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第二話:三条くんと能力大戦

 ぴょーん、と、ビルからビルへ渡り移る影ひとつ。



「おのれ三条真坂め、このグルルゲール伯爵が遅れを取るとは……」


 ぶつぶつ言いながら飛び回るのは、ステッキ神拳の使い手、グルルゲール伯爵。

 ちなみにその脇にはしっかりと真科に負けて気絶した弟のクルルゲール男爵を抱えているが、それは本編の戦闘となにも関係がない。


「恐るべき能力者だ! やはりここは我が連合の秘密兵器、カクばくだんの使用を申請するべきでは――

 む、なにやつ!?」


 グルルゲールが振り向くと、そこには。


「よお。いい夜だな」


 男がいた。

 ジーンズにジャケット姿の、どことなくチャラい感じのお兄さんである。ジーンズのポケットからは一昔前のケータイのストラップみたいな、なにやらじゃらじゃらとしたアクセサリがたくさんはみ出して見える。

 が、ドクロフェイスのグルルゲールを前にして平然としている時点で一般人とは思えないし。


(なにより。改造人間の脚力に平然とついてきたこの男が、無能力とは到底思えんな!)

「――吾輩の脳内辞書には登録されておらんな。もしや登録しておらんクチか?」

「その手の制度はどーも苦手でね。

 自己紹介が必要ならするぜ?」

「否。その必要はない!」


 グルルゲールはばっ、と手を広げた。


「こんなこともあろうかと吾輩、脳内に通信設備完備である! というわけで能力者専用掲示板システム『アカシックちゃんねる』のスレッドにて、人力検索開始ー!」

「……人力検索って、それつまり質問丸投げってことだよな。匿名掲示板じゃ嫌われるんだぜ? そういうの」

「はーっはっはっは! 嫌われようと答えがわかればそれでいいのである! そーれ鬼畜のマルチポスト投下ー!」


 呵々大笑してグルルゲールは掲示板カキコを続ける。

 やがて、


「……ふ。なるほど。郡山義男だな貴様!」

「違うって」

「そ、そうか。えーと違うみたいです……と」

「ヒントが足りないんじゃね? ボコーダ機能が搭載されてるなら俺の声を録ってうぷろだに貼り付けてみるとか」

「もうやっとるわいそんなん! と、えーと……仲町(なかまち)()(ざく)! 仲町朱雀だな貴様!」

「おー。当たりだ。やるなおっさん」

「はーっはっはっは! それほどでもない!」


 胸を張るグルルゲール伯爵。


「そして固有名詞さえわかれば後はこっちのもの! ブラウザにいつのまにかインストールされていた中華製ツールバーで検索すれば……これだな! 暁のS.O.T団所属の仲町朱雀、その能力は『重ね合わせ』也!」

「……どうでもいいがそのツールバー、マルウェア疑惑ねえか?」

「はーっはっはっは! そんな精神攻撃には動揺せんぞー!」


 冷や汗をごまかすように不自然に呵々大笑して、グルルゲールはびしっ、と指を突きつけた。


「ふ、見たところ極めて強力な多重能力者のようだな! だが吾輩の『但し書き』が多重能力に適用できぬと思ったら大間違いよ!」

「ほー。能力に干渉して無効化する系統か。おもしろそうじゃねえか」


 不敵に笑う仲町。


「じゃあやってみな。……俺の『重ね合わせ』の能力バリエーション、全部無効化できるかどうか試してみようか」

「ははは無駄無駄無駄である! 吾輩の『但し書き』は能力発動の意思に割り込んで発動するもの! タイムラグは原子時計の刻みよりも少なく、故にたかだか兆や京程度の量の能力であればそんなものぶげらーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」


