第21話「継承」
いつもと変わらない日常を過ごしていた。
いや、一つだけ変わったことがある。
帯刀家の当主が、変わったのだ。
帯刀 玄樹郎が、帯刀家の当主となったのだ。
帯刀家の、第10代目当主に。
ただそれだけなのだが、彼は忙しそうだ。
忙しそうなのだが、嬉しそうに仕事をしていた。
なので今日は、お茶を持って行きすぐに部屋を去ろうと思っていた。
なのだが、いつもの彼の部屋には別の人物がいた。
「失礼しました」
「否、構わん」
帯刀家、前当主、帯刀 玄道がそこには居た。
この屋敷にきてから、一度もこの部屋では見たことのない人物がいたので、俺は固まった。
「どうした?」
その姿を見て、不思議に思ったのか彼は俺に問いかける。
「いえその、部屋を間違えたかと思いまして」
「いや、間違えてはおらんだろう、ここは玄樹郎の書斎だ」
「ああ、やっぱりそうですか」
じゃあ何故、彼はここに居るのだろうか。
「ヤツは今、少し忙しい。茶は多分、自分で淹れに行くだろう」
「ああ、そうですか」
なら俺は今日は必要ないだろう、そう思って部屋から出ようとすると、後ろから声がかかる。
「どれ、アラシ……儂と少し話さんか?」
話の誘いだった。
「はい、喜んで」
二つ返事で、それに乗った。
「ヌハハ、そんなことがあったか!!」
「ええ、あれはおかしかったです」
彼はよく笑った。
よく通る大声を響かせ、満面の笑みで。
そこには、厳格な当主の姿はなかった。
「フム、お前はやはり父親には似ておらんな」
「そう、ですか?」
「ああ、口調が全然違う」
「口調ですか」
「ああ、それに態度もだな」
態度、か。
そんなに違うだろうか。
「父さんは、どんな感じだったんですか?」
「むっ、ヤツはな、今でこそマシになったが昔は手に負えん悪ガキだったな」
「ああ、そんな感じですね」
脳筋な所とか。
「訓練学校を数ヶ月で辞めたと聞いたときは、ついにやったかと思ったものだ」
「訓練学校?」
初めて聞いた単語を疑問形で問う。
「ああ、知らんか?」
「ええ、聞いたことも無いですね」
「まあ、まだ知らんでもいい、ガハハ!!」
だけど、スルーされた。
まあいい、玄樹郎あたりにまた聞いてみよう。
「つまり、父さんは手のつけられない悪ガキだったと」
「だが、間違いなく神童だった」
真剣な顔をして、そう彼は告げる。
「玄樹郎と同じ世代で、ヤツの名前を知らん者はおらん」
「そんなに凄いんですか、父さんは」
「鬼の幹部をたったの一人で討伐したのだからな」
「鬼の幹部?」
また、知らない単語が出てきた。
「ああ、鬼には率いている奴らがいる」
「そうなのですか?」
今度は、答えてくれるらしい。
「ああ、鬼の中でも特に強い力を持つ奴らだ、儂も若い頃は何回かやりあった」
「そんな鬼を、父さんは倒したと」
「うむ、その功績のおかげでヤツは天城の当主の座に迎え入れられた」
そう言って、彼は懐からある物を取り出す。
あれは、タバコだ。
こっちの世界に来てからは、初めて見る。
タバコを咥え、火を着けてから彼はもう一度続ける。
「まあヤツは、生き急いでいるところがあったからな、あまり驚きはせんかった」
「そんな話があったんですね」
「あまり驚かんのだな」
「ええ、父さんならそんな話があってもおかしくないなと思いまして」
「ガハハ、やはり父親には似ておらん、だが母親にも似ておらんな」
「母さんにも?」
「なんだ、母親を覚えておらんのか?」
「実は小さい頃の記憶がさっぱり」
転生前のこの体の記憶は一切ない。
なので、そう正直に言う。
すると、彼は考えた後に喋る。
「ふむ、お前の母親はなんと言うか、そうだな」
「どうしたんですか?」
言葉に詰まっているのか、歯切れが悪い。
彼らしくなく、ハッキリしない。
やがて、観念したようにつぶやく。
「そうだな、真面目な女ではなかったな」
「具体的には?」
「嘘吐きだったな」
「嘘吐き、ですか」
「ああ、よく狼がきたとか言って、稽古を休みにしていたな」
狼少年みたいなヤツだな、母さんは。
「はは、それで本当に狼が出た時に父さんが助けてくれたとかですか?」
「ん、いや、自分で狩っていたぞ?」
狼より強いのかよ。
じゃあ嘘吐いても意味なくないか、と思うが。
「じゃあなんで、父さんはそんな母さんと一緒になったんですかね?」
「うーむ、顔は良かったからな」
顔で選んだと聞くと、なんだか父さんを軽蔑しそうになるな。
「ヌハハ、冗談だ、冗談」
「それは良かったです」
「ヤツらは、雰囲気が似ていたからな、引き寄せあう感じがしていたんだろう」
引き寄せあう、か。
そういうところもあるだろう。
「まあ、そう言うこともあるでしょうね」
「まあ、儂が言いたいことは、一つだけだな」
「一つだけ、ですか?」
「ああ、後悔なく生きるのが一番だろう」
突然、そんな事を目の前の老人、彼は言う。
「儂は、玄樹郎に家督を譲ったが、後悔はしとらんからな」
「玄樹郎さんは、信頼できる人ですからね」
「ガハハ、そうだろう!!」
そう言って、彼は大声で笑う。
俺も、それにつられて笑う。
「む、その笑い方は父親に似ているぞ!」
「ふふ、そうですか」
そう言われて、俺はもう一度笑う。
「フム、そろそろ儂は休むとするが、キサマはどうする?」
「あ、それなら僕も部屋に戻ります」
「おおそうか、すまんなこんな時間まで」
「いえ、また話を聞かせて欲しいくらいです」
「そうかそうか、だがしばらく留守にするんだな、儂は」
そうなんですか、と俺は聞く。
すると、彼はうむと頷いた後に理由を答える。
「ああ、皇の御館様に当主を譲ったことを報告せねばならん」
そうか、偉いさんに連絡しないといないわけか。
例えるなら、社長を息子に継がせましたよ、と言うことか。
「そうですか、では僕はこれで」
「ああ、戻ってきたらまた話を聞かせてやろう」
是非、と言って俺は部屋を出る。
玄道とこんなに話すのは初めてだったんじゃないかと思う。
こんな話なら、また話を聞きたいと思いながら、部屋に戻る途中、風が吹いた。
悪寒がする、一筋の風。
何か、悪い事が起こるんじゃないかと、思ってしまったが、それはないと思って足を早める。
この数日後に、帯刀の人間が、一人死んだ。