那は義彦が自分の言葉をちゃんと受け止めてくれていたのだと分かった。
「はい」
和那は電話を切ると、海の言葉を思い出した。
『和那ちゃん。お願い。兄を信じていて?』
海は自分にそう言ったが、義彦の何を信じれば良いのか、和那には答えが見つからなかった。
しかし和那は、義彦の優しさを感じていた。
義彦は二人がつきあうことを母親にちゃんと説明してくれた。
自分と雄大の勉強を分け隔てなく見てくれた。
少なくても義彦は自分を傷つけたり、泣かせたりしないと和那は理解していた。しかし義彦の後ろにある『間宮』という家が、和那は怖かった。
--義彦さん。
和那は見えない怖さを振り払うように、義彦を想った。