 言葉の途中でちゅどーんと大爆発が起きてグルルゲールは吹っ飛ばされた。


「ほい勝った♪」

「な、なぜ……吾輩の但し書きが効かない能力でもあるというのかー!?」

「いやあ。単に量で負けただけじゃねえの? 俺も正直、俺の能力全部なんて把握できてねえし」

「量、だと……!?」


 ぎらり、とグルルゲールは眼を光らせた。


「なるほど、量か……! ならばまだ対処のしようがある!」

「へえ? マジで?」

「うむ。しからば見るがよい、多重世界同時分身の術!」

「うお、なんかかっこいい状態になった!?」


 グルルゲールの身体が、霞でもまとったかのようにぼやける。


「わははは、いまの吾輩は平行世界と連結して無限人いる状態である! この状態であれば貴様の能力すべてを平行世界に分散し、すべて受けきることも可能!」

「ふうん……」


 仲町は興味なさそうに言って、


「ところでアンタ。ヒルベルトのホテルって知ってるか?」

「ヒルトンなら知っておる! あそこのレストランには二、三回訪れたのでもはや行きつけと言ってもよいな!」

「いやまあどーでもいいんだけどよ。……じゃ、やろうか」

「わはは無駄だと言っておろうたとえ貴様の攻撃が無限に近かろうと平行世界すべての力をもって但し書きすればすべて無効化することも可能アバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」


 言葉の途中でずがーんと爆発が起きてグルルゲールは吹っ飛ばされた。


「ほい勝ったー♪」

「ば、馬鹿な……吾輩が無効化できるのは……無限……」

「同じ無限なら無効化できないんだろ?」

「ぬぬぬ……い、否! 否だ! まだ有効手はあるぞ!?」


 がばあっ、とグルルゲールは起き上がった。


「もういい加減飽きてきてるんで巻きでいかね?」

「ふははは黙るがいい! 吾輩知ってるもんね無限というのは並べ方を工夫すれば無限を吸収できるのだ! 同じ世界に無限個の能力が来たら、それを1から順番にラベリングしてひとつずつ平行世界に格納すれば耐えられる!」

「その発想がヒルベルトのホテルっつうんだけどなあ。ところであんた、カントールの対角線論法って知ってる?」

「ドイツの哲学者であるな! 確か純粋なんたらの作者であろう! 吾輩教養人だから知ってるもんね!」

「思いっきり人違いだがまあいいや。んじゃ次行くぞー」

「ははは来るがいいわ愚かな能力者め吾輩の能力を使えば無限を仕分けることなど容易中の容易というか赤子の手をひねるというかベイビーサブミッションであるからして吾輩あじゃぱーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」


 言葉の途中でごきゃあっと鈍い音がしてグルルゲールは吹っ飛ばされた。


「な、なぜ……吾輩、無限……無限を……」

「無限にも格があるんだよ。あんたの能力は並び替えを前提としている時点で可算レベル。自然数と同じ程度の大きさでしかない。

 俺の能力――仮にも『重ね合わせ』っつってる能力なんだ。最低限、実数と同じくらいの大きさ、つまるところ非可算無限はないと詐欺ってもんだろ」

「吾輩の……能力では……無効化、できない……」

「そーゆーわけ。じゃあな」


 ごしゃあっ! という音と共にグルルゲールの身体が宙を飛び、地面に落ちる。

 そして、完全に沈黙した。

 男はポケットからタバコとライターを取り出し、タバコをくわえて火をつけた。

 ぷはー、と一息。


「さて、と……さっきの戦闘、遠巻きから見るになんか公安の全能やらO-R-Zの最終兵器やら狭霧の跡取りやら、やばいのが勢揃いしてたように見えたが……情報収集をしないといけないわけだが……」


 ふと、彼の言葉が止まる。


「……よく考えたらよ。

 情報収集のためにこいつについてきてたのに、ぶっ飛ばしちまったら情報収集できなくね?」



--------------------



 次の日。


「で、怪我の調子は大丈夫なのか?」


 しゃりしゃり、とリンゴの皮を剥く。


「まあなんとか。あばらにひびが入ってましたけどねえ」

「対人地雷で吹っ飛ばされてその程度で済んだのか。すげえなおまえ」

「まあ日頃の行いのおかげですねえ。私としては、対人地雷埋まってる部屋に住んでいていままで生きてきたあなたに驚愕を禁じ得ませんが」

「俺だってびっくりだったよ。なんなんだあれ」

「腐っても怪人ですからねえ。家主に気づかれずに手下を使ってアパートの一室に対人地雷を仕込むくらいのことはやってのけられるということなのかも知れません」

「怪人っつうけどあいつ、めっちゃ弱かったぞ?」

「その辺は今後の検証次第ですねえ。なにしろ能力無効化系ですからね。身体強化はきっちりやっておかないと能力なしの銃撃とかにどうにもできないんで、そんな弱かったとは思えないんですけどね」

