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鬼人の國 -風の英雄譚-  作者: 清涼飲料水
第2章「少年期 帯刀編」
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第26話「本能」

 

 血の髪をした鬼の首が地面に落ちる。

 しばらくして、全ての肉片が塵になったのを確認して、息をついた。


「ようやく、終わりか……?」

「ああ、もう他にはいないようだな」


 紅炎と顔を合わして、苦笑まじりで笑う。

 勝ったのだ、あの鬼を、殺しきった。

 その事実を受け止めたと同時に、体が悲鳴を上げていた事にようやく気づく。


「全身、痛いんですが……」

「あれほどの技を駆使すればそうなるだろうな、俺も全身が痛む」


 そういえば、紅炎は最後に俺を庇ってくれたんだったな。

 俺よりダメージは重いだろう。

 なのに、それを表に出すことなく彼は立っている。


「どうでもいいわよ、そんなの」


 そうやって呆けていると、声をかけられた。

 振り返ると、烈火が切り株の上に座っていた。

 先程まで、汗を吹き出して震えていた時とは違うようだ。

 少し顔色は悪いが、それでも先ほどより大分マシに見える。


「烈火、大丈夫なんですか?」

「ああ、体調が悪いのではないのか?」

「平気よ、少し頭痛がしただけ、だから」


 大丈夫には、とても見えなかった。

 またさっきみたいなことがあっては心配だ。

 そう思い、食い下がる。


「そうは言っても心配ですよ」

「平気だって言ってるじゃない!」


 声を荒げて反論される。

 むう、これでは話どころではない。

 一旦屋敷に戻ってから、話を聞く事にするか……。


「烈火、俺たちにも話せないのか?」


 そう思っていると、紅炎が助けを入れてくれる。

 真っ直ぐに顔を見て、話しかけている。

 すると、烈火はふうと息を吐いて話はじめた。


「……最近、夢を見るの」

「夢、ですか?」


 夢か。

 どんな夢なのだろうか、疑問に思うがとりあえず話の続きを聞いてみよう。


「どんな夢ですか?」

「うん、周りが真っ赤な世界にぽつりとあたしがいるの」

「周りが、赤い……」


 周りが、赤い世界にいる……。

 どこかで見たことがあるような、いや、思い出せない。

 なんだろうか、どこかで引っかかるような。


「そこにね、女の人が、一人で立ってた」

「女性が一人でか?」

「うん、だけど一言も話さないから、不思議に思ってたら……周りが燃えだしたの、あたしを囲むように」


 彼女は震えながら話している。

 何かに怯えるように。


「そしたら、一言だけ呟いたの」

「一言だけ、だと?」

「うん、誰か、あたしの周りの人が死ぬって……」

「それは、一回だけか?」

「ううん、ここ数日続いてる……」


 ここ数日、続いている。

 夢が、ただの夢が?


「あたしも、さっきまで信じてなかった。 でも、鬼が出て、兄さんもアラシも怪我しちゃって……」

「烈火……」


 彼女が涙を流している。

 いつだって、凛と立っていた彼女が。


「ねえ、みんないなくならないよね?」


 彼女は、不安なのだろう。

 悪夢に弱らされているだけだ、そこに鬼が出て、気が弱っているのだ。


「烈火、僕達はいなくならない」

「本当?」

「ええ、今のを見たでしょう? 僕も紅炎も、あの鬼に負けなかった、それに玄樹郎さんもいる。」


 そうだ、負けるつもりはない。

 そのために今まで修行し、鍛えてきた。

 その結果も、今さっき出た。

 この世界でも、俺たちは戦える。


「ああ、俺達は強い。 それに、父上の強さはお前も知っているだろう」

「そう、だよね」

「うむ」

「うん、ありがとう……兄さん、アラシ」


 烈火は泣き止み、笑みを浮かべていた。

 うん、彼女に泣き顔は似合わないな。

 一応は、気をつけていかないとな……何か引っかかる所があるのは話さない方がいいだろう。


「そろそろ大丈夫か、烈火?」

「ええ、もう平気よ」

「なら屋敷に戻ろう、父上に話を伝えなければ」

「ええ、早いうちに」

「なら、行きましょう?」


 俺は二人と顔を見合わせ、頷いた。



 ---



「ああ、全員死んでしまったか」


 やはり、生き残れなかったか。

 ひとつ誤算だったのは、被害が最小限に抑えられている事だ。

 帯刀の当主と、鉈を持った男の二人は流石に殺せばしないだろうと思っていたが。


「子供に、レッドキャップがやられるとはな……」


 赤い、血を吸った鮮やかな髪を持った鬼。

 最近気に入ったので名前を与えてやったというのに。

 子供に遅れを取るとまでは思わなかった。


「これで私まで敗れたら、傑作だな」


 そう呟き、コートを着た男は動き出す。

 目的を果たすために、ゆっくりと。


「まず一番の目的は、帯刀の当主抹殺。 その次に子供たちの排除だな」


 ゆっくりと目を閉じる。

 上から命じられた、使命を思い出すように。

 そして口に出して、噛みしめるように呟く。


「慢心は、しない」


 そのために、仕掛けはした。

 誰が入ろうとも、抜かりは無いに等しい。

 あの空間に引きずり込めさえすれば、自分には人間ではとても敵わない。

 だが、万が一はある。

 慢心し、油断を突かれ敗北を喫した同志の姿を幾度となく見てきた。


「我は、ドラクロア=バートリー。 主から授かった名と、数字を胸に命を遂行するのみ」


 ああ、油断と慢心をしないと、決めていたのに。

 やはり、それは出来そうにはない。

 たかが人間、自分に勝てるわけがない。

 それに、もう限界なのだ。


「ああ、血の匂いがする……」


 血の匂い、我々の本能。

 幾度となく人間を喰らい、そして血肉としてきた。

 ただそれだけを繰り返し、今日まで生きてきたのだ。

 消えようになりそうな意識を保ち、決意を固めて呟いた。



「さあ、血の宴を始めようか」

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