第18話「兄妹の変化」
帯刀 紅炎は一人で素振りを行っていた。
彼はわずか9歳にしてその才に並ぶ者なしと呼ばれる、天才である。
-否、天才と呼ばれていた者である。
その彼は、今現在二人の少年少女に並ばれている。
その1人は、天城 嵐。
彼と同じ、王都五家と呼ばれている始まりの分家の一つであり、その英才教育を昔から受けたのだろう。
齢9歳にして、鬼と死闘を繰り広げたと聞く怪物。
初めて手合わせした時に、彼とやり合えばどちらかが死ぬかもしれないとさえ思った。
実際に真剣を抜いてしまい、父と祖父に止められた。
故に、そんな彼なら自分と並んでいるのは理解できる。
彼は、努力を怠らない男だったから。
常に努力を続ける、凄い人だった。
だから、今は尊敬さえ思えてしまう時がある。
少し恥ずかしいので、絶対に言うことはないが。
なので、彼はまだわかった。
もう一人は、彼の双子の妹の帯刀 烈火。
スタートラインは彼と一緒だった。
ただ、少し足がもつれていただけ。
ただそれだけで、彼女は一時剣を置いていた時期があった。
彼は、それを見て彼女に説教をした。
だが、口では妹には敵わず言い負かされた。
その後色々あって仲直りしたのだが、彼女に言われた質問にはいまだに答えられていない。
その質問には、彼はなんと答えるのだろう。
たまに、自分より何歳も年上なのではないかと思ってしまう同い年の彼は。
帯刀 烈火は悩んでいた。
先日、彼女は初めて本を読んだ。
好きで読まなかったのでは断じてない。
ただ、彼女の目標である兄は一切読まなかった。
必要ないとさえ、言っていた時もあった。
故に、彼女は強くなるのにそういったことは必要ないとさえ思っていた。
-つい最近までは。
つい最近、彼女たちの屋敷に一人の少年がやって来た。
黒い髪をして、まだ幼い雰囲気の少年。
最初は、近くの子どもが有名な家に道場破りにでも来たのだと思い、彼女はいつものように叩きのめして追い出して終わり。
そう思っていた。
結果、それは違うのだがその話はとりあえず置いておく。
その一件以来、その少年は屋敷に住み、共に稽古をすることになった。
兄よりも幼く見える見た目なのに、性格は兄よりも大人な少年。
彼は、いろんなことを教えてくれた。
大きく分けて二つ。まず一つは、剣術以外の大切さに。
なんでそのようなことが必要なのか、彼は聞けば教えてくれた。
まるで自分よりも小さな子どもに言い聞かせるように、あるいは一緒の目線で考えるようにしてくれた。
それは堅物で頑固な兄でさえ、考えを変えてしまう物だった。
もう一つは、戦闘の選択肢。
彼は、フェイントなどの戦術の駆け引きについてなどを教えてくれた。
決して、今までフェイントなどを知らなかったわけではない。
ただ、必要はないと思っていた。
兄も、自分も今まで一度も使ったことがなかったからだ。
だが彼は、そんなフェイントを教え、時には用いてその身に覚えさせてくれた。
フェイントを今までの動きに取り入れるまでには3ヶ月ほど時間がかかった。
だが3ヶ月後、彼女の兄から一本取った。
取れなくなってから、もう何ヶ月、いや何年経っただろう。
そんな、一本が。
兄は、悔しそうにしながらも、満面の笑みで自分を讃えた。
今までの努力が実ったと。
おそらく、兄と彼がいなければ私は今も殻を破ることはできなかっただろう。
そんな2人は、彼の誕生日プレゼントが何がいいかと思い、相談しあっていた。
「何がいいと思う、兄さん」
「うーむ」
きっかけは、使用人のウメさんの話が聞こえた時だった。
世間話が横を通った時に聞こえてしまった。
いつもなら、気にせずに通り過ぎる。
だが、その内容は彼の誕生日だった。
それは自分たちの誕生日の数日後だった。
おそらく、自分たちの誕生日はそれなりに祝って貰えるだろう。
だが、彼はどうだろうか。
おそらく、祝ってもらえない。
そう思った時、烈火は動いていた。
まず、父と祖父に相談した。
その結果、二人は笑って一緒にお祝いしようと言ってきた。
実に呆気なかった。
次に、プレゼントを送ろうと兄と相談をしようと今現在、話し合っている。
「どういうのがいいかな?」
「なんでもいいんじゃないか?」
「それが思いつかないのよ」
「ふむ、俺は刀の手入れ道具にするつもりだが」
「あっ、それずるい!」
なんと、兄はもう考えていたらしい。
それも、実用的な物だった。
クソ、脳筋のくせにこういう時は頭が回る人だ。
「なんでもいいだろう」
「良くないわよ」
「何故だ?」
「なんでって、それは、えっと…」
あれ?
なんでだろうか?
「なんで、かしら…?」
「まあ、もう少し時間はあるからゆっくり考えろ」
「えっ、ちょっ!」
そう言って兄は部屋から出て行った。
なんて人だ、話し合って妹がこんなに悩んでいると言うのに。
「なんで、かしら」
なぜ、なんで良くないと言ったのか。
自慢じゃないが、烈火はテキトーだった。
父の誕生日なんて、そこらへんの石をプレゼントした事さえある。
そんなテキトーな烈火が、何故。
「アイツが、いいやつだから」
優しい彼。
兄と同じくらい強い彼。
たまに大人に間違えてしまいそうになる、彼。
「アイツに、悲しんで欲しくないから」
そう、悲しんで欲しくない。
あんなに強くても、努力している彼。
烈火が強い口調で怒っても、やれやれといった感じで諭してくれる優しい彼。
そんなことを思っていると、頭の中に出てきた言葉。
「アイツに、よろこんでもらいたい」
ぽつりと、そんな声が彼女の口から出てきた。
「なんで、こんなこと考えてるんだろ、あたし」
なんで、そんな考えが出てきたのかはわからない。
だけど、嘘偽りなく出てきた、彼女の本心だろう。
「何にしようか、もう一度考えよ」
彼女が、その気持ちの正体に気づくのはもう少し、かかるのかも知れない。