「そうなのかー。俺そのへんぜんぜんわからないからなあ。能力と……か……?」


 しゃり……ぴた。

 手が止まる。


「おや。どうしたので?」

「なあ、ひとつ聞いていい?」

「はあ。どうぞ」

「俺、なんでおまえを看病してるみたいになってるの?」


 三条に言われた真科は、ぱちくり、と目をしばたたかせ、


「そういえば不思議ですねえ。まあでも人生長いんだしそういうこともあるってことで――」

「納得行くか馬鹿たれ! なんだこのシチュ!」

「うるさいですねえ。病院内ではお静かにって張り紙が見えないんですか」

「あー思い出してきた! 俺は部屋どうすんだコラってクレームつけにきたんだ。こんなかいがいしくリンゴの皮剥いてる場合じゃねえ!」

「あ、皮はきれいに剥いてくださいね。私、これでも繊細なんで」

「色変わる前に食えよ。

 ……じゃねえ! だからそういう話ではなく!」

「なんですかもう。そんな大声出しておけばたくさん補償が受けられてうっはうはみたいな邪念を抱かなくても我が組織はちゃんとアフターケアくらいしますよ」

「おまえさりげにひどいこと言うな……まあいい。アフターケアって?」

「ちゃんと各種マスコミに根回しをして昨日の事件はなかったことに」

「俺に対してのアフターケアじゃねえよそれ!?」

「はっはっは。実は急に方針が変わったせいで予算がないのです。というわけで予算執行まで一月ほど個室ビデオショップあたりで暮らしていただければと」

「嫌だよ! つうかそのための金もねえし預金通帳も吹っ飛んだよ!」

「なんと。仕方ないですね。では段ボールハウスで」

「おまえいい加減にしないとマジ泣かすよ!?」

「しょうがないですねえ。じゃあこれどうぞ」

 言って真科が差し出したのは、預金通帳とキャッシュカード。

「……これなに?」

「私のへそくりです。とりあえず1000万ほど突っ込んでるので適当になんとかしてください。暗証番号は0489、是非とも「じばく」と覚えていただければ」

「…………」

「いらないんですか?」

「いります、受け取ります。受け取らせてください」


 ガクブルしながら土下座せんばかりの勢いで受け取る三条。


(金って……あるところにはあるんだなあ)

「なにやら小市民な思考の気配がしますが、とにかくしばらくはそれで我慢してくださいよ。そのうち、うちの資金で住居もちゃんと用意しますので」

「そ、そうなのか? それは悪いな」

「はっはっは。まあ金でがんじがらめにしてしまうのが相手を支配するいちばん手っ取り早い方法ですからねえ」

「いきなりこのキャッシュカード捨てたくなってきた! なんなんだよもう!」

「まあまあ。それ自体にはなんにも仕掛けがあるわけでもないですよ。なんなら全額引き出して別の口座に入れ直していただいても結構ですし」

「そ、そう? それなら――」

「そういうわけでさっさといままでとワンランク違った生活を体験して後戻りできなくなってください。後は私が持ってくる契約書を内容見ずにサインするだけでいいので」

「絶対嫌だ! 俺は断じて堕落しねえぞ!」


 油断も隙もあったものではない。

 真科は、ふぁ、と軽くあくびをして、


「少し体力的に限界なんで、寝かせていただきますね」

「あ、うん」


 それきり、真科は沈黙した。


(……まあ、あばらやっちまってるしな。寝た方がいいだろ)


 いちおう金銭面でも世話になったし、若干ながら彼女に同情的になっている三条である。


(いやいやいやおかしいだろ俺。これはあくまで正当な補償であって――でも、うちの部屋の家財道具と敷金礼金を合わせてもこの金額にはならんよなぁ)


