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鬼人の國 -風の英雄譚-  作者: 清涼飲料水
第2章「少年期 帯刀編」
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第21話「継承」

 

 いつもと変わらない日常を過ごしていた。


 いや、一つだけ変わったことがある。

 帯刀家の当主が、変わったのだ。

 帯刀 玄樹郎(たてわきげんじゅろう)が、帯刀家の当主となったのだ。

 帯刀家の、第10代目当主に。

 ただそれだけなのだが、彼は忙しそうだ。

 忙しそうなのだが、嬉しそうに仕事をしていた。

 なので今日は、お茶を持って行きすぐに部屋を去ろうと思っていた。

 なのだが、いつもの彼の部屋には別の人物がいた。


「失礼しました」

「否、構わん」


 帯刀家、前当主、帯刀 玄道がそこには居た。

 この屋敷にきてから、一度もこの部屋では見たことのない人物がいたので、俺は固まった。


「どうした?」


 その姿を見て、不思議に思ったのか彼は俺に問いかける。


「いえその、部屋を間違えたかと思いまして」

「いや、間違えてはおらんだろう、ここは玄樹郎の書斎だ」

「ああ、やっぱりそうですか」


 じゃあ何故、彼はここに居るのだろうか。


「ヤツは今、少し忙しい。茶は多分、自分で淹れに行くだろう」

「ああ、そうですか」


 なら俺は今日は必要ないだろう、そう思って部屋から出ようとすると、後ろから声がかかる。


「どれ、アラシ……儂と少し話さんか?」


 話の誘いだった。


「はい、喜んで」


 二つ返事で、それに乗った。



「ヌハハ、そんなことがあったか!!」

「ええ、あれはおかしかったです」


 彼はよく笑った。

 よく通る大声を響かせ、満面の笑みで。

 そこには、厳格な当主の姿はなかった。


「フム、お前はやはり父親には似ておらんな」

「そう、ですか?」

「ああ、口調が全然違う」

「口調ですか」

「ああ、それに態度もだな」


 態度、か。

 そんなに違うだろうか。


「父さんは、どんな感じだったんですか?」

「むっ、ヤツはな、今でこそマシになったが昔は手に負えん悪ガキだったな」

「ああ、そんな感じですね」


 脳筋な所とか。


「訓練学校を数ヶ月で辞めたと聞いたときは、ついにやったかと思ったものだ」

「訓練学校?」


 初めて聞いた単語を疑問形で問う。


「ああ、知らんか?」

「ええ、聞いたことも無いですね」

「まあ、まだ知らんでもいい、ガハハ!!」


 だけど、スルーされた。

 まあいい、玄樹郎あたりにまた聞いてみよう。


「つまり、父さんは手のつけられない悪ガキだったと」

「だが、間違いなく神童だった」


 真剣な顔をして、そう彼は告げる。


「玄樹郎と同じ世代で、ヤツの名前を知らん者はおらん」

「そんなに凄いんですか、父さんは」

「鬼の幹部をたったの一人で討伐したのだからな」

「鬼の幹部?」


 また、知らない単語が出てきた。


「ああ、鬼には率いている奴らがいる」

「そうなのですか?」


 今度は、答えてくれるらしい。


「ああ、鬼の中でも特に強い力を持つ奴らだ、儂も若い頃は何回かやりあった」

「そんな鬼を、父さんは倒したと」

「うむ、その功績のおかげでヤツは天城の当主の座に迎え入れられた」


 そう言って、彼は懐からある物を取り出す。

 あれは、タバコだ。

 こっちの世界に来てからは、初めて見る。

 タバコを咥え、火を着けてから彼はもう一度続ける。


「まあヤツは、生き急いでいるところがあったからな、あまり驚きはせんかった」

「そんな話があったんですね」

「あまり驚かんのだな」

「ええ、父さんならそんな話があってもおかしくないなと思いまして」

「ガハハ、やはり父親には似ておらん、だが母親にも似ておらんな」

「母さんにも?」

「なんだ、母親を覚えておらんのか?」

「実は小さい頃の記憶がさっぱり」


 転生前のこの体の記憶は一切ない。

 なので、そう正直に言う。

 すると、彼は考えた後に喋る。


「ふむ、お前の母親はなんと言うか、そうだな」

「どうしたんですか?」


 言葉に詰まっているのか、歯切れが悪い。

 彼らしくなく、ハッキリしない。

 やがて、観念したようにつぶやく。


「そうだな、真面目な女ではなかったな」

「具体的には?」

「嘘吐きだったな」

「嘘吐き、ですか」

「ああ、よく狼がきたとか言って、稽古を休みにしていたな」


 狼少年みたいなヤツだな、母さんは。


「はは、それで本当に狼が出た時に父さんが助けてくれたとかですか?」

「ん、いや、自分で狩っていたぞ?」


 狼より強いのかよ。

 じゃあ嘘吐いても意味なくないか、と思うが。


「じゃあなんで、父さんはそんな母さんと一緒になったんですかね?」

「うーむ、顔は良かったからな」


 顔で選んだと聞くと、なんだか父さんを軽蔑しそうになるな。


「ヌハハ、冗談だ、冗談」

「それは良かったです」

「ヤツらは、雰囲気が似ていたからな、引き寄せあう感じがしていたんだろう」


 引き寄せあう、か。

 そういうところもあるだろう。


「まあ、そう言うこともあるでしょうね」

「まあ、儂が言いたいことは、一つだけだな」

「一つだけ、ですか?」

「ああ、後悔なく生きるのが一番だろう」


 突然、そんな事を目の前の老人、彼は言う。


「儂は、玄樹郎に家督を譲ったが、後悔はしとらんからな」

「玄樹郎さんは、信頼できる人ですからね」

「ガハハ、そうだろう!!」


 そう言って、彼は大声で笑う。

 俺も、それにつられて笑う。


「む、その笑い方は父親に似ているぞ!」

「ふふ、そうですか」


 そう言われて、俺はもう一度笑う。


「フム、そろそろ儂は休むとするが、キサマはどうする?」

「あ、それなら僕も部屋に戻ります」

「おおそうか、すまんなこんな時間まで」

「いえ、また話を聞かせて欲しいくらいです」

「そうかそうか、だがしばらく留守にするんだな、儂は」


 そうなんですか、と俺は聞く。

 すると、彼はうむと頷いた後に理由を答える。


「ああ、皇の御館様に当主を譲ったことを報告せねばならん」


 そうか、偉いさんに連絡しないといないわけか。

 例えるなら、社長を息子に継がせましたよ、と言うことか。


「そうですか、では僕はこれで」

「ああ、戻ってきたらまた話を聞かせてやろう」


 是非、と言って俺は部屋を出る。

 玄道とこんなに話すのは初めてだったんじゃないかと思う。

 こんな話なら、また話を聞きたいと思いながら、部屋に戻る途中、風が吹いた。


 悪寒がする、一筋の風。

 何か、悪い事が起こるんじゃないかと、思ってしまったが、それはないと思って足を早める。



 この数日後に、帯刀の人間が、一人死んだ。

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