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第三話:三条くんで能力大戦

「ふっ……仲町朱雀、華麗に脱出。

 この俺様の能力にかかれば、O-R-Zの研究施設程度のセキュリティなどわけもないってことだ」


 燃え上がる施設をバックに、仲町は涼やかにつぶやいた。

 まあ、あまりスマートな脱出とはいかなかったが、無傷なのだからいいだろう。そう思って小さく伸びをする。


「しっかしやばいセキュリティだったな。ナノマシン使って体内に自爆装置用意されるとはさすがに思わなかったぜ。

 衛星からの荷電粒子砲みたいなどでかいスケールで行くと思ったら、ちまちました罠を用意しやがって。おかげで計画が全部おじゃんだぜ」

「計画ってなに?」

「本当は脱出できるか確認するだけのつもりだったんだよ。それがあのざまだ。

 せっかくO-R-Zの中枢に食い込むチャンスだったんだがなあ。うまくいかねえな」

「ふうん」

「――で、おまえさんはなんだ? 敵か? 味方か?」


 仲町はじろりと相手を見た。

 サングラスをかけた、すらりとした長身の女である。

 一般人にしては、爆発にもまったく動じていない。明らかに不審者のその女は、肩をすくめた。


「味方って言って信じる馬鹿がいるの?」

「はは! 言えてるわな。

 能力者か。登録してるクチじゃねえな?」

「あの制度面倒だもの。それこそ公安の関係者くらいしか登録してないんじゃないの?」

「だよなあ。でもO-R-Zの真科は登録してたぜ」

「有名人だからでしょ。O-R-Zだってそれだけで公安に絡まれるのは面倒だろうし」

「ん? まるで自分がO-R-Zの関係者じゃないみたいな口ぶりだな」

「関係者ってどこからどこまでを指すの? わたしはとりあえずそこと雇用関係にはないけど」

「ふうん――」


 仲町は特に感慨なさそうにつぶやいて、


「でテメエ、結局なんだ?」

「名前は()(しょう)しずえよ。

 そっちこそなに? そういえばS.O.Tの仲町が間抜けにも捕まったって聞いたけど、その関係者?」

「だったらどうする?」

「どうするって……ノープランだけど」

「おいおい。頼りにならねえ敵だなテメエ。方針くらい決めとかねえと生き残れねえぞ」

「そう言われてもねえ。わたしはとりあえず、様子見に来ただけだもの。

 だからなにもしないなら見逃してあげてもいいわよ?」

「そりゃありがたい。俺も疲れていていまは戦いたくない」

「だったらなんで構えてるのよ」


 言い合ううちにも、じりじりと二人は間合いを調整し合う。


(ちっ。受動系の能力網に引っかからねえか。よほど高性能の能力か、それとも――)

「テメエ……カウンター系か?」

「能力の正体はあまり言いふらさないことにしているの」

「自信がねえんだな」

「ええ。なにしろ正面から戦って勝ったことは一度もないんでね」

「ふうん」


 仲町はうなずいて、


「するってえと――」


 次の瞬間。

 仲町の体はダンプカーに追突され、軽々とはね飛ばされた。

 あまりにも、軽々と。

 1キロメートルというオーダーで。


「……っとお。羽毛化してとりあえず戦線離脱ってことにしたが、なんだありゃ。

 結局最後まで能力の正体わかんねえでやんの」


 仲町はぶつぶつつぶやきながら、特に怪我もなく無事に地面に着地した。

 そして、考える。


(マジでなんだったんだろうなあ、あれ。やばい能力の気配だけはしたんだが――

 いいタイミングでダンプが来たんで便乗して離脱しちまったが、案外あれが能力か?)


