第23話「恐慌」
自分はいつもと変わらずに、屋敷の門番をしていた。
今日も門の前で立っているだけの簡単な仕事の筈、だった。
なのに、今日は違う。
赤い目をした鬼が閉ざされていた門を、こじ開けたのだ。
「ちくしょうがぁ!」
目の前にいる、鬼を見て叫んだ。
周りに数人いた同僚の一人は鬼にやられ、地に伏している。
「どうすればいいんだよ!」
「落ち着け、うわああっ」
パニックを起こし、集団は機能していない。
そんな同僚を見て、舌打ちしながら考える。
どうしようかと、悩んでいるうちに気づけば鬼が眼前に迫っていた。
「ちくしょう…」
瞬間、視界が朱に染まった。
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「あ、ああ……」
目の前の人間が、怯えている。
一緒にいた女を、食ったから震えているのだろうか。
なら、安心するといい。
「安心しろよ、俺はババアは食わねえからよ」
「うああ」
「まあもっとも」
口から血を滴らせながら、答えてやる。
「バラバラにして、死なせてやるけどなあ」
爪を立てて、目の前の女に手を伸ばした。
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目の前の、鬼の腕を斬った。
ソレは、その一瞬動きを止めた。
それを逃さずに、俺は追撃の蹴りを放つ。
その鬼は後方に吹っ飛んでいった。
「烈火、動けるか!?」
俺は、彼女にそう叫びながら鬼を見やる。
鬼の腕はいまだ復活していないようだ。
どうやら、ヒバリからもらった脇差で斬るとかなり、鬼にダメージを与えれるらしい。
「烈火、烈火!!」
烈火は、震えて動けない。
当たり前だろうか、彼女は鬼を初めて見るのだから。
それに、突然襲いかかって来たのだ。
「クソッ!」
「ガアァ!!」
腕を斬られた鬼が襲いかかってくる。
俺はそれをもう一度切り裂こうとしながら、失敗したと考える。
もう一体、鬼が飛びかかってきた。
烈火を守りながら、ヤツは切れない。
「ちいっ!」
負傷を覚悟して、目の前に突っ込む。
大丈夫だ、やれる。
多対一の戦法は、父さんに教わった。
―
『嵐、風を読め』
『風、ですか?』
『うむ、風を読み、そして切り裂け。 さすれば、鬼など取るに足りん』
『それが、天城の技ですか』
『うむ、それがこの技…』
―
「天城流、風車!!」
縦に円を描きながら、脇差を振るう。
狙うは鬼の、頭と首。
鬼の攻撃をかいくぐりながら、俺は首を落とすのに成功する。
「よしっ」
鬼は、首を落とした後に灰となって消えた。
首を落とせば、鬼は死ぬ。
この刀なら、やれる。
そう思ってから、後から鬼がまた飛びかかってきた。
「はあっ!」
迎撃しようとして、すぐに切り替える。
だが、そこには彼がいた。
「アラシ、頭を狙えばいいのだな!」
「ええ、後ろは任せましたよ」
帯刀紅炎、彼がいれば烈火を守りきれる。
そう確信し、まだ数体残っている鬼の方に注意を向ける。
まだ油断しては、ダメだ。
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死を覚悟した、門番の男はそう思って目を瞑った。
なのに、死はいつまでも彼を襲っては来なかった。
なので、目を開ける。
そこには、鉈を持った髪の長い男が、鬼を二つに切っている所だった。
「おい、落ち着けお前ら」
「と、トドロキさん!!」
そこにいたのは、名門『帯刀』家の門番長、トドロキと呼ばれる男だった。
「刀抜いて、数人で動け。 ああ、囲むようにしてゆっくりだぞ」
「は、はいっ!」
彼の言葉を受けて、門番達は落ちつきを取り戻す。
そして、一体ずつ鬼を討伐していった。
「お前らは、そいつら片付けてろ」
「トドロキさんは、何を?」
数で囲んでしまえば、鬼はそれほどの脅威ではなくなった。
それに、トドロキが半分近くの鬼を処理してくれたからだ。
そのトドロキが、ゆっくりと別の方に目を向ける。
その目線の先には、大きな体をした何か。
その目は、赤く輝いている。
「おらよっ!」
トドロキがその鬼に向かって、鉈を振るう。
だが、その鉈はその鬼の体には通らず、弾かれる。
舌打ちをしながら、トドロキは距離を取るために後ろに飛ぶ。
「なんだお前、能力持ちか?」
くつくつと、笑いながら鬼は口を開く。
「能力、ねえ」
「言葉通じねえのか?」
いや、と鬼はもう一度口を開いて呟く。
「俺には頂いた名前がある、硬鬼…それが俺の名前だあ」
ゲラゲラと、鬼はトドロキを見やりながら、笑った。
「名前持ちか、最悪だな」
トドロキは、心の中でもう一度舌打ちを鳴らした。
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世界が燃える。
色が変わり、やがて反転する。
それは音を立てて、やがて崩れ落ちていく。
それはなんなのか、今はまだわからない。
―
「ああぁっ!」
鬼の脚を斬る。
それと同時に、紅炎の刀が止まった鬼の首を切り落とす。
周囲を見張り、今のが最後の一体だと確認し、膝をつく。
「やったか……?」
「紅炎、それ言ったらダメなやつですよ」
「何を言ってる、アラシ?」
元の世界では、それは死亡フラグだった。
だが、しばらくしてから鬼はもういないらしいことに気づき、俺もほっとひと息をつく。
「どうやら、今ので最後みたいですね」
「全部で十、ほどか」
「ああ、それより烈火、大丈夫ですか?」
烈火に心配を移し、俺は目を見開いて驚く。
彼女は、汗を吐き出しながら小刻みに震えていた。
これは、鬼に怯えているのとは違う、と先ほどの考えをかき消す。
「紅炎、屋敷に戻ろう」
「ああ、烈火が心配だ、それに鬼の報告せねばなるまい」
そう思って、烈火に肩を貸して動こうとした、その時。
「俺の、兵隊どもをやったヤツは、誰ダァ?」
声がした。
そして、同時に寒気がした。
茂みの奥から、一人の男が現れた。
「紅炎、烈火をつれて逃げろ」
「無理だ、どう考えてもアレからは逃げきれん」
一目で分かった。
鬼とは思えないほどの、血には飢えてなさそうな顔。
だが、髪の色。
それは、紅炎や烈火とは違う、こびりついたような朱。
人間の、血の色。
ハッキリと、分かった。
目の前にいるのは、間違いなく人外なのだと。