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二 – 9

義彦と聖義には、触れずに物を動かすことのできる特別なチカラがあった。

海が屋上から飛び降りた瞬間、義彦はチカラを使って階下に降りた。

すると、海が落ちる先に聖義の姿を見つけた。

聖義はそのチカラで自分の身体を宙に浮かせて、落ちてきた海を受け止めた。

マンションの中間地点の高さで海を受け止めた聖義は、そのまま減速しながら地面に降りた。

三人はゆっくりと地面に降りた。

義彦は、聖義の腕の中でぐったりしている海に声を掛けた。


「海」


海は気を失っていたが、外傷はなかった。

義彦は海の手を取り、脈拍を確認して息をついた。

義彦が海を診ている間、聖義は辛い表情で海を抱きかかえていた。

そして聖義は顔をあげると義彦に言った。


「しばらく海を預からせてください。もうこんなことはさせないから」


義彦は黙って聖義を見ていたが、ゆっくりと頷いた。

その直後、マンションから和那が飛び出してきた。


「海ちゃん、海ちゃん!!」


和那は海に駆け寄ると、海の顔を覗きこんで叫んだ。

海が息をしているのを見た和那は、その場に座り込んだ。

和那の目から涙があふれ出した。


「海ちゃん・・・死んだらやだよ・・・」


陽菜には親族がいなかったので、海は和那にとって唯一の従姉だった。

なによりも、幼い頃から仲が良かった海が死ぬ姿など見たくなかった。

聖義は和那の泣く姿をしばらく黙って見ていた。

そして和那に優しく声をかけた。


「海を心配してくれてありがとう」


和那はその声で顔を上げた。

和那の目には、聖義の表情がとても穏やかに映った。

聖義は海を抱え上げて二人に一礼すると、マンションの脇に停めた車に歩いていった。

和那は黙ってその様子を見ていたが、聖義が車のドアに触れる前に助手席の扉が勝手に開いたのを見て呟いた。


「あの車・・・自動ドア・・・じゃないよね?」


聖義は助手席を倒して海を寝かせると、運転席に廻り、静かに車を発進させた。


「聖義さんって・・・何者?」


和那はそう呟くと、ふと思いだしたように義彦の顔を見た。

義彦の顔からは血の気が引いていて、今にも倒れそうだった。


「義彦さん、大丈夫?」


和那は声をかけたが義彦は返事をせず、目は空中を見ていた。

いつも冷静沈着な義彦が、硬直しているのを見た和那は心配になった。


「部屋に・・・戻りましょう」


和那は義彦の腕を取ると、マンションの中へ連れて行った。

二人は無言でエレベーターに乗り込み、部屋の前に来ると、和那は義彦に言った。


「部屋の鍵を・・・貸して下さい」


玄関はオートロックで、一度外へ出ると、鍵がなければ部屋には入れない。

義彦は和那の声に反応するように、ズボンのポケットから鍵を取り出した。

和那は鍵を受け取ると、鍵穴に差し込もうとしたが、手が震えてなかなか入らなかった。

和那は必死の思いで玄関のドアを開けると、義彦を玄関の中に押し込んだ。

そして和那は義彦の靴を脱がせ、義彦の背中を押して廊下からリビングに向かおうとした。

すると義彦は突然、近くの部屋のドアを開けて和那の腕を掴むとそのまま部屋に入った。

月明かりが照らす暗い部屋には、ベッドしかなかった。

和那が義彦の顔を見ようと振り向いた瞬間、仰向けのままベッドに突き飛ばされた。


「きゃっ」


和那は一瞬、自分の状況が分からなくなった。

身体がベッドに沈み込んだ反動でスプリングが大きく鳴った音を聞いて、和那はようやく我に返った。

そんな和那の上に義彦は無言で覆い被さると、唇を合わせた。

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