第28話「神域」
あの炎は、なんだ。
玄樹郎が振るった刀には、炎がまとっていた。
その玄樹郎が斬った鬼の腕は、再生が止まっている。
今もゆらゆらと、炎が彼の周りにはただよっている。
理由は分からないが、行ける。 彼なら、目の前の鬼に勝てる。
「はあっ、そうか玄樹郎と言うのか」
そう言って、鬼は笑みを浮かべる。
先ほどまでの勢いは止まり、ゆったりと構える。
「貴様は、骨も残さん」
「いいぞっ、玄樹郎!」
断続的にしか、動きは追えない。
一太刀、一合打つ度に、どちらかの血が舞う。
その速度は高まり、さらに速くなる。
だが、その動きは次第に遅くなり、やがて止まり、膝をついた。
「無駄だ、もうお前は僕には勝てない」
「うお、お、おお……」
膝をついていたのは、ドラクロアの方だった。
玄樹郎は、先ほどまでの傷以外は一つも増えていない。
「お前には、話を聞かなければならない、命はまだ取らんが、動きは封じさせてもらうぞ」
「ク、ククク……!」
だが、ドラクロアは笑みを止めない。
それどころか、勝ちを確信しているかのような表情を浮かべている。
「何が、おかしい?」
「いや、何……念には念をいれて正解だったな、とね……」
玄樹郎は、何かに気づいたように、動き。
鬼の首に、刃を突きつけた―。
「もう、遅い」
玄樹郎が、斬った首が宙を舞う。
だが、その首は宙で形を変えて、血溜まりに変わり、地面にパシャリと落ちる。
「もう遅いぞ、玄樹郎」
離れた所に、ドラクロアが姿を現わしていた。
ヤツは、胸に手を当てて、呟く。
「『神域』よ、血を吸いなさい」
そして、自らの胸を貫いた。
鬼の血が滴り、その地を濡らす。
その動きを見た玄樹郎がヤツに向かって、動き出す。
鬼の、命を絶つために。
「『血海魔館』」
次の瞬間、世界が変わっていく。
周りの景色が変わり、血の海が広がっていく。
俺には何が起こったのかさえ、分からない。
「玄樹郎、驚いて頂けたかな?」
「貴様、『神域』を……!?」
『神域』とは、なんだ?
分からない、だが、分からなくては、いけない。
目の前の鬼の傷はすでに治り、俺たちを見下している。
「私も、神域まで使うことになるとは思わなかったよ」
「貴様……」
玄樹郎が、動く。
刀を振ろうとして、そこに何かが飛んでくる。
彼はそれを防ごうとする。
「ぐあっ!」
それは、血の鳥だった。
正確には血で出来た、鳥の形をした、血。
「これは神域の力の一部だぞ、玄樹郎」
鬼は、指を玄樹郎に向ける。
指先から、無数の血の弾丸が彼を襲う。
「うおおおっ!」
彼はそれを全て防ぎ、否、防げなかった。
一度弾いた弾丸が形を変え、針となり彼を再度襲い、貫く。
「もう無理だ、玄樹郎よ」
「が、あ……」
再度、血の弾丸が彼を襲い、今度は玄樹郎はそれを防げなかった。
彼の体をえぐり、彼の動きを完全に止める。
「もう、諦めなさい」
やがて、ドラクロアも動きを止め、玄樹郎に語りかける。
まるで、仲間に声をかけるように。
「玄樹郎、そうだ……特別にお前は見逃そう」
「何を、言っている貴様は……!?」
「強者は、さらに強くなる義務がある、そうだろう?」
玄樹郎は、鬼の言葉を受けて、答えた。
「ああ、そうだな」
「なら、今すぐ……」
「だが、それは出来ない。 お前は、俺を見逃したのなら、後ろの三人を殺そうとするだろう」
「ああ、帯刀の弱体化は任務だからな」
なら、と玄樹郎は覚悟を伝える。
「ここは引けない時だ、僕は命を賭けよう」
「ああ、残念です。 最後に言い残すことは?」
「なら、少しだけ……」
彼はそう言って、声を絞り出す。
まるで、この世の最後だというかのように。
「紅炎、強い者には大きな責任がある。 そう言ったな」
紅炎は、声が出せない。
体が固まり、俺と同じで顔を動かすのみだ。
それでも、彼は話を続ける。
「伝えられるのはこの一度だけだ、父の背を見て学べ。 そして、お前の責任はお前が決めろ」
紅炎は、顔を動かし頷く。
それを見て、彼は満足そうにする。
「烈火、お前は僕たちに似て、頭はあまり良くない。 だけど、よく考えて行動するんだ。 君ならできる、分かったね?」
烈火は、涙を浮かべている。
彼の最後の言葉を受けて、噛み締めている。
「だけど、これだけは伝えておこう……お前たちを救って死ぬなら、僕に後悔はない。 烈火、お前はお前の道を行け、お前が決めた道なら僕は認めよう」
烈火は、目を背けることはなかった。
目に焼き付けるように、ただ誇り高い男を見ていた。
「アラシ、父さんには後悔はない……と。 総一郎には、約束守れなくてゴメンな、と伝えてくれ」
そんなの、簡単だ。
目の前の男は、誇り高く生きようとした。
その男の言葉が、俺にも欲しい。
「君には、そうだな……二人をよろしく、頼む」
勿論、そう言おうとしたのに声が出ない。
だけど、彼には十分だったのだろう。
彼は、鬼を見定める。
「玄樹郎、終わったか?」
「ああ、俺も……お前も、終わりだ」
男は、覚悟を決め…呟いた。
「精霊よ、我が魂を燃やせ。 糧は、目の前の鬼と、僕だ」
周りの世界が、燃える。
血の海が、干からびていく。
館は燃え、新たな世界が広がって、一つに混じる。
「ここは、帯刀の屋敷だ。 鬼、甘く見たな」
「しまっ……!!?」
鬼の世界が、燃える。
玄樹郎が、燃える。
やがて、炎は俺たち以外を燃やし尽くし、そして世界が崩れた。
「後悔なく、生きろ」
それが、彼の最後の言葉だった。
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「三人とも、よく無事だった」
玄樹郎様に命じられた仕事を片付け、戻った。
その時には、すでに鬼の姿は無く、その場には三人の子供がいた。
「紅炎様、お疲れでしょう……簡易の宿を取っています」
「いい、俺にはまだやるべき事がある」
紅炎様は、強い。
親を亡くしたのに、なお真っ直ぐに立っていた。
「烈火様も、宿に」
「一人にして、自分で歩けるわ」
烈火様は、ダメかもしれない。
紅炎に比べ、彼女は心が弱かった。
どうだろうか、彼女が立ち直ることが出来るのを心から思う。
「アラシ、久しぶり、だな」
「ええ……トドロキ、さん」
天城 嵐、彼は、どうだろうか。
あの大人びた少年、彼なら玄樹郎様の死をどう受け止めるのだろうか。
そう思い、彼と話した時、俺の直感が告げた。
「僕、どうすればいいのか、わからないんです……」
彼は、心が折れたのだと。
次の投稿で、第ニ章は終わりです。
短編などを挟みながら、三章に続いていきます。
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