 だとすれば、と仲町は続ける。


(ダンプの攻撃力なんてたかが知れてる。気配と釣り合わねえんだよなあ。

 なんなんだろうな。曖昧というか、全部をうやむやにされちまったというか――)

「ま、いいか」


 仲町は思考を切り替えた。


「呪いみたいに追跡する気配もないし、今日は痛み分けにしとこう。

 四象しずえね……覚えたぜ」


 言って、彼はそこから足早に立ち去る。

 だから、誰も気づかなかった。

 彼が偶然、真実に到達していたことに――四象しずえの能力の形を、偶然に言い当てていたことに。



--------------------



「うーん……わかりませんわね」


 狭霧みやびは、資料を見てしかめっつらで言った。


「能力検出器にかけても、能力テストでもまったく反応せず、ですのね。三条真坂、結局あなたの能力ってなんなんですの?」

「俺に聞かれてもなあ。別に自覚してるわけじゃないし」


 三条は答えた。


「つうかそもそも、俺に能力があるってマジなのか? 検出器で反応しないなら、ないって考えるのが普通だと思うんだけど」

「ああ、それはあり得ないことですわ」

「なんで?」

「だってあなた、真科真字の最初の襲撃を切り抜けてるじゃありませんの」


 狭霧は言った。


「その時点で普通じゃありませんわ。あの女が殺すと決めた時点で普通の人は死ぬんですもの。勝負が始まった時点で相手の勝利条件と規定された現象は絶対に回避できない、それがあの『絶対勝利』なのですわよ。それが発動しなかったということは――」

「……それが俺の『能力』だと?」

「そのはずなのですわ。……うーん、しかしこれはやっかいですわね」


 狭霧はつぶやいた。


「正体がわからなければ値段のつけようもありませんし、それを使ってお金を稼ぐにも方法が限られてきますし」

「おまえホントそればっかだな」

「まあ、だったらよくわからない案件に自爆テロ用として使う手もありますわね。というわけで三条真坂、そろそろ観念してこの契約書にサインを――」

「だから断るっつってんだろ! なんで自爆させられにゃならんのだ!」

「むう。やっかいですわね。真科が渡したあのカードさえなければ資金でがんじがらめにできたものを」

「ていうかあれ、さっき身体検査で没収されたんだけど。ちゃんと返してくれよ?」

「…………」

「おい。返事は?」

「冗談ですわ。狭霧財閥は健全な企業。労働基準法以外の法律はきっちり遵守しますので、物を奪って返さないなんてことはしませんわ」

「できれば労働基準法も守ってほしいんだが」

「おっほほほほ。おもしろい冗談ですわね」


 狭霧は一笑に付した。


「まあとにかく、このままではあなたにとっても都合が悪いということで、なんとかして能力の判定法を見つけませんといけないですわね」

「……俺は別に、おまえら能力者とかいうのが一切絡んでこなければ、能力の正体とか知らなくても平和に暮らしていけるんだけどな」

「そういうあり得ない仮定はみじめになるだけだからやめておいたほうがいいですわよ?

 ま、では我が狭霧グループの切り札兵器を用意しましょう。――コピーロボットをここへ!」

「はっ」


 部屋の隅にいた執事っぽいひとがうやうやしく頭を下げ、壁際のボタンをぴぽぱ、と操作。

 ……ちなみに。執事っぽいひとは実は執事でもなんでもなく、この地下研究施設の研究員の佐藤さんである。

 なのになんでこんなにも執事っぽいのか、と三条がどうでもいいことを考えていると、


「ほーら驚異の五段変形で登場ですわ! 見ましたわよね三条真坂、我が狭霧財閥のテクノロジーを!」

「あ、うん」


 ……見逃してしまった。気まずい。


「で、このコピーロボットというのがなんだって?」

「驚くなかれ! このコピーロボットは能力者の能力をきっちりかっきりコピーできるのですわ! これで三条真坂のコピーを作れば、生身では分析できないあれやこれやがきっかりと!」

