三 – 6
義彦が和那の部屋を出てリビングに降りると、雄大と陽菜がテレビを見ていた。
義彦は二人に声をかけた。
「そろそろ失礼します。お邪魔しました」
義彦が挨拶をすると、陽菜は笑顔で言った。
「和那に会いに来るでも構わないから、また来てちょうだい。
次は私がご飯を作るから」
「はい。ありがとうございます」
すると雄大もすかさず言った。
「義彦さん。俺、勉強を教えて欲しい」
雄大の言葉に陽菜も乗った。
「それはいいわね。
夕食を食べに来たついでで構わないから、少し見てもらえるとうれしいな。
うちの子供達、塾に通ってないのよ」
陽菜の言葉に、義彦はとまどいながら言った。
「俺が高校生を教えられるのは、理数系の科目くらいですけど」
義彦がそう応えると、雄大は嬉しそうに言った。
「いいです。助かります」
雄大も義彦を慕っていた。
陽菜はさらに言った。
「理数系なら雄大よりも和那の方を見て欲しいくらい。数学が全然だめでね。義彦さんに教わったら、あの子もまともな点数がとれるかもしれないわ」
和那はまだ自分の部屋でお茶の片付けをしていた。
義彦は和那が来る前に、雄大に尋ねたいことがあった。
「雄大くんの学校に、間宮香ちゃんも通っているよね?
香ちゃんは和那ちゃんと同じクラスかな?」
義彦の問いに、雄大は不思議そうな表情で応えた。
「いや。間宮さんは俺と同じ理数系クラスです。
和那とは教室が離れているし、選択授業も違うと思うけど」
「そうか・・・ありがとう」
和那が盆を持ってリビングに来たところで、義彦は和那に言った。
「二人の家庭教師を仰せつかったよ。理数系専門の」
「えっ」
義彦の言葉に和那は絶句した。
和那は文系科目こそ人並みの成績だったが、数学が壊滅的に苦手だったのだ。顔を強ばらせた和那を楽しげに眺めつつ、義彦は言った。
「ご飯、おいしかった。またお邪魔します」
義彦は家に戻ると、海に電話をかけた。
「具合はどうだ?」
「お兄ちゃん、朝も同じ事を訊いたよ。もう、大丈夫だよ」
妹の声は落ち着いていた。
「和那ちゃんも心配していた。大丈夫って言っておいたから」
「ありがとう。また心配をかけちゃった」
しばらく沈黙した後、義彦は海に尋ねた。
「海は・・・和那ちゃんにチカラを使っているのか?」
「えっ?どうして?」
義彦の問いに、海は意外そうな声を出した。
「私は何もしてないけど」
妹の答えは義彦の予想通りだった。
自殺しようとした人間が、他人を監視する理由はなかった。
「そう・・・か。ならいい」
「誰が?和那ちゃんと接点があるとしたら香ちゃんだと思うけど・・・でも、どうして?」
「分からない。彼女に操られているような挙動はないのだけど、チカラの気配は感じる」
「気になるなら、和那ちゃんに会おうか?私なら誰のチカラなのか、見極められるかもしれない」
海はそう言ったが、海の体調がよくないことを義彦は理解していた。
「いや、しばらく様子を見てみる。じゃあ、聖義によろしく伝えて」
「はい。おやすみなさい」
海の口ぶりから、回復への兆しが見えたように義彦は思った。
実際、海は聖義のマンションでほとんど眠っていて、聖義も海の様子を頻繁に見ていた。
海は忙しい聖義に悪いと思いつつも、聖義が側にいてくれることが嬉しかった。




