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鬼人の國 -風の英雄譚-  作者: 清涼飲料水
第4章「少年期 ウールヴヘジン編」
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第44話「狼の血」

 

 砦の中で、二人の男女が会話をしていた。

 一人は総大将の総一郎と、もう一人はアテラ。

 総一郎の話に、アテラは終始押されていた。


「もうすぐ、防衛班二組が戻ってくる。 鳩山はまだ動けるだろうが、大事を取らせて引っ込める」

「ええと……」

「一、二班のまだ動けるメンバーと、三班を合同でお前にまとめてもらうが、頼めるか?」

「ええ、はい!」


 まるで彼は、自分の眼で見てきたように話を続けている。

 この場から、総一郎は一歩たりとも、動いていないのにである。

 何か神がかったような行動に、彼女は寒気を覚えてしまう。


「あの、天城様……一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

「ああ、どうかしたのか、アテラ」

「天城様は何故、戦況が分かるのですか。 その…….戦場を見ていないのに」

「ん、そういうことか」


 彼女が抱いた疑問に対し、総一郎はさも当然のように言い放つ。


「全て、風が教えてくれるのさ」

「なるほど、そういうことですか」


 彼の答えに、アテラは合点がいったように満足な表情を浮かべる。


「噂は本当だったのですね、天城様の」

鎌鼬(かまいたち)の悪評か、そりゃあ?」

「ふふふ、勿論、それもたくさん」


 アテラの答えに、総一郎はくつくつと笑う。

 彼女の優秀さと、シコロの目利きの才能に賞賛を送りたくなってしまう。


「だが、ここが正念場だな」

「それも、風が?」

「いや、これは俺の考えだ」


 そう言って、彼は立ち上がる。

 そして、動き出す支度を整えようとする。


「俺が大将なら、ここで動く。 ()()()も、そう考えたらしい」

「恐ろしいお方ですね、あなたは」


 一体、彼にはどこまで見えているのだろうか。

 彼女はそう思いながら、自身も動き出す。


「さて、何人生き残れるかはお前次第だ、アラシよ」


 彼はまだ登っていない朝日の方角を見つめ、そう呟いた。


 ---


 砦の目と鼻の先、暗がりの中で三人の鬼が未だにその時を待っていた。

 その中で、一人の鬼がゆらりと、ふいに立ち上がる。

 彼にはその戦況が、ハッキリとその目に見えていたのだろうか。


「さーて、そろそろ終わらせてくるかあ」

「行くの、ガル?」


 そうウルと呼ばれる鬼に、ガルは問われた。

 彼は、彼女に面倒臭そうに返事を返す。


「今行かねえで、どうする。 ここを取れば、これでこの砦は終わりだ」

「貴様は、仮にも大将だぞ!!」

「チッ、うっせーな、だからお前は雑魚だってんだよ、ライカ」


 そうガルに言われ、ライカと呼ばれる鬼は顔を憎らしげ一杯にする。

 そんな彼を見て、ガルは大声を上げて笑う。


「カカ、まあ見とけや。 ウル、これが終わったら分かってんだろうな?」

「ええ、いつでも受けてあげますわよ?」

「よーし、首洗って待っとけや」


 そう言って、彼は後ろに歩を進める。

 そして、背を向けた直後に、走り出す。


「オラァァァッ!!!」

「な、何を……!?」


 彼は、助走を付けて、何をしようとしているのかと、ライカは思う。

 そんな彼に、彼女は答えを告げる。


「よく見ていなさい、ライカ。 これが、狼男の真の力よ」

「狼男の、真の力……!」


 ガルは、あろうことかその大きな体躯を使い、思いっきり空中に、高く飛び立った。

 まさか、あの戦場の中に飛び降りようと言うのか。


「そんな、馬鹿なことが……!?」

「それが、出来るのよ。 それが、私たち人狼の血なのよ」


 その話に、全身が逆立つ。

 自分にも、あのような力が……その時のライカの顔を、ウルは見逃さなかった。


「ギャハハハッ、待ってろ人間ドモォ!」


 一歩一歩、その足踏みで地響きが鳴る。

 荒野の中、かろうじて残っている草木も、悲鳴を上げる。


「さあ、行くぜェ!!」


 今、大地を踏みしめて彼は叫ぶ。

 この世界の、真の支配者は我らだと、知らしめる為に。


「イイィヤッホォォウ!!」


 今宵は狼たちの宴。

 偶然か必然か、その日は満月だった。



 ---



「ポポポ、さあもうすぐ砦ですぞー!」

「すまない、鳩山殿……」

「ポッポ、それは言わない約束ですぞ〜」


 鳩山と金森、残りの防衛班は砦の少し前まで戻って来ていた。

 砦の中で三班と合流し、そして戦場を立て直す。

 そう帰る途中まで、鳩山は考えていた。