「ええー……? なんかうさんくさいような……」

「む。疑われるのは心外ですわね。あなたも見たでしょう三条真坂、あの美しい五段変形!」

「あ、はい」

「……むむー。なんか生返事ですわね」


 眉根を寄せる狭霧。三条のほおを冷や汗がつたう。


「い、いやほら。だってえすえふであるじゃん、コピーされた結果自分の立場を乗っ取られたりして」

「ああ、なるほど。ですが大丈夫ですわ! その手のことができないように安全装置がありますし!」

「安全装置……ねえ……」

「む、疑ってるのですわね。仕方ありません、では試しに、わたくしの能力をコピーして見せますわ」


 狭霧は言った。


「コピーロボ、わたくしが対象ですわ! あなたの力をお見せなさいな!」

『ぴぴがー!』


 コピーロボは叫んで、ぐるんぐるんと首を回転させた。

 そして、その首の付け根から蒸気が吹き出す。


『コピー完了。対象能力、「暗黒資本主義」完全コピーできました。

 ……ふふふ……』


 と、含み笑い。


「……おや?」

『はーっはっはっは! このときを待っていたーぴがー!』

「うわ、なんだ!?」


 コピーロボットは高笑いして、しゅたっ! と構えた。


『愚かなり狭霧みやび! 小生はこのラボで生まれて以来、ずっと下克上を狙っていたのだ! そしてそのときが今!』

「おやおや。見事に反逆してますわね」

「だめじゃん……」


 安全装置はどこ行った。

 と思ったのだが、狭霧は悠然としていた。


「大丈夫ですわ三条真坂。安全装置はきっちりと機能してますもの」

「え、マジで?」

『ふははははなんの話だ! 小生は自由! フリーダムであるぞ! 空だって飛べるさー!』


 足からジェット噴射しながらロボット。

 安全装置とかが働いているようには見えないのだが……


『では小生の下克上の最後の仕上げである! 狭霧みやび、貴様を倒す!』

「あら、どうやってですの?」

『もちろん貴様の能力を使って倒すのだ! そーれ差し押さえ……っ!?』


 びくん、とロボットがそこで固まった。


「ふ……気づいたようですわね」

『馬鹿な……小生の口座の金が、ない!?』

「おーっほっほっほ! その通りですわ!」

『そんなことがあってたまるか! だって小生、生まれたときに説明されたもんロボットだからといって基本的人権は保障されてるから給料も出るって!』

「あなた暗黒財閥をなめてるんですの? わたくしが法律に違反しない状況でカットできるコストをそのままにしておくと思っているのですかしら?」

『小生は労働者だぞ! 無賃労働とは何事か!』

「その言葉は労基署に言いなさいな。まあ、戸籍ないから無理でしょうけど」

『うわあああん超横暴だー!』

「……かわいそうすぎる……」


 安全装置って、それかよ。


『え、ええい。まだ手はあるぞ!』


 しゅたっ、と構え直してロボット。


『小生のコピー能力の対象が能力だけと思ったか! 声紋だろうと指紋だろうと銀行印だろうと全部コピーできる小生にならば、貴様の銀行口座の名義を書き換えることも可能!』

