第26話「本能」
血の髪をした鬼の首が地面に落ちる。
しばらくして、全ての肉片が塵になったのを確認して、息をついた。
「ようやく、終わりか……?」
「ああ、もう他にはいないようだな」
紅炎と顔を合わして、苦笑まじりで笑う。
勝ったのだ、あの鬼を、殺しきった。
その事実を受け止めたと同時に、体が悲鳴を上げていた事にようやく気づく。
「全身、痛いんですが……」
「あれほどの技を駆使すればそうなるだろうな、俺も全身が痛む」
そういえば、紅炎は最後に俺を庇ってくれたんだったな。
俺よりダメージは重いだろう。
なのに、それを表に出すことなく彼は立っている。
「どうでもいいわよ、そんなの」
そうやって呆けていると、声をかけられた。
振り返ると、烈火が切り株の上に座っていた。
先程まで、汗を吹き出して震えていた時とは違うようだ。
少し顔色は悪いが、それでも先ほどより大分マシに見える。
「烈火、大丈夫なんですか?」
「ああ、体調が悪いのではないのか?」
「平気よ、少し頭痛がしただけ、だから」
大丈夫には、とても見えなかった。
またさっきみたいなことがあっては心配だ。
そう思い、食い下がる。
「そうは言っても心配ですよ」
「平気だって言ってるじゃない!」
声を荒げて反論される。
むう、これでは話どころではない。
一旦屋敷に戻ってから、話を聞く事にするか……。
「烈火、俺たちにも話せないのか?」
そう思っていると、紅炎が助けを入れてくれる。
真っ直ぐに顔を見て、話しかけている。
すると、烈火はふうと息を吐いて話はじめた。
「……最近、夢を見るの」
「夢、ですか?」
夢か。
どんな夢なのだろうか、疑問に思うがとりあえず話の続きを聞いてみよう。
「どんな夢ですか?」
「うん、周りが真っ赤な世界にぽつりとあたしがいるの」
「周りが、赤い……」
周りが、赤い世界にいる……。
どこかで見たことがあるような、いや、思い出せない。
なんだろうか、どこかで引っかかるような。
「そこにね、女の人が、一人で立ってた」
「女性が一人でか?」
「うん、だけど一言も話さないから、不思議に思ってたら……周りが燃えだしたの、あたしを囲むように」
彼女は震えながら話している。
何かに怯えるように。
「そしたら、一言だけ呟いたの」
「一言だけ、だと?」
「うん、誰か、あたしの周りの人が死ぬって……」
「それは、一回だけか?」
「ううん、ここ数日続いてる……」
ここ数日、続いている。
夢が、ただの夢が?
「あたしも、さっきまで信じてなかった。 でも、鬼が出て、兄さんもアラシも怪我しちゃって……」
「烈火……」
彼女が涙を流している。
いつだって、凛と立っていた彼女が。
「ねえ、みんないなくならないよね?」
彼女は、不安なのだろう。
悪夢に弱らされているだけだ、そこに鬼が出て、気が弱っているのだ。
「烈火、僕達はいなくならない」
「本当?」
「ええ、今のを見たでしょう? 僕も紅炎も、あの鬼に負けなかった、それに玄樹郎さんもいる。」
そうだ、負けるつもりはない。
そのために今まで修行し、鍛えてきた。
その結果も、今さっき出た。
この世界でも、俺たちは戦える。
「ああ、俺達は強い。 それに、父上の強さはお前も知っているだろう」
「そう、だよね」
「うむ」
「うん、ありがとう……兄さん、アラシ」
烈火は泣き止み、笑みを浮かべていた。
うん、彼女に泣き顔は似合わないな。
一応は、気をつけていかないとな……何か引っかかる所があるのは話さない方がいいだろう。
「そろそろ大丈夫か、烈火?」
「ええ、もう平気よ」
「なら屋敷に戻ろう、父上に話を伝えなければ」
「ええ、早いうちに」
「なら、行きましょう?」
俺は二人と顔を見合わせ、頷いた。
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「ああ、全員死んでしまったか」
やはり、生き残れなかったか。
ひとつ誤算だったのは、被害が最小限に抑えられている事だ。
帯刀の当主と、鉈を持った男の二人は流石に殺せばしないだろうと思っていたが。
「子供に、レッドキャップがやられるとはな……」
赤い、血を吸った鮮やかな髪を持った鬼。
最近気に入ったので名前を与えてやったというのに。
子供に遅れを取るとまでは思わなかった。
「これで私まで敗れたら、傑作だな」
そう呟き、コートを着た男は動き出す。
目的を果たすために、ゆっくりと。
「まず一番の目的は、帯刀の当主抹殺。 その次に子供たちの排除だな」
ゆっくりと目を閉じる。
上から命じられた、使命を思い出すように。
そして口に出して、噛みしめるように呟く。
「慢心は、しない」
そのために、仕掛けはした。
誰が入ろうとも、抜かりは無いに等しい。
あの空間に引きずり込めさえすれば、自分には人間ではとても敵わない。
だが、万が一はある。
慢心し、油断を突かれ敗北を喫した同志の姿を幾度となく見てきた。
「我は、ドラクロア=バートリー。 主から授かった名と、数字を胸に命を遂行するのみ」
ああ、油断と慢心をしないと、決めていたのに。
やはり、それは出来そうにはない。
たかが人間、自分に勝てるわけがない。
それに、もう限界なのだ。
「ああ、血の匂いがする……」
血の匂い、我々の本能。
幾度となく人間を喰らい、そして血肉としてきた。
ただそれだけを繰り返し、今日まで生きてきたのだ。
消えようになりそうな意識を保ち、決意を固めて呟いた。
「さあ、血の宴を始めようか」




