第43話「攻防」
戦闘が始まってから、小一時間が経とうとしている。
戦況ははっきり言って、互角だった。
鬼は大勢で向かって来たが、防衛班で互いをフォローし、主力班で数を削ぐ形で動いているうちは、前線は崩壊しない。
「アラシ、俺達はまだ動かないのか?」
「まだ、動く訳には行きません」
急かす長谷に、俺は待ったをかける。
まだだ、せめて能力持ちクラスが出現するまでは俺は待つ。
「ですが、こう膠着していては……」
「椋鳥、この場の指揮官はアラシ様だ」
「それはわかっていますが……」
椋鳥も焦っているのか、口数が増えてくる。
それもそうだろう、あの場で持ちこたえているメンバーの中には、彼らの同僚もいる。
「まだです、まだ……」
だが、まだだ。
俺はまだ、動かない。
そう考えていると、その時は来る。
(アラシ、アイツだ)
……来たか。
ふいに聞こえた、そして感じた。
そして、俺は立ち上がる。
「どうした、アラシ?」
「風が、聞こえました」
「天城様、何を言って……!?」
不安がる二人に対し、俺は短く話を伝える。
「出ます、僕らも戦場に向かいます」
「承知致しました、アラシ様」
「はああっ?」
ヒバリだけが、理解したように笑っていた。
---
戦場で、無数の鬼に囲まれている男女の集団がいた。
その場には、怪我の深い者もうずくまっている。
「ポポポ、これは厳しい」
「鳩山殿、私は置いて行きなさい!!」
「それは出来ませんよ、ポー!」
うずくまっている者の中に、防衛一班のリーダー、金森の姿もあった。
傷ついたその足からは、骨が見え隠れしている。
「死角で見えなかった……不覚!!」
「私からも、見えませんでしたぞ」
彼らは、ある一体の能力持ちの鬼に襲われていた。
その鬼の能力は、周り人間の目から逃れるように、透明になる。
その能力を、彼らは把握していない。
「くそっ、どこだ、何処にいる!?」
「そう声を荒げるな、金森殿!」
それに気づかない限り、その鬼に対抗する術はない。
今も一人一人と、傷ついていく。
「クソおおっ!」
その鬼が次に狙ったのは、傷ついた金森。
おそらく、傷が深かったのもそうだが、声がうるさかったからでもあろうか。
狙われたのに気付かない金森には、その牙はなす術は無かった。
---はずだった。
「なっ!?」
「大丈夫かい、お嬢さん」
その見えない鬼を斬って捨てたのは、主力班のサブリーダーである、飛鳥だった。
彼は、姿の見えないはずの鬼を、一刀両断したのである。
「大丈夫かな、えっと、金森さん?」
「ポッポ、助かったが……よく分かったですな、飛鳥殿」
「うーん、なんとなく?」
そう、冗談交じりに飛鳥は笑う。
遅れてその場に、宇羅がやって来た。
「おい、飛鳥!」
「ああ、宇羅殿。 すまないな、勝手に走り出して」
「いや、遠くから見えた。 すまない、俺からも礼を言おう」
「ハハ、そんなのはいいですよ」
同僚を助けられ、頭を下げる宇羅に対して、飛鳥は飄々と笑っていた。
そして、鳩山達に向かって話す。
「鳩山殿達は、金森さんと傷ついた人たちを砦に。
僕たちがここは保たせます」
「ポッポ、頼みましたよ、飛鳥殿」
「ええ」
そう言って、飛鳥と宇羅は構える。
その後ろに、金森は消え入りそうな声で叫ぶ。
「あ、飛鳥殿!!」
「なんです、金森さん?」
「本当に、すみません……私が、もっと強ければ!」
泣きそうな嗚咽交じりの声で、彼女は叫ぶ。
そんな彼女に対して、飛鳥は振り返って答える。