 丸儲け感がすごい。

 まあ、後は真科の言う罠に引っかからなければよいだけの話である。


(帰るか……)


 思った三条だったが、ふと。

 寝静まった真科の姿を見て、立ち止まる。


(考えてみれば、こいつも有名な能力者で、敵も多いんだよな)


 まあ、べつに三条が気にすることでもないのだが。


(この場を襲われたりしたら危ないんじゃないかな。いくら絶対勝利ったって、寝ている状況じゃ効果ないだろうし――)


 なんてことを考えていると。



 いきなりその横の壁が大爆発を起こし、がれきの山に三条の身体は消えた。



「よーうし、目測どおり潜入成功。

 真科真字ってのはどこだろうな?」


 ひょうひょうと入ってきた男は、そう言ってあたりを見回した。


「なんだよ煙だらけでよく見えやしねえ。温泉か。湯けむりでサービス回か。

 そういうところO-R-Zはわかってねえな。せめてDVD版ではこの煙を削除――」

「って殺す気かー!」


 三条ががばっと跳ね起きた。


「たんこぶできちゃったぞコラ! 昨日と言い今日と言いなんなんだホントにもう!」

「おー。第一村人発見」


 ぱちぱちぱちとやる気なく拍手する男。


「つうかなんでこんなところから入ってくるんだよ正門から入って来いよもう!」

「いや無理無理。そりゃ無理だって。おまえ恐ろしいこと言うねえ。あのO-R-Z関係の敷地に正門から入ったりしたら、衛星からの荷電粒子砲で火だるまだぜ」

「…………。

 ここ、そこまで物騒な施設だったん?」

「そりゃあまあ。つうかおまえさんこそ、見た目O-R-Zの関係者にも見えねえがどうやって入ったんだ? はっ、まさか地下通路か!」

「いや、普通に正門からだけど……」


 三条はちらっと真科を見る。

 真科はきょとんとした顔で、


「おや。なんですかあなたは。まるで命の恩人を見るような目で」

「そんな目してねえ。つうか、やっぱなにか仕掛けてやがったのか!」

「なにを言ってるのかさっぱりわかりません。ええ、うっかり上に話を通すの忘れていて危うく荷電粒子砲が発射秒読みシークエンスまで行ってたとかそういう事実は闇に葬りましたとも」

「命の恩人どころかきっぱり加害者じゃねえかよちくしょう!」


 はっはっはと笑う真科に絶叫する三条。

 乱入者の男はおや、と真科の方を見て、


「なんだ第二村人もいたのか。つうかおまえか? 真科真字ってのは」

「いえ。私は斎藤と申しますが」

「やっぱそうか。ちょいとおまえさんに用があってな」


 言葉の内容をきっぱり無視して男は言った。


「俺は暁のS.O.T団の仲町朱雀。アンタと違ってそこまで有名じゃないからアレだが、いちおうよろしくな」

「知ってますよーもちろん。ここんとこ派手に活躍してるみたいじゃないですかーわーすごいですーぱちぱち」

「棒読みで褒めてくれてありがとよ。

 んでまあ、ちょいと昨日変な騒ぎがあったんでな。うちでもちょっと調べてみようとした結果、アンタが関わってるって聞いてな。事情を聞きに来たんだよ」

「速攻でお引き取りください」

「是が非でも聞きたいねえ」

「私がそれを軽々にしゃべるとでもお思いで?」

「なに、軽い事態じゃなくなればいいんだろ?」

「おい、そいつはけが人――」

「あ、手が滑った!」


 言葉と共に爆発が起きて三条の身体が爆炎に消えた。


「っと。うっかり能力が暴発してしまったがまあ被害者もいなくてよかったぜ。

 さて、じゃあもう一度聞くぞ――昨日、なにが、あった?」


 真剣な目で言う。

 これ以上引き延ばせば殺す、という目であったがしかし、真科は心底どうでもよさそうに


「面倒なひとですねえ、もう」


 と言って、つい、と指差した。


「ほれ、そんなに言うなら昨日の追体験したらいいじゃないですか。もう始まってますよ?」

「……なに? と、うお!?」


 ぶん、と三条の拳を仲町はかろうじてかわした。


「ったく、昨日といい今日といい、能力者ってのはなんでこうも血の気が多いんだ?」

「そうするのが手っ取り早いからじゃね?

