第2話 「教育係の誓い」
鷲宮 雲雀は天城家の従者である。
天城家の昔からの家臣として、当主筋を守ってきた一族の一人であった。
剣士としての実力は当主の総一郎に遠く及ばないながらも、側近としては1、2を争う実力を持っていた。
天城家に忠誠を誓い、いざとなれば命をも投げ出す覚悟を持った近衛騎士である。
そんな彼女には、少し悩みがあった。
---
「嵐様、動きはそうではありません」
「こうですか?」
「いえ、こう動くのです」
「なるほど」
現当主の息子である、嵐のことである。
今日も、訓練をヒバリと共に行っているのだ。
2年前、アラシ様はこの屋敷に鬼の襲撃が来た時に母親が殺され、さらに自分も重症を負った経験がある。
それからだ、アラシ様が変わってしまったのは。
昔は、年相応の子供だった。
笑う時に笑い、遊ぶ時に遊び、疲れては眠る。
そんな普通の子供だった。
それが、目覚めて1ヶ月ほどしてから私に訓練をつけてほしいとお願いがあったのだ。
私は、本当はまだ教えたくはなかった。
いずれは時期当主として、教えねばならぬ時はくるだろう…だがそれは今ではないのだ。
せめて今は、普通の子供達のように生きるべきだ。
最初の3ヶ月ほどは、そんなことを考えていた。
だが、彼が言った言葉でヒバリは打ちのめされた。
「僕は、目の前の誰かを守れるくらいには強くなりたいんですよ」
彼は少しずつ思い出しているのだと思った。
それが母だとは気づいてはいなくとも、人として、守るべき大事なことには気づいているのだ。
ヒバリは反省をした。
こんな立派な人を前にして、自分は何を考えているのだと。
その日以降、鷲宮 雲雀は天城 嵐にもう一度忠誠を誓ったのだ。
---
ただ、その悩みとは別なのだ。
もう1つの悩み、それはー
嵐は強くなるスピードが、速すぎる。
まだ7歳だというのに、彼はもう私との差が分かっている。
どれだけの差があり、それがどうすれば埋まるかが分かっているのだ。
彼はすごいのだ、おそらく10になる頃には私は教えることは無くなっているだろう。
(アラシ様に捨てられるのが、怖い)
自分が必要なくなったアラシ様は、私など捨てるのでは無いだろうか?
そんな事を最近、少しずつ思っているのだ。
---
最近、ヒバリの元気がない。
彼女が元気がないのは、すぐに気づく。
彼女はオーバーアクションだからだ。
よく稽古中に、俺の方を見ては溜息をつく。
もしかしたら、俺には才能が無いのかもしれない。
だとしたら、彼女に愛想を尽かされるのは困る…彼女は強く、そして教え方がうまいのだ。
「こうして、こう!」
彼女は、俺の体に分かるように教える。
そして、終わったあとに言葉をプラスして教えてくれるのだ。
2倍のスピードで成長している気分がして、大変心地がいい。
そんな彼女に、お礼くらいは送っておいたほうがよいだろう。
誰に相談しようか、まあ父さんくらいしかいないのだが。
---
「と言うわけで、父さん、何かいい物はありませんか?」
「ふむ、日頃の感謝を伝えるしかないだろう」
父はそう簡単に言い放った。
俺が言いたいのは、そう言うことじゃない。
「いや、ヒバリにそれとは別に感謝の品物を贈りたいのです」
「むっ?
そうか、そういうことか」
わかってくれたようだ。
この2年で、父は脳筋っぽいことに気づいた。
「では、送るのはアレしかあるまい、アラシ…ついて来い」
そう言って父はある場所に連れて行ってくれた。
---
私は、アラシ様に呼ばれて当主様の離れに呼ばれた。
なんの話だろうか…まさか、解雇されるのか?
ドキドキとしながら離れの扉の前にやってきた。
扉の前で声をかける。
「鷲宮 ヒバリ、只今参上いたしました!」
「あっ、はい、どうぞ」
中から軽い返事が返ってくる。
拍子抜けする気分を抑え、私は扉を開けて中に入る。
その場に居たのはアラシ様だけだ、当主様はいなかった。
私は膝をついて挨拶をする。
「このヒバリ、恐縮ですが何か至らぬ点があったでしょうか?」
「ああ、いえ逆ですよ」
疑問に残る言葉をアラシ様は述べる。
逆とは、どういう意味だろうか。
そう思っていると、予想もしていなかった言葉がアラシ様の口から出た。
「ヒバリに日頃の感謝をしたいと思ったんです」
日頃の感謝、と言った。
天城家の分家の立場に感謝という言葉をかけたのだ。
これほど嬉しいことはない。
「ハッ、このヒバリ恐悦至極に感じます!」
「えっと、言葉とは別に感謝の気持ちとしてこんなのを用意したんです…受け取って貰えますか?」
そう言った先には、一振りの刀があった。
やや細身の刀身に、薄く鋭い刃。
そして光の反射によって、黄金色に輝いても見える一本の美しい刀。
天城七本剣が1つ、七本の刀の中で最も美しいと呼ばれる名刀『金糸雀』が目の前にある。
なんの冗談だろうか。
この目の前の少年はこの刀を自分に授けると言った。
「本当に…ですか?」
「ええ、勿論です」
本当に、なのだ。
そう言われては、いかに刀に自分が相応しくなくても受け取るのだ。
その刀に似合う者になるように生きるのだ。
膝をついて、もう一度言った。
「ハッ、鷲宮 ヒバリ…この命を持って、天城家に今一度忠誠を誓います!」
必ずや天城を、嵐を守るのだ…この命に代えても。
そう、鷲宮 ヒバリは改めて決意した。