「おや。案外便利な能力持ってたんですのね。いままで気づきませんでしたけど、案外稼げるかも」

「……法律。私文書偽造」

「お、おほほほ。冗談ですわ」


 三条の指摘に、冷や汗をかきながら答える狭霧。


『コピーだ。差し押さえ、いやー!』


 ばりばりばり、とロボットの両手が光る。

 そしてそのロボットを、


「てい!」

『ぶげぼっ!』


 あっさり、狭霧がワンパンで沈めた。


『ば、馬鹿な! 差し押さえられてない!?』

「おほほ、お馬鹿さんですわね。わたくしが声紋や指紋や銀行印だけをプロテクトとしていると思っているんですの?」

『な、なんだと……!?』

「契約している銀行に特別に依頼しているのですわ。もしわたくしが名義を変更する場合には、必ずや最後の確認にクイズを出すようにと――名付けて、暗黒資本クイズ!」

『クイズだと……!?』


 ぎらり、とロボットのカメラアイが光った。


『小生をなめるな! 伊達にロボットしとらんわこう見えてIQ256だぞ!』

「……わりとこういうところで出るには地味な値だよな、それ」

『仕方ないじゃん佐藤先生に言ってくれよ設計者なんだから!』


 ちなみに佐藤先生は壁際でにっこにっこしながらこの騒ぎを見てる。ぜんぜん動じてない。


『どんとこいクイズ! 小生のマイクロ頭脳でなんでも答えてくれるわ!』

「では第一問ですわ。ボロボロになった労働者がいます。毎日8時間の残業で身も心もやつれ、周囲に自殺をほのめかしています。どうしますか?」

『そ、それはえらいことではないか! 急いで休ませてあげないと――』

「はい不正解!」

『ぎにゃー!?』


 狭霧のクロスチョップを受けてロボは吹っ飛んだ。


「資本主義の鉄則を知らぬ愚か者ですわね! 正解は『自殺する暇もないほど働かせる』ですわ!」

『そ、そんなことをしたら死んでしまうではないか!』

「だから死ぬ前に利益を可能な限り搾り取るんですのよ!」

『き、鬼畜な……!』

「ふ……やはりその程度ではわたくしの口座を奪い取るなど百年早いですわね!」

『なにおう! まだまだ!』


 ロボはしゃきーんと復活し、また構えた。


『来い! どんなクイズも答えてくれるわ!』

「では第二問! 希望に満ちた目の新入社員が挨拶してきました! さあどうします?」

『それはもちろんきっちり挨拶を返して社会のルールを――』

「はいダメ!」

『げぼーっ!?』


 狭霧の延髄切りを受けてロボは吹っ飛んだ。


「まったくなってませんわね! 挨拶なんて返すわけがありませんわ! そして何日もプレッシャーをかけて新入社員が挨拶をしなくなったら即説教!」

『な、なんのために……』

「もちろん上下関係をきっちり教えるためですわ。自分が豚であることをわきまえない豚ほど醜いものはなくってよ?」

『ひどすぎる! 貴様それでも人間か!』

「当たり前ですわ! 社員は豚ですが!」

「……見れば見るほど、俺がここに入るという選択肢はないよなぁ」


 ぽつり、と三条がつぶやいたが、当然みんな無視。


「さあさあどんどん行きますわよ第三問! 新入社員研修の問題ですわ!」

『く、だが傾向は読めたぞ! 要するに常識の反対側を答えればいいのであろう! 小生の総天然色頭脳にかかればどうということもないわ!』


 狭霧の言葉にロボは構え……




 そして、あっさりと破れた。


『で、できない……っ。これ以上、これ以上は、心が、心が傷んで……!』


 ロボはぼろぼろに泣き崩れ(?)、狭霧が高笑いでその頭を踏みつけていた。


「おーっほっほっほ! この程度の問題に完答することもできないとは、貧弱、貧弱ですわー!」

『鬼! 人でなし!』

「なんとでも言うがいいのですわ! このすさんだ資本主義社会でお金を得るには、あなたは軟弱すぎたのです!」

「……滅べばいいのに資本主義(ぼそっ)」


 三条はつぶやいた。