 ……無効化系能力者か。てっきり通りすがりの第一村人かと思って油断したぜ」

「あー、やっぱそういう判断になるわけね」

「違うのか?」

「いや、わっかんねえけどよ」


 三条は拳を固めて、


「殴られて殴り返さないタイプでもないんでね。

 ちと痛い目見てもらわねえと、な!」

「ふっ!」


 仲町は三条のパンチをかわすと、分身しながら病室から高速で廊下に移動。


「来な、第一村人! お望み通り相手にしてやるぜ!」

「あー行ってやんよ! テメエ絶対泣かす!」


 叫んで部屋を出て行く三条。

 一人残された真科は、


「いやあ、男の子ですねえ。……さてと」


 と、おもむろに非常回線を作動。


『こちら守衛室ですが』

「状況は把握してます?」

『能力者の襲撃であれば。増援は必要ですか?』

「まあ、別に必要はないですが、派手に暴れられる可能性を踏まえて倒壊注意だけは出したほうがいいですね」

『そうですか』

「そちらの異常は?」

『接近中の能力者の感知情報が一件』

「衛星写真の情報出せます?」

『しばしお待ちを』


 言って、しばらくして映像が真科のベッドにあるスクリーンに浮かぶ。

 豆粒のような大きさの人物が写っていたが、真科はすう、と目を細めた。


「また、ですか」

『お知り合いで?』

「ええ。まあ。

 彼女なら放置でいいでしょう。下手に手を出すと金銭的損害が増すので」

『了解しました。では、そのように』


 言って、ぶつっと通信が切れる。


「……さて。

 こちらはどのタイミングで出ましょうかね?」


 一人残された部屋で、真科はつぶやいた。



--------------------



「おらおらおらぁ! どーした第一村人もう弾切れかぁ!?」

「うっせー! ちょっとテメエちょこまかせずにぶん殴らせろやコラァ!」


 挑発しながら逃げる仲町に、追う三条。

 しかし仲町は笑いながらも、


(ちっ。致命的な能力だけきれいに無力化されてやがるな。……どのタイプだ?)


 などと吟味を続けている。

 三条は幻影の仲町を拳で砕いて、


「ちっくしょう、さっきから数ばっか……!」

「おら休んでるな次行くぞー!」

「うおおおおお!?」


 どっ、と殺到する攻撃をかわしたり弾いたり。


(やっぱりそうだ。必殺の攻撃技だけ発動しないようになってやがる。判定するタイプでもなさそうだし、因果律操作系か?)

「よし……」


 仲町は腕をぶん、と振り上げた。

 そこに、いままでとは明らかに異質なパワーが集中する。


「ちょいと様子見だ。全力で爆裂させてやるから食らえ、小僧」

「ちょ、待て! おまえこの病院の患者みんな巻き込むぞそれ……っ!」

「なあに、どーせ一般人なんていねーよ。ここはそういう場所だ」


 仲町は言って、手を大きく振り上げた。


(……! 来る!)


