第45話「人狼の力・嵐の力」
戦場の真ん中で、人と鬼が向き合っている。
鬼の一歩、あるいは人の一太刀で届きそうな距離に、俺たちは立っていた。
「おいおい、そいつはオレの聞き間違いかァ?」
その片側、狼男のガルが首をかしげる。
「オレの聞き間違いじゃなければ、オレを殺すって言ったか?」
「そう言ったんだよ、このケモノ野郎」
それに対し、俺は嘲笑するように答える。
少し時間を稼ぐために、イラつきを隠しながら。
「ケモノ……その言葉はこの、ガル様に対してか?」
「そう聞こえなかったら、かなり都合のいい耳をしてるな」
「このガキ……!!」
さてと、もうそろそろいいだろう。
俺は、イラつきを隠さずに、言葉を吐く。
「俺の仲間を、よくも傷つけたな……」
「なんだァ、あんな弱ェ仲間がそんなに大事か?」
「当たり前だ、このクソ野郎が」
そう言って、俺は腰の刀に手を伸ばす。
それを見てから、ガルはケタケタと笑う。
「何がおかしい?」
「いやァ、それなら言葉を選べよ、ギャハハ!!」
手を広げ、奴は周りを見回す。
そして声を荒げて叫んだ。
「動いたら、周りの雑魚どもの命がねェぜ!!」
「はあ……」
奴の言葉に、俺はため息をつく。
馬鹿か、こいつは?
「ナニがおかしい、テメェ!?」
「いや、なんだ……その」
何も分かっていないだろうガルに対し、俺は横をちらりと見た後、答える。
「俺が、何も考えずに飛び出したと思ったのか?」
「ああ? ……なァ!?」
周りの鬼は、ケガ人の側からは引き剥がされていた。
そして、その近くには彼らが立っていた。
「アラシ様、ご命令通りに」
「ご苦労、ヒバリ」
「アラシ、貸し一つな!」
「はあ、こんなのと同期って……」
ヒバリに続き、長谷と椋鳥が報告をする。
彼らは、俺が飛び出した時に出した指示を、忠実に遂行してくれた。
「ありがとうございます、二人とも」
「あ、天城さ、ま……!」
後ろから呼ばれた俺は、鬼から目を切らさずに、そちらを見やる。
その声の主は、金森さんだった。
「金森さん、その怪我は……」
「わ、私達を庇って……鳩山殿が……!」
「鳩山さんが?」
俺は、金森が指を向けた方向を見る。
そこには、気を失っているのだろうか、倒れ込んでいる鳩山の姿があった。
「鳩山さん……!」
「私に、もっと力があれば……」
そう言った彼女は、涙を流していた。
傷ついた仲間を思って、己の力不足を嘆いていた。
「ヒバリ……」
「はい、アラシ様」
「金森さんと、鳩山さん達を連れて、ココを離れろ」
「承知致しました」
そう言った俺に、金森さんは声を荒げて反論する。
「無茶です、天城様!!」
「連れて行け、ヒバリ」
ヒバリに連れて行かれる金森に頭を下げ、俺は周りを見回す。
「天城様、周りを片付けたら、加勢に向かいます」
「アラシ、無理はすんな」
長谷と椋鳥、二人にもここまで道を開いてくれた礼を込めて、頭を下げる。
そして、目の前の鬼に向かい合う。
「待たせたな、ケモノ野郎」
「クソガキ、お前はバラバラにして、食ってやる」
「……少し黙れ」
そう告げて、俺は傷ついた彼らの姿を脳裏に浮かべる。
気を失っていた、鳩山。
防衛班のメンバーは、数名が欠けていた。
おそらくは、もう。
「お前は……!」
ボロボロになった、金森さん。
傷ついた足からは血が止まらず、それでも武人としての最後を選ぼうとした、彼女。
「お前だけは、許さん」
「おもしれェ、やってみろや!!」
腰の刀を抜き、下段よりもさらに低く、刀を構える。
俺の最速の型、あの日初めて鬼と対峙した時から、ずっと訓練してきた型。
「へェ、おもしれェ……!!」
「はあっ!」
最下段、そこから放つ最速の突き。
三の型、波風。
「ウォッ、と!」
ガルはサイドステップして、俺の突きをかわす。
甘い、波風はそこから変化する二段構えの突き。
俺の手元が風を包み、動きを変える。
「おおォっ!」
「ガ、アアアッ!」
その波風を、ガルはつま先一本でムリヤリに地面を蹴る。
その勢いのまま回転して、変化した突きを躱した。
「オラァッ!!」
「うおっ!」
ガルが着地した場所は、俺の背後。
そこから、前蹴りを繰り出して来る。
それを、俺は刀で受け止めた。
「ぐうっ」
それを受けて、後ろに俺は吹っ飛ぶ。
背には、ガレキが転がっている。
まずい、破片に刺されば負傷は免れない。
「風よ!」
風をまき散らし、ガレキを吹き飛ばす。
それを見て、ガルはノドを鳴らした。
「お前、精霊持ちか、ギャハ」
「一緒にするなって、言ってたぜ?」
アイツけっこう、そう言うとこうるさいんだよな。
精霊なんて、僕のパシリだとか、言ってな。
「どっちでも、一緒だろォが!」
「結構、違うんだよ!」
俺は地面を蹴り、もう一度攻勢に移る。
今度は上段からの一撃。
一の型、疾風斬。
「くらえっ!」
「ハッ」
俺の上段の一撃を、奴は腕で防ごうとした。
甘いぜ、俺の必殺の剣技はそんなのじゃ、防げない!