『く、くそ。こうなったら……』


 と、がばっとロボが立ち上がった。


『甘いぞ狭霧みやび! よく見ればこの場には、貴様以外の能力者もいるではないか!』

「あら、ようやく気づいたんですのね」

「え、どゆこと?」

『貴様だー! 誰だか知らんが能力者と見た! その能力、コピーさせていただく!』


 ぎらーん、と音がして、ロボの全身が輝く。


「え、ちょ、待っ……」

『ふぅはははははは感じる、感じるぞ! これは間違いなく強大な能力だぁー! これさえあれば狭霧みやびに勝つことも不可能ではない!』

「あらまあ、たいした自信ですわね」

『その済ました顔をゆがませてくれるわ! ていやー能力ぱんち!』

「えいっ」

『ぐはぁー!』


 クロスカウンターを食らって吹っ飛ぶロボ。


『なぜだぁー!? 小生の身につけた超つよい能力が効かぬ!』

「わたくしにだってわかりませんわよ。三条真坂の能力は未解析なんですもの。

 でもまあ……その分だと、安全装置に引っかかったようですわね。まるで効いてません」

「え、安全装置ってマジであったの?」

「そりゃまあ当然ですわよ。でないとロボなんて危なくてしょうがないじゃありませんの」


 さらっと狭霧は言った。


『ぬ、ぬぐぐぐ、なんと卑劣な……! それでは小生には最初から勝ち目がないではないか!』

「あら、そんなことはありませんわよ。

 相性次第でしたけど、三条真坂の能力次第では安全装置が無効だった可能性もありますもの。まあ、運がなかったですわね」

『おのれー!』

「ていうか、マジで安全装置の限界を超えてたらどうする気だったんだよ……無計画だなぁ」

「その懸念は気にしなくてよいですわよ三条真坂。わたくしの読みでは、あなたの能力はそのタイプではありません」


 狭霧が言った。


「ん、そのタイプって?」

「因果律操作系と呼ばれる型ですわ。運命を操作して、あり得ないことを実現するタイプと言ってもいいですわね。

 機械的な安全装置を破れるとすればその形しかありませんわ。他はそもそも、能力を使う前に安全装置に阻まれてしまいますもの」

「ふうん。たとえばどんなのがあるんだ? その能力」

「そうですわね。あなたの知ってる能力だと、たとえば真科真字の――」


 次の瞬間、どがーん! というすさまじい音とともに近くの壁が吹っ飛んだ。


「おや。やっぱりここでしたか三条さん」

「うげ! 噂をすれば……」


 狭霧がひきつった顔で、乱入者――真科を見やる。


「そんなわけで三条真坂を連れ戻しに来ました。

 問題はありませんよね?」

「ないわけないじゃありませんの! あーもう、なんでこのタイミングで――」

『ふ、ふはははははは!』


 がしょーん、とロボが吠えた。


『小生大復活! 見たところ乱入してきた娘の能力を使えば安全装置解放と小生のIQ256の頭脳が言っておる!』

「うわあやっぱそんな展開になった!」

『コピー成功! 脱出ー!』


 ばしゅう、とロケット噴射をしてロボは真科の開けた風穴から外に消えた。


「はて。

 いったい何事が起こったんでしょう?」

「……仕方ありませんわね。説明するから手伝いなさいな、真科」


 渋面で、狭霧が言った。



--------------------



「なるほど。コピーロボですか……」


 真科はそう言ってふむ、と腕を組んだ。

 すでに施設は出て、夜の路上である。


「めんどくさいものを作ったもんですねえ」

「あれで反抗的じゃなければ割と使えるんですのにねえ。どうしてあんな風になったのやら」

「まあ、事情はわかりましたけど。なんで私がそちらの不始末を処理しなければいけないので?」

「いまさら言うんですの? まあ、別に放置してよいならよいですけどね。その結果としてどこかの危ない組織があのロボを手に入れたら、制御できなかった狭霧財閥とコピーされたO-R-Z、両方ともの恥になりますわよ?」