「君の頑張りのお陰で、大勢が助かったんだ。 君は、胸を張っていい」
「あ、飛鳥殿……!」
「それに君が助かって、僕は嬉しいから」
そう言って、飛鳥は微笑む。
その顔とその言葉に、金森は顔から火が出そうになった。
「では、任せたましたぞ〜」
「あああ、飛鳥どのー!!」
金森と傷ついたメンバーを連れ、去って行く鳩山。
笑ってそれを見送る飛鳥に、宇羅は声を掛ける。
「おい、お前……責任取れよ。 金森はあの通り、初心なんだ」
「ハハ、ご冗談を」
「やっぱ、女たらしだな」
「僕は、いつも本心からの言葉しか言ったことはありませんよ?」
二人は顔を合わして笑った後、その背中を向けた。
「さて、ここは持ち堪えて見せましょう」
「ああ、何処まで行けるか」
「無論、最後まで!」
鬼の群れがその場にいた、彼らに襲いかかった。
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血溜まりの上に一人の男が立っている。
その全身に、返り血を浴び、その周りには数多の鬼の亡骸が転がっていた。
「ふう、こんなもんかな?」
その中心に、佐伯 春馬は立っていた。
わざと鬼に見せつけるように、その力を誇示するかのように。
「お前、ふざけてるだろう?」
「……ん?」
やがて、そんな彼の前に、一人の鬼が姿を現す。
体を毛皮に包まれ、口元には鋭い牙を生やしている。
その手足には、触れるだけで肉を切り裂くような爪が備わっていた。
「匂いでバレバレなんだよ、お前。 狼男、舐めてんのか?」
「お前が散々、血の匂い撒き散らすからよ、ウチの大将がお怒りなんだわ」
「ふう〜、やれやれ」
「そうやって殺すなら、もっと上手くやれや」
仲間の死体を弄ばれ、鬼は苛立ち交じりに佐伯に鬱憤をぶつける。
「……ぷっ、くくく」
そんな鬼を見て、佐伯は鼻で笑った。
「おいおい、何がおかしいんだよ? やっぱ舐めてんだろが、お前よォ」
「いや、こんな簡単に引っかかってくれるのかと思ってな?」
苛立つ目の前の鬼に、そう彼はさも当然のように答える。
その態度に、鬼はさらにイライラを募らせた。
「テメエ、何が言いたい!?」
「コレ、わざとやってんだわ?」
「……ハァ?」
鬼は、呆気に取られて、声を上げる。
仲間の死体を弄び、辺りに臭気をまき散らした、行為。
その行為を、コイツはわざとやっている?
そう言われ、彼の全身の毛が逆立つ。
「テメエ、覚悟できてんだろうなあ……!!」
「そう、ワザとだよ」
鬼は彼に飛びかかろうと、全身を震わせた。
その時に、体に悪寒が走る。
「チイッ!」
後ろに跳びのき、佐伯と距離を取る。
鬼のさっきいた場所は、地面がえぐり取られていた。
「チェッ、おしい!」
「て、テメエ……!?」
彼の右腕には、鞭が握られていた。
その鞭で、地面をえぐり取って見せたというのだ。
「お前みたいな奴をおびき出す為に、ワザとやったんだよ」
彼は、鞭を宙に動かし、鬼を近づかせない。
近づくことが出来ずに、鬼はノドを鳴らす。
「俺の仲間達を、お前みたいな奴に傷つけさせないためにな」
「クク、カカカ!」
佐伯が振るう鞭を、鬼はかわす。
それを、彼らは繰り返し続ける。
そんな事を繰り返すうちに、鬼は彼を認めて笑いを上げる。
「上質なエサに、ありつけたなあ……」
「誰がエサだ、誰が」
「ククク、俺の名前はコートード、覚えとけよ!」
「ああ、そういうのいいから。 どうせ死んだら覚えてないしな」
砦から少し離れた所で、もう一つの決死の攻防が行われていた。