「甘い……、なっ!?」
食い込んだ刃を、奴は筋肉で受け止めていた。
そして、ニヤニヤと笑っている。
「終わりかァ?」
「チッ」
俺は刀から手を離し、その場を離脱しようと試みる。
だが、その直後、腹部に激痛が走る。
殴り飛ばされ、俺は宙を舞う。
「ぐあっ!」
落下して、俺は受け身も取れずに、背中から落ちる。
ガレキにぶつかり、意識を失いかける。
「ぐおおお……!」
俺は全身の痛みに耐え、意識を手放さずに持ちこたえる。
強い、これが……人狼。
「ギャハハハ、だから言っただろーがよォ!!」
「はあっ、ハア……」
「人間は、オレ達鬼には勝てねえンだよォ!!」
「勝て、ない……!?」
鬼には、勝てないのか……?
俺は、奴には……。
《弱い仲間なんて、いらない》
「あ……!?」
《俺は、強くなるぞ》
「ああ、そうだな……!」
「ン、起きたか?」
全身の痛みに耐え、俺は立ち上がる。
そして、折れそうな心を震わすために、強そうな言葉を選んで、吐く。
「そこに勝機があるなら、手繰り寄せる、までだ……!!」
「それ、さっきのデブも言ってたなァ」
「力を貸せよ、なあ……」
「しゃーねえから、こいヤ?」
俺は、全霊力を集中して、風を起こす。
そして、風に命じる。
「風よ、吹き荒れろ」
俺の全身に、風が集まって来る。
「ギャハハ、マジで精霊並みだナ!」
「余裕ねーから、ムダ口は減らすぞ?」
「安心しな、オレも結構ビビってんだぜ?」
そう言う奴も、四つ足で地面に立っていた。
なるほど、格好からするに、それなりに追い詰めていたんだな。
「この格好はケモノくせーから、嫌なんだけどよ……」
「俺はその姿、格好いいと思うぜ?」
「抜かせや、クソガキ……!」
腰から、脇差を取り出す。
命を任せるには、使い慣れた武器が一番だ。
「オレは狼の長、ルー=ガルー。 お前も名乗れや、チビガキ」
その動きを止め、俺の答えを待つガル。
それに対し、俺は最下段に構えて、奴の問いに答える。
「天城 嵐……さっき、名乗ったろ?」
「クク、すぐ忘れんだよ、オレ」
「では……参る!!」
俺は地面を蹴って、奴の足を狙う。
ガルは、俺を蹴り飛ばそうと、ローキックを繰り出す。
「遅い」
風を使い、俺はガルよりも無理やりに速く動く。
そしてヤツの足を、両断する。
「カカッ、ならもう一本よぉ!」
そう叫び、中空にもかかわらず、ガルは残された足で俺を蹴り飛ばそうとする。
だが、それも叶わない。
ガルの両の豪脚はすでに、喪われているのだから。
「あー、そうか……」
「終わりだ、ルー=ガルー」
その豪腕も、すでに無い。
天城流、五の型『疾風怒濤』。
八つの斬撃、それをほぼ同時に放つ、天城家最速の剣技。
「オレ様も、終わりか……」
―五つ。
その鬼の名前は狼の長、ルー=ガルー。
―六つ、七つ。
その身を、無数の斬撃に切り刻まれながらも、彼はなお。
「アラシ、か……あばよ」
―八つ。
狼男の誇りを忘れず、命乞いを一切しなかった。