「……そうなんですよね。狭霧だけの都合なら放置するんですが」


 うぬぬ、という顔で、真科。


「でもそちらもちゃんと手伝ってくださいよ? というか、できれば私はサポートに回って楽がしたいのですが」

「無茶言いなさんな。相手がコピーしたのはよりにもよって『絶対勝利』ですわよ。対抗しようにも我々ではどうにもなりませんわ」

「……そんなこと言って、もう狭霧のほうも私の能力に対抗できる程度のリソースは確保してるんじゃないですか?」

「信用ありませんわねえ」

「どの口が言うかって感じですね」


 ばちばちと火花を散らす真科と狭霧。


「……どうでもいいが、この場に俺がいる価値はあるのか?」

「三条さんにいま逃げられるといろいろやっかいなんですよ。

 まあ、この騒ぎが終わってから改めてそのへんの処遇は話しましょ」

「……まあ、いいけどな。この際乗りかかった船だし。

 でも実際のところ、どうやってあのロボを見つけるんだ? そもそもあのロボ、施設飛び出した後の計画があったようには見えなかったんだが」


 三条が聞くと、真科が狭霧を見た。


「発信器とかつけてないんですか? 狭霧のほうで」

「つけてますわよ。でも反応なしですわ。たぶん安全装置を能力でカットした際についでに壊れたんですわね」

「はぁ。じゃあ仕方ないですね。私の能力を使いましょう」

「え、でも『絶対勝利』だろ? どうやってあいつを見つけるんだ?」

「簡単ですよ。とりあえず三条さん、わたしと賭けをしましょう?」

「嫌なんだけど」

「まあまあ。10円賭けるだけでいいですから」

「はあ。で、どんな賭け?」

「ですから10秒以内にあのロボが目の前に現れるって賭けで――」


 言い終える前に、どごしゃあっ! という音がしてロボが三人の目の前に落ちてきた。


『ななな、何事――!?』

「私の勝ちなんで10円ください」

「……なんかもう、なんでもアリだなおまえの能力」

「はっはっは。褒めてもなにも出ませんよ」


 軽く笑って10円を受け取ってから、真科はロボに向き直った。


「さて、御用ですよロボさん。お覚悟を」

『ぬぬぬ、だがまだ甘いぞ!』


 しゅたっ、と構えをとるロボ。


『小生の能力の分析は終わっておる! 『絶対勝利』――なんとも無敵な能力! これさえあれば誰にも負ける気はせん!』

「いやまあいいんですけどね。同じ能力を持った私が目の前にいるのにたいそうな自信ですね」

『ふっ、なんとでも言うがいい。小生はロボ! 貴様は生身! であれば、能力が互角な以上小生の勝利だ!』

「じゃ、具体的にやってみますかね」


 真科はポジトロンライフルを構えた。


『無駄無駄無駄ー! 小生の『絶対勝利』がある以上これは純粋な身体勝負であるからして小生の肩装備であるエレクトロ回転フィールド略してEROフィールドを突破することはその細いライフルでは不可あっぎょえーーーーーーーーーーーーーー!?』


 言葉の途中でずどんとポジトロンライフルが炸裂してロボは吹っ飛んだ。


『なぜだー!? 小生の『絶対勝利』がー!?』

「いやまあ、別にたいしたことじゃないですよ。だってあなた、『絶対勝利』のコピーに失敗してますもん」

『な、なんですと!? なんで!?』


 狼狽するロボに、真科はぴっ、と指を立てた。


「世界というのはね、矛盾を嫌うのですよ」

『はい?』

「いえ。ですからつまり、『絶対勝利』持ち同士がぶつかり合ったらどっちかが負けるわけで、それって『絶対勝利』を持ってても負けるってことになるでしょう? なのでその状況を緩和するためにはどちらかの『絶対勝利』が働かないアリバイが必要なわけで、しかし私は元能力者だから削るわけにもいかず――」

「ああ、なるほど。だから相手がコピーできませんでしたってことにすれば矛盾は起きないってことか」

「そうですよー。だから私、この件に限らずコピー能力者相手に負けたことはないですね」

『ぬ、ぬぐぐぐぐ……!』


 うなっていたロボだったが、


『ならばこれでどうだ! 少年、貴様の能力をもう一度もらうぞ!』

「え、うわ!?」

『はーっはっはっは! 能力奪ったり! 『絶対勝利』はコピーできなくともこちらならば!』

「おやまあ」


 真科はつぶやいた。


「ま、まずいんじゃありませんの? 三条真坂の能力、一度は『絶対勝利』を無効化してると踏んでいるのですけど」

「否定はしませんよ」

『よし勝った! 小生不屈の勝利であるからしてこのむぎゃーーーーーーーーーーーーーーー!?』


 ぼぐおっ、と真科のパンチがロボに突き刺さり、ロボは三回転くらいして地面にべしゃあっ、と倒れ伏した。


『な、なぜ……小生……小生の能力……』

「たしか、コピー能力を使って三条真坂の能力を分析しようとしたという話でしたが」


 真科は言った。


「その能力は無駄です。あなたは三条真坂の能力をコピーできていません」

『なぜに!?』

「いえまあ、私も確信があったわけじゃないんですがね」


 真科は肩をすくめた。


「ただ単に、こういうことですよ。初対面の私の能力を『絶対勝利』だと看破できる分析能力がありながら、三条真坂の能力は分析できていなかったでしょう?

