第40話「役割」
……ウールヴヘジン。
その名は、生前でも聞いたことがあるような気がする。
たしか、北欧神話に出てくるんだっけか?
ミーハーな友人の受け売りだから、あんまり覚えてないが。
ともあれ、そんな名前を持っている鬼が今回の敵のリーダーというらしい。
「数が五十……ですか」
「ええ、おそらくはほとんどが能力持ちでしょう」
むっ、リーダーが最低でも名前持ちのうえに、その取り巻きですら能力持ちなのか。
それは、かなり面倒なことだ。
「だが、やるしかあるまい。 そのために、俺達がいる」
「ええ、そうですなあ」
表情を変えずに、父さんとシコロはそう簡単に言ってのける。
強い奴らは、いとも簡単に言いやがる。
「総一郎様、それで今回の班の分断ですが……」
ヒバリが、班分けについて父さんに尋ねる。
すると、父さんは姿勢を崩して口を開く。
「ああ、今回班員は六つに分ける」
「六……ですか?」
「そうだ、具体的には防衛班三つと、情報収集班一つ」
「防衛班が三つ……ですか」
「そうだ、三つに分けて二つの班が戦闘を行なっている間は、残りの一つは待機してもらう」
なるほど、そうしてローテーションで戦闘を継続させて、負担を減らすわけだな。
父さんは、流石に慣れている。
テキパキと、班分けを進めていこうとしている。
「残りの二班は、主力として側面から削っていってもらう」
「なるほど、分かった」
「深追いはせずに、だがどこまで追い込むかはその班のリーダーの指示に任せる、質問は?」
質問はないと、皆が頷く。
さて、俺はどこの班になるのだろうか。
「まずは隠密班、リーダーは佐伯、頼めるか」
「俺か……まあ、任せて下さい」
まず隠密班のリーダーは、佐伯。
軽く、父さんに返事を返す。
「次に主力組は、二つの班で二人ずつ、計四人のリーダーで動いてもらう。 第一班、シコロと板東」
「うむ、しかりと」
「この板東、期待に応えると誓おう」
「次に第二班、宇羅と飛鳥」
それぞれ、呼ばれたメンバーは口々に返事を返す。
みんな、かなり集中をした顔つきだ。
そして、呼ばれなかったからには、俺は防衛班だろう。
よし、気合いを入れ直さなくては。
「ああ、今から呼ぶ者以外は防衛班のリーダーだ」
「あれ、六班だけでは?」
父さんの言葉に、つい声が出てしまった。
そんな事は気にせず、父さんは話を続ける。
「それはアラシ、お前だ」
「……はあ」
なんだろうか、やはり初陣だから後ろにいろってことか?
まあ、それもしょうがない事だろう。
そう言おうと、俺が返事を返そうとした時。
「お前は、ヒバリと八咫鴉のメンバー二人とともに、独立して動く、遊軍となれ。 そして、状況に応じて動くように」
「……うええ!?」
ついビックリして、変な声が出てしまった。
それにしても、俺の聞き間違いだろうか。
聞き間違いでなければ、この人はとんでもないことを言っているはずだ。
「ふ、ふざけるな!!」
どうやら、聞き間違いではなかったようだ。
父さんの指示に異議を唱える者がいるらしい。
俺は視界の端で、声の主を目で見つめる。
声を荒げているのは確か、金森さん、だったか?
クールビューティな、黒髪の女性。
キリッとした表情を崩さずに、父さんに食ってかかる。
「金森だったか……何がふざけている?」
「な、何が!? こんな、小さな子どもを時として、最前線に置くつもりですか!」
そう言って、金森はなおも言葉を続ける。
それを、父さんはじっと、聞き続ける。
そして、聞き終わると同時に、彼女に冷ややかな視線を向けた。
「シコロ、お前こんなのに背中を任せているのか?」
「な……!? た、隊長は関係ないでしょう!?」
「ならば聞くが、その隊長達は誰一人として、アラシが班に加わることを、反対したのか?」
「……ぐっ!」
そう言われて、俺は周りを見回す。
この場にいる誰もが、俺のことを反対しないのに、今気づいた。
「貴様、力量も測れずによく鴉の名を口にするな?」
「ぐっ、しかし……そ、それでもまだ子どもではないですか」
「貴様、それは我が主への侮辱か?」
気づくと、隣でヒバリが金糸雀を抜いていた。
何をやってるんだ、この人は。
そして、あっけに取られている金森を叱責する。
「我が主は、もはや一人前の武人。 それを、軽々しく否定することは、この私が許さぬぞ!!」
「も、申し訳ございません……」
そう言って、金森は素直に頭を下げる。
それを聞いて、ヒバリは刀を収める。
というか、すぐに刀を抜くな。
本当に危なっかしいな、この人だけは。
「部下の失礼、お詫びします」
「構わん、こちらも軽々しく抜くな、ヒバリ」
「はっ!」
そう口で軽く返事をしたが、ヒバリはなおもまだ不満そうだった。
まあ後でフォローしておくか。
それより、父さんに聞いておかなければならない。
「と、父さん! 一つ、聞いても?」
「構わん、話してみろ」
話せと促され、俺は一つの結論をぶつける。
「では1つだけ……つまり、自由に動けということですね?」
「うむ、流石は俺の子だ」
満足そうに、父さんは頷いた。
ヒバリも何故か、嬉しそうに首を縦に振っている。
「では、アラシよ。 お前に、独立班のリーダーとしての役割を、与える」
「ハッ、喜んで……」
……ん?
今、聞き間違いか?
「今、なんと?」
「独立班の、リーダーとしての役割を与えよう」
やはり、聞き間違いか。
それとも、父さんの言葉が間違っているらしい。
「えーと……?」
「よし、アラシよ。 俺の期待に応え、精進するがよい!!」
うん、今度こそ意味が分かったよ。
よし、今こそ叫んでみよう。
「はあああー!!?」
この時の俺の声は、砦中に響き渡っていたらしい。