第19話「彼の野望」
近頃、少しずつ毎日が変わってきた。
とはいっても、そんなに変わってはいないのかも知れない。
朝起きて、トレーニングをする。
朝食を食べてから読書や読み書きの勉強。
そこに、烈火が参加するようになっただけだ。
「へえ、そんなところがあったのね」
彼女は、予想以上にマジメだった。
わからない所があれば、きっちりと質問するし自分で考えることもできた。
一つ理解すれば、応用もできるようになった。
多分、彼女はバカではない。
そう最近は分かってきた。
紅炎も彼女も、まっすぐなだけなのだろう。
故に、今まで習おうとしなかった。
剣士に勉強は必要ないと、そう思っていたから。
それは剣術でも、現れた。
烈火はフェイントなどを理解して使っている。
こう動けば、こう釣られる。
こう釣られるメリットなどを考えて使うことができる。
やはり、彼女は才能がある。
事実、俺は彼女に追いつかれてしまった。
最近は模擬訓練での戦績では五分五分くらいになってしまっている。
だがそのおかげで俺も一段ステップアップしている。
みるみるうちに俺は強くなっただろう。
もし仮に今ヒバリと訓練すれば、どうなるだろうか。
今なら一太刀入れるくらいはできるだろうか。
ある日俺が、そんなことを考えてる頃に、それは届いた。
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「天城の坊ちゃん、手紙が届いてますよ」
「えっと、誰からでしょうか」
その日、ウメさんが俺にそう言ってきた。
手紙?
誰からだろうか、そう思い訪ねてみる。
「これは、天城の家紋ですかね」
「なら、父さんからですかね」
そう思い、手紙を受け取る。
うん、確かに天城家の家紋だ。
俺はウメさんにお礼を言い、部屋に戻る。
何だろう、何かあったのか。
「さて、差出人は……父さんと、ヒバリか」
手紙は、二通あった。
父さんと、ヒバリからの二通だった。
まずは、父さんからの手紙を開けてみる。
その中は、簡単に書かれてあった。
「アラシヘ。お前が帯刀の屋敷に出稽古に行ってから、もうすぐ一年が経つ。修行は順調だろうか?
ヒバリが最近小言でうるさくてな、嫌になってきそうだ。こっちは元気でやっている。
そうそう、誕生日の祝いを送った。嫌なら捨てろ。」
なんて脳筋な手紙なんだ。
いや、こっちの手紙はこんなものなのか?
帯刀家の方には手紙出してるんだろうか。
あとでこっそり玄樹郎に聞いてみることにしようか。
そう思うが、先にヒバリの手紙を見ることにする。
「拝啓、アラシ様。
帯刀の屋敷に出稽古に行かれてから、もうすぐ1年が経ちましょうか。
我らは、周囲の警備が忙しくなってきています。
なので、帯刀の屋敷には当分は赴くことはなりません。
ですが、アラシ様のこれからますますのご活躍を願っております。
誠に勝手ながら、私も一本の刀をアラシ様に贈りますがお許し下さいませ」
さすがヒバリだ、どこかの脳筋とは違う。
それにしても、プレゼント。
そうか、もうすぐ10歳か。
誕生日、嫌でも思い出してしまうな、去年のことを。
今年は、あんなことが起きなければいいが。
そう思いながら、俺は返事の手紙を書くことにした。
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「ふふ、それは良かったね」
俺はその夜、玄樹郎に手紙のことを話していた。
彼は、茶を飲みながら相槌を打ってくれる。
心なしか、今日はいつもより機嫌が良さそうに見える。
「父さんから、手紙は帯刀家にも送ってるんですかね」
「ああ、僕や父にも先ほど手紙が来ていたよ」
「そうですか、それはなんと?」
「息子を、よろしくって」
それだけか、もしかして。
なんてやつだ。
それは流石にマズくないか、と思って玄樹郎を見ると気にしたいなさそうだ。
そんなやつだとわかっているのかもしれない。