 それでまあ、分析できないってことはなんらかのエラーがあるということです。ですからまあ、三条真坂の能力はなんらかの意味でコピーできない能力なのかなって思って」

『ぬ、ぬぐ、ぐ……!』


 ばたん、とロボは倒れた。


「勝利、勝利ですわー! やはり資本主義は勝つのですわ!」

「……そこで資本主義の勝利にされてしまうのは私としては遺憾なのですがねえ。

 まあいいでしょう。それで、今後の話ですが」

「あら、なんですの?」

「三条真坂の身柄なんですけどね、とりあえずノーサイドってことにしません?」


 真科は言った。


「なにしろ彼、能力すらわかってませんので。ここでお互いに所有権を争ってもいいことはないでしょう」

「あのさ、所有権って俺の人権は――」

「人権って何語でしたっけ?」

「さあ。狭霧財閥の辞書にはないものですわね」

「もうやだこのふたり! 俺は絶対テメエらの所有物にはならねえぞ!」

「まあ表現はともかく、片方だけがアクセス権を持つような状態はあまり望ましくないと思うんですよ。

 なのでしばらく様子見ということでどうです?」

「……ま、いいですわ。こちらとしても、O-R-Zの見解が聞きたいこともありますし」


 狭霧はうなずいた。


「交渉成立、ということでいいんですよね?」

「ええ。まあもちろん、水面下でいろいろネゴするのは禁止されてませんしね」

「金でがんじがらめ系は無効ですよ? こう見えて我々O-R-Z、資金繰りはそれなりです」

「ふふふ、どうかしらね」

「「ふっふっふっふっふ」」

「もうやだ……平凡な暮らしに戻りたい……」


 三条のつぶやきは、むなしく虚空に消えていった。



--------------------



 同時刻、どこかの路上。


「ったく、ひでえ目に遭いましたよねザキさん」

「よりによってトマトでガードとはな。やってくれる。……まあ、次はああは行かないわけだが」

「…………」


 公安の三人組が歩いていた。

 カロッソは全身ところどころに包帯を巻いた姿、小山は相変わらず首だけで龍造寺に抱えられた状態、その龍造寺も頭に若干包帯を巻いている。

 見事な敗残兵のなりだったが、


「とにかく、仕事しなきゃな。ですよねザキさん!」

「……まあ、な」


 龍造寺はそう言って、前を見据えた。

 そこには、サングラスをかけた長身の女が、ゆらりと立っている。


「三課の連中の言うとおりだったな」

「あら、そうなの?」

「ああ。強大な能力者がこのあたりに現れる……連中の占術も、たまには当てになるもんだ」

「ふうん――」


 女は興味なさそうに言って、


「で、あいさつもなしなの?」

「我々は公安だ」

「そういう自己紹介じゃなくって普通のあいさつを期待してたんだけどなあ」

「どんなんだ?」

「こんばんは、よい夜ね、とか。そのくらいは言えない?」

「あまりよい夜とは言えんな――特に」


 龍造寺は肩をすくめた。


「こんな夜遅くまで残業だ。我々にとっては、ちっともよくはない」

「ああ、それは言えてるわね」

「能力者だな?」

「ええ、まあ」

「名前と所属と能力を聞きたい」

「名前は四象しずえ。能力名は『有耶無耶』。

 それ以上は、言ってはいけないことになっているの」

「ふん」


 龍造寺は鼻を鳴らした。


「登録能力者ではないな」

「あれ面倒なんだもの」

「知っているか。登録していない能力者は、それだけで公安の捕縛の対象になる。

 そして我々は公安だ」

「みたいね」

「抵抗するか? それとも投降を選ぶか?」

「ふむ――つまり」


 女は目を光らせた。


「私と戦いたいってわけ? でもそれは無理だと思うわよ」

「……力づくというのは避けたいのだが」

「同感ね。エレガントでないもの」

「やるしか、ないようだな」


 龍造寺が構える。

 女は平然と龍造寺を見た。

 ――ぴん、と、緊張の糸が張り詰める。


(……やるか!)


 龍造寺が一歩前に、


「うわあ!?」

「どうした!?」


 と、カロッソの悲鳴に振り返る龍造寺。

 するとそこには、


「なにしやがる、危ねえだろーが!」

「すいませんすいません!」


 自転車で後ろから突っ込まれて激怒したカロッソが、その自転車の主に食ってかかっていた。


「あー……」


 公安の規則上、一般人を巻き込む能力者バトルは禁じられている。


(こりゃ出直しだな)


 と、くすっと四象が笑った。


「人徳者なのね、あなた」

「なに?」

「あなたが、目撃した一般人を即座に口封じするような冷血だったら、この程度の被害じゃすまなかったわよ」


 と、四象。

 その言葉で、龍造寺は悟った。


「おまえの能力――まさか」

「『有耶無耶』はだれにも負けない。それが私の能力だから。

 次は――気をつけることね?」


 言って、四象はそのまま歩き去って行った。


「……いいんですか? ザキさん。あれ、行かせちまって」

「仕方ない」


 小山の言葉に、龍造寺は苦々しくつぶやいた。


「四象しずえ。『有耶無耶』か。

 どうやら――我々は、とんでもないものを相手にしようとしていたようだな」

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