 三条が身構えた、そのとき。


「おーっほっほっほ! 見つけましたわよ三条真さ――」

「あ、手が滑った!」


 仲町の言葉と共に爆発が起きて煙の中に乱入者の姿が消えた。

 と思ったら、


「ちょっと! 台詞ぐらい言わせなさいよ!」

「おー、生きてた。拍手」


 無傷で出てきた女に、仲町はやる気なく手をたたいた。

 一方で三条の方は、げっ、という顔になった。


「って誰かと思ったら、昨日のブラック女じゃねえか!」

「ふ……暗黒と呼んでもらいたいものね」

「呼び方変えても内容変わってねえよ! ていうかマジでなにしに来たの?」

「もちろん昨日の続きですわ! 今日はちゃんと契約書も持ってきたんですのよ三条真坂! 印鑑も作ってあるのであとは押すだけ――」

「なんでそんなん作ってるんだよ気味悪いわ!」

「ヘイ、ヘイ」


 ちっちっちっ、と指を振って、仲町。


「いかんなあ、狭霧の跡取り。いまこの第一村人は俺がスカウト中なんだ。日本人なら順番待ちはきっちりしてもらわねえと」

「スカウトされた記憶ねえよ! なんだその後付け設定!」

「おーっほっほっほ! それを言うならあなたこそ、横入りは厳禁ですわよ! この三条真坂は昨日、わたくしが先にスカウトを始めたのですから!」

「ふ……引く気は、ねえようだな」


 すう、と仲町の目が細くなった。


「うふふふ、別に正式な能力対決でもいいのですけれど……あなた、見たところまっとうな勝負ってタイプではないようですわね?」

「まあな。堅苦しいのは嫌いだ」

「データは揃っておりますのよ。すでに本社の奴れ……いえ、SEたちの分析から、あなたの正体は割れていますわ」

「奴隷! いま奴隷って言ったこの女!」


 三条の突っ込みはさらりと無視して、狭霧は続けた。


「仲町朱雀。暁のS.O.T団所属。能力は「重ね合わせ」と呼ばれる、無限の多重能力者。……おほほほ、たしかに自信の元になるだけの高精度能力ですわね」

「やっぱ狭霧はえげつねえなあ。そんなことまで労働者に情報収集させるのかよ」


 あーいやだいやだ、と仲町は首を振ったが、直後ににやりと笑い、


「が、無限の多重能力者だってのがわかってれば話は早いね。

 ぶっちゃけ、あんたと俺は相性最悪じゃねえの?」

「あらあら、どうしてですの?」

「だってよー、聞いたところじゃ狭霧の跡取りの能力は、相手の能力を買いたたく技だって聞いたぜ?

 でもさ、無限個の能力をどうやって買いたたくんだ?」


 仲町は言った。


「なにしろ金額には最低単位――つまり、一円ってのがある。まあ銭でも文でもいいんだが、とにかくある。

 だからそれより安値ではそもそも「買いたたく」ことができない。ところが、一文だろうがなんだろうが、無限回経由したら無限だ。俺の能力を買いたたくよりも、そちらの破産のほうが早い」

「あーら、なにかと思えば、イプシロンデルタの初歩を知らぬお馬鹿さんですわね!」


 小馬鹿にしたように、狭霧。


「知ってますわよわたくし! あなたの能力がその実、無限のバリエーションでしかなく、無限のエネルギーを操るわけではないということを!」

「だからどうした?」

「総エネルギーが1だとしたら、あなたの能力のうちで1/nより大きいエネルギーを出せるものは、最大でもn個しかないのですわ! だからわたくしの作戦は単純明快――高い方から順番に適当な量を差し押さえればいい! 残った能力などしょせんはイプシロンの誤差に過ぎませんわ! おーっほっほっほ!」

「はー、そりゃ画期的だ。ところであんた、ベイズの法則って知ってるか?」

「横浜に本拠地のある例の球団ですわね! わたくし実はけっこう好きでしてよ?」

「あらそう。まあいいや。じゃあ行くぞー」

「おーっほっほっほ! 無駄無駄無駄ですわ差し押さえ実行ていやーあぎょーーーーーーーーーーっ!?」


 言葉の途中で悲鳴が混じり狭霧は吹っ飛ばされた。


「な……なぜですの……!? わたくしの差し押さえは……無敵……」

「あのなあ」


 ため息交じりに仲町。


「『重ね合わせ(スーパーポジション)』っつってんだろうがよ俺の能力名。量子力学の用語を出されて確率が関係してるってどうして気づかないかね」

「か、確率ですって……!?」

「そ。俺の能力はたしかに有限エネルギーだが、それは実際のところ、使う能力が確率的に選ばれるからだ。全部同時にぶっ放すのはできねえからな。あんたの発想は、そういう意味では間違ってねえ。

 けどな、じゃあ能力の発動を禁止されたら困るかっつったらそうでもねえんだよ。だって条件付き確率に切り替わるだけだもん。禁止された能力は確率の分母から除外されて、イプシロンの確率で発動した能力が牙を剥く――そういうことだ」