「さあさ、アテラ殿が待っているはずですぞ!」

「くっ、この姿……一生の不覚!」


 そう、その時が来るまでは。

 上空で、声がした。

 耳をつんざくような、狼の雄叫びが。


「ギィヤッハハァー!!」

「な、なんだ!?」

「これは……!」


 聞こえる、確かに。

 それは、ぐんぐんと近づいてくる。

 それも、自分たちに、だ。

 金森は周囲に知らせる為にとっさに、叫び声を上げた。


「みんな避けろっ、上だー!!」

「潰れろ、ゴミどもォー!!」


 そして天から、落ちてくる。

 圧倒的な、力が。


「オラァァ!!」


 その何かは金森達を通り過ぎて、目の前の鬼に落下した。

 下敷きになり、潰れる鬼。

 その死体を見て、鬼は呟いた。


「お前らが当たってくれねェから、オレの仲間が一人減ったじゃねえかヨォ」

「こ、コイツは……!?」

「金森殿、先に言っておきますぞ、守りきれないかもしれませんぞ、コレは……!」


 そんな事は、金森にも理解できた。

 目の前にいるのは、圧倒的な力。

 それは、前に立っているだけで伝わって来た。

 だが何故かそれは、待てどいまだに襲ってこない。


「おかしいですぞ、金森殿」

「ええ、そう……ですね」


 目の前の狼男は、我々を襲ってこない。

 その気になれば、もう数人は死んでいるだろうに。

 そんな行動が、かえって期待を彼らに持たせていた。


「これじゃあ、ツマンネェよなァ?」

「……は?」


 つまらない、そう目の前の鬼は言っているのか。

 そう思っていると、彼らに向かって鬼は呟く。


「おい、タイマンだコラ。 このガル様とタイマンで勝ったら、見逃してやるよ」

「な、なんだと……?」


 なんと、目の前の鬼は一騎打ちで勝負しろと言っている。

 戦意喪失していた、我々に向かって。

 だが、そこに光明が見えて来た。


「金森殿、私が行きますぞ」

「鳩山殿、しかし鳩山殿も!」


 実は、鳩山もここにくるまでに大分傷を負っている。

 それも、自分たちを庇いながらだ。


「そこに勝機があるなら、手繰り寄せるまでよ、ですぞ」

「ほう、ソイツはいい言葉だな!」


 金森を下ろし、刀を両手で構える鳩山。

 それに対し、ガルは手を広げて、挑発する。


「油断は禁物、ですぞ!!」


 鋭い踏み込み、その一刀は、いわゆる一撃必殺の一太刀。

 おそらくは、並の鬼なら真っ二つになっていたであろう。


「油断、違うな……これは、余裕ってナァ!!」


 その一撃を、ガルは片手で防ぎきっていた。

 そして、鳩山の無防備な腹に、蹴りを入れる。


「ごぼッ!!?」


 鳩山は、宙を吹っ飛んでいく。

 その姿を見て、ゲラゲラと笑うガル。


「ギャハハッ!! あー、おっもしれーの」


 そう言って、後ろを向いて歩き出す。


「ま、待て!!」

「あー? 何だよ、テメェ?」

「まだ、私が残っているぞ……」

「……ハァ、その体でかよ?」


 金森の体は、ボロボロだった。

 傷ついた足からは、応急処置をしたにも関わらず、出血が止まっていない。

 さらに、ムリな戦闘を行なった為か、あらぬ方向に曲がっていた。


「だからといって、このまま死ねば、鴉の面汚しだ!!」

「ふーん、あーそうかい」

「武人として、いざ尋常に勝負!」

「あー」


 そう言われたガルは、半歩後ろに下がる。


「何を、している……?」


 そして、岩の上に座った。


「あー、お前がここまで来れたら闘ってやるよ」

「貴様……」

「ほら早くしねーと、お仲間が死ぬぞ?」


 いつの間にか、鬼が金森たちの周囲を囲んでいる。

 傷ついた仲間が、今にもその手にかけられようとしている。


「き、キサマァ……!!!」

「ギャハハハ、いいか!! よえェー奴は死に場所も選べねえのよ、よーく分かったかァ!!」


 ゲラゲラと、ガルは嘲るように笑い続ける。

 その姿を見て、金森は心から叫んだ。


「誰か、助けてくれ……鳩山殿を、私の仲間を……」

「あー、面白かったぜ。 まあ、その……なんだ?」


 立ち上がって、ガルはこぶし大の大きさの石を掴む。

 そして、振りかぶる。


「まあ、来世でオレの言葉、活かせや?」


 金森の頭に、石が直撃―


「ああ……?」


 否、しなかった。


「そうだよな、弱い奴は死に場所も選べないよな……」

「テメェ、何モンだァ?」

「それを、一番知ってる者さ」

「だから、何モンなンだよテメェはァ!!」


 目の前の狼男に向かって、少年はハッキリと告げる。

 この世界への、宣戦布告も兼ねて。


「天城 嵐……貴様を殺す者だ!!」



 風だけが、彼の周りを包んでいた。


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