第56話「訪問者」
第四防衛基地の中にある会議室の一角で、数人の男たちが顔を合わせていた。
とはいっても、会議室の中では怒号が鳴り響いていたのだが。
「この、バカ野郎がぁ!!」
「申し訳、ありませんでした!!」
俺の目の前では、二人の男が声を上げていた。
一人は同期で最近、第四小隊長に任命された加藤 鉄国。
頭を下げながら必死に誤っているのが、今日基地に配属されたばかりの新人で、確か小野って言っていたような気がする。
「まあまあ、僕が付いてきている事を確認しなかったのが問題なんだから、ね?」
「ソレですよ、本当に問題なのは!!」
説教されている小野を見かねた桜木は、助け舟を出そうと話の間に入ろうとする。
だが、それがテツクニをさらに刺激することになってしまったようだ。
「いっつも、貴方はそういう人だ! 今回も、アラシがいなければどうなっていたことか!!」
「ひ、ヒェー!」
それにしても、最近のテツクニは以前にも増して張り切っているなあ。
やはり、第四小隊の隊長に任命されたことが影響されているのだろうか。
彼はこの二年で、素晴らしい成長を見せているからな。
「ああ、アラシくーん! ねえ、助けてよー!!?」
ああ、桜木さんが耐えられなくなったのか、俺に助けを求める声を上げた。
しょうがないな、まったくこの人は……。
「まあその辺にしとけよ、テツクニ。 桜木さんも、周囲に気を配りつつだったんだ、どうしても防げない事は出てくるさ」
「だがアラシ、それはだな……」
「それに、もう一人の鬼の気配には気づいていなかったお前にも責任はあるんじゃないのか?」
「……! そうだな、言い過ぎました……桜木さん」
そう言って、テツクニは桜木さんに頭を下げる。
実際、俺が名無しの鬼をあそこで討伐してなければ、被害は砦に向かっていただろう。
まあ全てがテツクニのせいでは無いだろうが。
「ほらほら〜、アラシくんの言う通りだって!」
頭を下げて謝るテツクニに、桜木さんは悪びれもせずに追い打ちをかけようとする。
やっぱり、助けてあげるべきじゃなかったかも知れない。
俺は考えを直し、桜木さんにも話を始める。
「ですが、桜木さん。 テツクニは確か今日非番でしたよね?」
「ギクッ!」
そう、彼は今日は任務につく日では無いはずだったのだ。
なのに、今日なぜか戦場にいる。
これは、どう考えても桜木の監督不行き届けでは無いだろうか。
「イヤ〜これはだね、その……」
「それなのに何故、テツクニは鬼と戦闘を行っていたんですかね……?」
「えっと、その……」
「この件はしかるべき人に報告させていただきます……例えば、本隊長とか」
「そ、それだけはよしてくれ! 頼む、それだけはー!」
「恐ろしいやつだ、アラシ……」
はあ、これだけ言っておけばこの人も懲りただろう。
ブラック企業というのは、放っておけば大変なことになるのだ。
最悪の場合には現場が回らなくなって、過労死が起こってしまう。
「失礼します、第二小隊長のアラシ殿はいらっしゃいますでしょうか!!」
そうこうしてると、会議室の扉が開いた。
扉の先には、一人の男が立っている。
確か彼は、この基地の事務員の一人だ。
はて、何か頼みごとでもしていただろうか……。
「ええ、ここにいます。 僕に、何かご用でしょうか?」
「はっ、実はアラシ殿に天城家からの使者が来ております」
「……なんですって?」
どうやら、頼みごとでは無いらしい。
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俺は会議室を出て、ある部屋に向かいながら考えていた。
天城の使者はおそらくは、二年前の話に関係しているだろう。
父さんがこの基地に俺が留まることを決めた時に、文を送ると言っていたはずだ。
それを、届けにきたのか。
それとも、脳筋の父さんのことだ。
口で説明した方が早いと思って人を寄越したのか。
「ああ、父さん自体が来ている可能性もあるな」
もしかしたら、力ずくで天城の屋敷に連れ戻しにきたって話もあるかもしれない。
その時は、どうしようかな。
いや、そんな事はないだろうが。
あの時確かに、父さんは俺の話を理解してくれたはずだ。
うん、そうに違いない。
「おっと、もう着いちゃった」
俺は来客や他の基地からの人が訪れたときに通す応接室の前に到着した。
そうだ、もしかしたらヒバリがやってきているのかも知れないな。
あの人、俺がここに残るときに大号泣してたし。
「まあ、入らなきゃ始まらないか……」
俺は意を決して、ノックした後に扉を開いた。
「失礼します、天城 アラシです」
扉の先に、ソファーに一人の女性が座っていた。
その女性を見た瞬間、なぜか俺は言葉がでなくなってしまった。
「………!?」
「……むっ、アラシ様……ですか?」
立ち尽くす俺に気づいたのか、彼女が俺の方向を向いて口を開いた。
それを受けて、ようやく金縛りが解けるかのように俺は行動を開始した。
「は、はい。 僕が、天城 アラシですが……」
「やはりそうでしたか、座っての挨拶、失礼しました!」
そう言って彼女は、ソファーから立ち上がって俺の前で跪く。
立ち上がると分かるが、俺よりも10センチは背が低いだろうか。
跪いた後に、頭を下げてから口を開いた。
「……初め、まして、です……カイツブリと申します。 以後、お見知り置きを」
「あ、えっと……よろしくお願いします」
彼女の名前は、カイツブリと言うらしい。
口ぶりからすると、俺とは初対面のようだ。
だが、俺は彼女とどこかで会ったようなことがある気がした。
「あっ、カイツブリさん。 と、とりあえず座って下さい!」
いつまでも膝をついているカイツブリに対して、俺はソファーに座るように促す。
「はっ、では失礼します」
彼女が座ったのを見て、俺も反対側のソファーに腰を掛ける。
それから、彼女をもう一度見てみることにする。
あどけなさの残る顔立ちに、黒曜石のようなゆるやかな瞳。
その瞳を、漆黒の髪がさらに際立たせているように見える。
「アラシ様、まじまじと見られると少し気恥ずかしいのですが」
「えっ、あっ、ごめんなさい!」
見ていることに気づいたのか、カイツブリが顔をそむける。
まずい、これでは初対面から変態扱いだ。
すぐに撤回せねば。
「いやっ、雰囲気が知り合いに似ていたものでつい……」
「ほう、どなたですかね……」
すると、彼女は俺の話に食いついたように見えた。
よかった、変態扱いされずに済みそうだ。
考えたら、カイツブリは彼女に似ている気がするな。
「いや、その話はあとにして本題を先に、宜しいですかな?」
だが、その話は彼女によって遮られる。
どうやら、任務最優先ということらしいな。
「分かりました、ではカイツブリさん……話をお願いします」
俺は覚悟を決め、彼女に話をするように促した。
すると、彼女は少し驚いた表情をした後に。
「その決断の速さ、流石は……いえ、何でもありません」
何かひとりごちた後に、彼女は一通の文を懐から俺に差し出した。
まさか、父さんたちに何かあったのか。
それか、俺の力が必要なほど強大な鬼が現れたか。
その瞳には、ある種の覚悟が見え隠れしていた。
「アラシ様、私と共に……皇立、皇学院に通ってもらいたい」
俺は、目の前の女の子から、生まれて初めての学校に誘われたのだった。