「あ……」

「眠れ」


 ぐしゃっ! と音がして、狭霧が沈黙した。

 仲町はくるん、と三条のほうへ向き直り、


「さあーて続きをやろうぜ第一村人」

「いや続きっていうか……おまえ結局俺になにを期待してるの?」

「当初はなにも期待してなかったよ」


 あっさり仲町は言った。


「がまあ、O-R-Zと狭霧財閥が獲得を競い合う人材となると、俺も俄然興味が出てきたね。

 とりあえず解剖するから確保されてくんないかな?」

「誰がされるかボケ!」

「よーし、じゃあアジトへ行くか少年! 抵抗すればこの施設ごと吹っ飛ばすがな!」

「嫌だー!」


 逃げる三条に仲町はあっさり距離を詰め、手を伸ばして


「えいっ」

「ぐはっ!?」


 ばすっ! という音と共に、吹っ飛んで地面に落ちた。

 が、すぐにむくりと起き上がる。


「あいててて。なんだいまの、ポジトロンライフルっぽい衝撃だったぞ?」

「正解ですねー。なるほど、打撃だけで分析できる程度の能力はお持ち、というところですか」


 のんきに言ったのは、真科だった。


「その杖……」

「ええ。仕込み杖型ポジトロンライフルです。まあ念のために一本確保しておいてよかったですよね?」


 にっこり笑って、真科は杖――の形をした銃を、構えた。


「さて。次は私が相手ですってことなんですが。なにか言いたいことあります?」

「あー? うん、そうねえ」


 仲町はちょいと首をかしげた。


「たしか真科ってのは、『絶対勝利』とかって厄介な能力持ちだって話だったな」

「そうですよー。

 だからぶっちゃけあなたに勝利の可能性はないです」

「そりゃ本当かい?」

「妙に絡みますねえ。

 それとももしや、私の絶対勝利を無効化できるタイプの能力に心当たりでもあります? それ次第によっては、本気を出してさしあげてもいいですけど」

「いや別にぃ。ところであんた、エヴェレット解釈って知ってるか?」

「ん、もしかしてその手の言い換え能力をお持ちで?」


 あっさり真科が言ったので、仲町はちょっと困惑したようだった。


「言い換え? なんのことだ?」

「だってエヴェレット解釈って……と、たとえ話の話はどうでもいいですね。

 なに、たいしたことないです。どっちみち、その手の技は効かないですよ」


 真科は平然として、ポジトロンライフルを構えた。


「あなた相手ならライフルで十分ですね。

 来なさい」

「……釈然としないが、まあいい。んじゃいくぞー」

「えいやっと」


 次の瞬間、ばごーん! と音がして、仲町が吹っ飛んだ。


「ぐえええええええ!?」

「ほい、勝ちー」


 べしゃあっ、と地面に落ちる仲町に、たいしてうれしくもなさそうにガッツポーズする真科。


「な、なんで……!? 俺の能力が、効かない……!?」

「あー、解説いります?」

「ぐ……お、おっかしいなー。もう一回やってみようかなー」

「何度やっても同じですよ。だから言ったでしょ。

 あなたの能力の中に、定義書き換え系のあるんでしょう? 私の『絶対勝利』を、『絶対に勝利した平行異世界を呼び出し、現実を書き換える』というような類似の能力に変更してしまう技ですね」

「う……」


 図星だったのか、仲町が沈黙する。


「そして成功したら今度は、その上から私が敗北した平行異世界を呼び出してしまえばそれで一丁上がりってわけですね。まあ、たしかに成功すれば勝てたでしょうけど」

「……なぜ失敗した?」

「わからないんですか? だってそしたら私、負けちゃうじゃないですか」


 真科は平然と言った。


「『絶対勝利』というのは、絶対に勝利する能力なんです。だから負けちゃうような能力の発動はことごとく絶対勝利と敵対する――結果として、能力強度の対決になり、そこに絶対勝利がかかる。

 つまりそこで負けたために最初の能力は発動せず。後はわかりますよね? 私の『絶対勝利』が健在な以上、わたしが敗北する平行異世界は存在しません(・・・・・・)