それにしても、やっぱり上機嫌だな今日は。
あまり表情を変えない彼が、今日は微笑みながら作業をしている。
そう思って、彼に声をかける。
「今日はいつもより機嫌がいいですね」
「ん、そうかい?」
「ええ、何かいいことでも?」
俺は話を聞いてみることにする。
すると彼は、口を少し開いて言った。
「実はね、もうすぐ僕は父さんから当主の座を譲ってもらうんだ」
当主の座を譲ってもらう。
つまり、彼は当主になるのだ。
王都五家の1つ、帯刀家の。
俺はそれを聞き、素直に感想を述べる。
「それは、おめでとうございます」
「ふふ、当主は僕の野望の一つに過ぎないよ」
「野望?」
「ああ、僕には夢がある」
野望、か。
なんだろうか。
もしかしたら、世界征服とか企んでるのか。
って、この人がそんな人な訳が無い。
彼は、いつだって誠実だった。
そんな彼が、そんな邪な考えを抱くわけがない。
「野望とは、お聞きしても?」
「ああ、多分君にも協力を願うかもしれないからね」
「ほう、それは?」
「僕の夢は、この日本の解放さ」
この国の、解放。
それは、鬼から47都道府県全ての奪還ということか。
その野望は、果てしなく大きいものだろう。
現在この日本の都道府県はたったの2つしか解放されていない事を考えれば。
「それは、大きいですね」
「ふ、無理だろうかな」
「それは、分かりかねますね」
そんな考えを読まれたのか、俺は口を閉じる。
だが、玄樹郎は続ける。
「確かに、帯刀家だけでは無理かもね。
だけど、五家全てなら?
皇家、五家、四国、福岡の一族なども入れればどうだろうか、僕はできると思ってる」
彼は全ての一族の協力を借りると言っている。
確かに、全ての一族が集まれば、あるいは。
彼は、そんな事を考えているのだ。
かつての、天下統一。
それを、皇家のもとに、という事だろう。
それならいけるかもしれない。
「確かに、それなら」
「だが、それは帯刀だけでは望めない」
「ええ、そうでしょうね」
「だから、総一郎にも言ってある」
「えっ!?」
父さんにも、言ってあるのか。
そうか、二つの家が協力しあえば、帯刀家だけより他の一族を納得させる事ができるかも知れないな。
「君も、協力してくれるかい?」
「ええ、僕にできる事なら」
他の一族と協力できるなら、するべきだ。
その方が、周りも安全になって戦力強化にも期待できる。
間違いなく、鬼の殲滅は早くなるだろう。
彼は、素晴らしい考えを持っている。
俺は目の前の男、帯刀 玄樹郎を尊敬する。
「まあ君に協力を求めるのは、もう少し大きくなってからだろうがね」
「はは、そうですね」
俺はそう言われ、苦笑する。
そう言えば、まだこの体は10歳そこらだ。
前世と合わせるともうすぐ30か?
そう思っていると、彼はもう一度口を開く。
「君は不思議だな、初めて会った時から子どもとは思えない。
君と会ってから、紅炎や烈火は変わったよ。
よく考え、行動するようになった」
そう玄樹郎はぽつりと言った。
確かに彼らは変わった。
だけど、それは根元に玄樹郎や玄道、二人の教えがあるはずなんだ。
それは、彼と話をしていて理解している。
「僕と父は、普通の生き方を教えることはできないからね。
アレの母は、二人が若くして死んだからね。
それ以来、僕は二人から逃げてきたんだろうな」
「まだ、間に合いますよ」
そうだ、まだ間に合う。
まだまだ彼らは子供だ、取り返しはつく年齢だろう。
それに、玄樹郎のことを嫌ってはいないだろう。
尊敬しているだろう、2人とも。
「そうかな」
「ええ、必ず」
だから、俺はそれしか言えない。
気のきいたことなんて、俺には言えないんだ。
「そうか、そうだな、ありがとう」
だけど、彼は何か吹っ切れた顔で俺に感謝を告げる。
そんな大層なことは言ってない。
彼なら、どうとでもなるだろう。
「僕も、素直に生きようかな」
彼は、ぽつりとそう言った。