「……………………」

「納得いただけたところで、さて……」

「うりゃああ!」


 どがばがごがっ! とあたりに爆発が連打した。


「うわああああああ!?」

「はっはっは! さらばだ村人ども! 達者でなあ!」


 仲町の声が、あっという間に遠くなる。

 巻き込まれかけてしりもちをついた三条はうめいて、


「な、なんてはた迷惑な奴……ていうか逃げ足、早いな!」

「大丈夫ですよ」

「なにが大丈夫だって?」

「いえ。だって」


 真科は三条の疑問に、


「私の『絶対勝利』、マインドセットで条件設定できますんで。

 今回の場合、敗北条件の中に相手を逃がすこと、というのを入れておいたので――」


 言葉が終わらないうちに衛星軌道から放たれた荷電粒子砲が仲町を直撃した。


「というわけで、勝ちです」

「おまえホントデタラメだな」

「……それを言うなら、三条さんの家を襲撃した際にも同じマインドセットをしてたんですけどね。どこで間違えたのやら」

「ん、なんか言ったか?」

「なんでもないです。それよりここから先は立て込んでくるので今日はひとまず――」

「ふ、わたくしと一緒に帰るがいいのですわ!」

「……生きてたんですかこの生物」


 めんどくさいなあ、という顔で真科は狭霧を見た。


「で、どうする気ですかあなたは。もう昨日の時点で勝負はついて、あなたに勝ち目がないことはわかってると思うんですけど」

「ふ……それが甘いというのです、真科真字。わたくし、狭霧みやびは、きっちりとあなたに勝つための方策を練ってきたのですわよ!」


 びしいっ! と相手に指をつきつけて、狭霧。


「はあ。まあもう巻きでいってよいと思うんですけど、どんな方策です?」

「ずばり、名付けてウィンウィン作戦!」

「ウィンウィン……!?」

「ええ。取引などでよく使われる用語ですわ。自分も得して相手も得する。つまりウィンとウィンの関係で、両者が勝つ」


 狭霧は言った。


「わたくしの能力は、使うことによって相手の銀行口座にお金が入る。つまり相手にとっては得。

 そしてわたくしも能力を使えて得! ほらウィンウィンですわ! よってあなたの絶対勝利とは矛盾しません!」

「な、なんですとー!?」


 真科が驚愕に目を見開く。


「ま、まさか、こんな目から鱗な絶対勝利の破り方があったなんて……!」

「わかってくれてありがたいですわ。

 さあ、では三条真坂。勝者のわたくしに従い狭霧財閥まで来るのですわ! 大丈夫、ちょっと契約書にサインしてこの印鑑押すだけなんで!」

「誰がやるかボケ! あ、こら、ちょっと、はなせー!」

「おーっほっほっほ! 対象確保! 対象確保ですわー!」

「いやだ助けてえええええええええええええええええ!」


 叫ぶ三条の声が、はるか遠くへと消えていった。



 少し経って。


「……はて。

 確かにウィンウィンというと聞こえはいいですが、彼女が三条真坂を確保することで私の銀行口座に一円も払われない気がするというのはどうしたことでしょう?」


 ぶつぶつとつぶやいていた真科が、はっ、と顔を上げ、


「まさか、騙された――!?」


 ……もちろん、もう後の祭りであった。

 水曜投稿と言ったな? あれは嘘だ。


 すいません正月あまりに暇だったから……



【能力解説】

『重ね合わせ』

使用者:仲町朱雀

能力強度:トリトリよりは大きい 能力種別:多重複合

解説:仲町朱雀の持つ非可算無限個の能力の総称。

 あまりに多すぎて仲町自身も認識できない。また、能力を発動できる強度に上限があり、それのためにあまり派手なことはできない。具体的に言うと、せいぜい宇宙全体を3ナノ秒以内に蒸発させる程度の力しか出せない。

 ただし、能力封じや因果律操作との相性は抜群であり、どんな能力に対しても、それに対抗できる能力を引きずり出して対処することができるため、普通は負けない。

 普通は。負けない。

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