第一話:三条くんちで能力大戦
夜。
ずずずず、ずぞぞぞぞぞ。
「……ふう」
カップ麺をすすり終えた三条真坂は、至福の表情でため息をついた。
至福である。
「なーんつーか、幸せだなあ……」
ぼーっと、テレビを見る。
さっきまでなんとなく付けていたニュース番組は終わり、一昔前に流行ったような、特に個性のない恋愛ドラマが始まっていた。
「……うーん」
彼は頭をかいた。
(もうちょっと、派手な展開があったほうが好みなんだよなぁ)
ちょっと漫画的かもしれないが、なにかすごい超能力とか使ってなんかやったほうが、こう、いろいろと楽しいと思うんだけど。
後は、これもベタだが衝撃的な出会いみたいな。女の子が空から降ってくる系の。
などとのんびり思いながら箸を動かしていると。
次の瞬間、彼の部屋は木っ端みじんに粉砕された。
「対象物への着弾を観測。これより戦果確認に入ります」
事務的な調子で、空から残骸に着地したその女の子は言った。
「対象の姿は見えず。がれきの下に埋まっている可能性が高いです。掘り出すのは正直面倒ですが、アンケ取りますか? ……少々お待ちを。ええと、操作は――」
「って、何事だコラー!?」
「む。ヤクザスラングめいた口調で対象が立ち上がりました。いかがでしょう。画像……おや、通信状態が悪い? ふむ」
「こっち向けコラ! てめえいきなりなにすんだっつうかカップ麺の汁モロに頭からひっかぶったぞっつうか俺はカップ麺の汁は最後まで飲む派で超楽しみにしてたのになにしやがるオラぁ!」
「あ、音声は通ってるっぽいですね。オーケー。じゃあとりあえず雑音の元なんで対象殺しちゃいますね。というわけで、はい死んで」
「あ、おいコラ――」
三条がなにか言う前に、彼女は銃のような長い筒をこちらに向け、
がちん。
という音がした。
「おや?」
「……?」
「ジャムりましたね。……おかしいな。この携帯型ポジトロンライフルは高性能で、ジャムるくらいなら敵を巻き込んで爆発四散する機能があるはずなのに」
「おまえそんな自爆兵器使って怖くないの!?」
「うむう。半径500メートルほどを巻き込んだ盛大な爆散ショーをお見せできるチャンスだったのに、残念です。まあ、素手でどうにかするしかありませんね」
「ちょっと話しようよ! なあ! ぷりーずぷりーず!」
「……ふう」
彼女はため息をついた。
「なんですかあなたさっきから。面倒くさいですねえ」
「いや状況がさっぱりわからないんだけど。説明ぷりーず」
「動画的に状況説明を繰り返すのはおもしろみが減るんですよ。理解してください」
「動画ってなに!?」
「だからこの状況、金持ち用のゴアな虐殺ショー専用ストリーミングサービス『さつりく動画』で生放送中なんですよ。本当なら内臓とかいっぱい見えててとってもエキサイティングなはずなのに」
「どういうサービスだよっつーか警察なにしてんだコラ!」
「ああ、それは大丈夫。なにしろ税金対策にサーバーを海外のタックス・ヘイブンに設置しているから日本の税務署にはどうしようもないのです」
「誰も税金の話なんてしてねえよ! 警察は!? 地元の警察!」
「タックス・ヘイブンだから税金がまともに取れなくて警察力も持てないみたいですね。現地は北斗の拳も真っ青な無法地帯だとか」
「もういやだこの話……」
「話が終わったんならちょっと死んでもらえます? あ、でも手で殺すからちょっと痛くて苦しいかも」
「誰が死ぬかボケ! つうかなんで俺なんだよ!」
「なんです、いまさら命乞いですか? 言っておきますけど、あなたのことを狙っている組織は私達だけではないのですよ、三条真坂」
「な、なんだよその組織って」
「……失言」
ちっ、と彼女は舌打ちした。
「こうなったら失言を聞いた耳を太陽系外まで吹っ飛ばすしかありませんね」
「説明しろっつってんだよ!」
「いやです。あなたはここで死になさい、三条真坂……――!?」
弾かれたように遠くに目を向ける彼女。
「お、おい。どうした?」
「……失敬。どうやら能力者が向かってきているようです。
そちらに向かいましょう。皆様には趣向を変えて、能力対決をお楽しみいただければと」
言って、彼女はぴょーんとすごい勢いで背丈の何倍もの高さまで飛んで、そのまま去って行った。
……………………
………………
…………
「で、俺はどうすればいいの?」
「わたくしについてくればよくってよ?」
「うわあなんかいた!?」
慌てて飛び退こうとして、そこをむんずと捕まえられる三条。
「おっほほほ! 三条真坂、確かに捕獲いたしましたわ! これで我が狭霧暗黒財閥の経済力も盤石ですわね!」
「こら、おい離せ! なんだテメエさっきのテロリストの仲間か!?」
「ん、聞き捨てならない発言ですわね。誰が誰の仲間ですって?」
「だからあ、なんでテメエら急に俺のことを狙ってくるんだよ! 説明! 説明ぷりーず!」
「ふう……仕方のないお猿さんね」
言って捕まえていた何者か……女の子は、手を離した。
「さて、では説明して差し上げますわ。わたくしの名は狭霧みやび。暗黒財閥として有名な狭霧グループの総帥の一人娘ですわ」
「知らねえよ暗黒財閥なんて中二なモンは! テメエどこの世界線出身だコラ!」
「失敬ですわね! ちゃんとネットでも有名ですのよ、有志によるブラック企業ランキングでも常に上位に」
「暗黒ってそっちかよ畜生!」
「さあ、あなたも我が社の洗脳社員教育を受けて過労死するまで働きなさい!」
「いやだ俺は公務員になって楽して稼ぐんだ離せー!」
「……その発言はそれはそれで世間をなめてますわね。
でもその願いは叶いませんことよ三条真坂。あなたがなにを望もうと、我が社に入るかどうかに関係なく世間があなたを放ってはおきません」
「なんでだよ」
「……ふむ。なにから話したものですかしらね。
そうね、まずはエジプトの話がいいかしら」
「エジプト?」
「ええ。ある考古学者たちのチームが、最近未盗掘の遺跡を発見したらしいのですわ。
そしてその遺跡の最深部の壁には未知の言語でなにかが記されていて、エジプト考古学の専門家たちがまったく見たことのない言語だったのだそうです」
「……はあ。それで、俺となんの関係が?」
「ですからその言語は日本語で、『三条真坂が世界を滅ぼす』と書いてあったって話なのですが」
「待てやコラ」
「エジプト考古学でどうにもならないからと言語学者を大量に呼んだら、まさかの現代語だったというのは衝撃でしたわね。結果として世界中の秘密結社やら軍事諜報組織が三条真坂という名前の人間に注目を集める中、日本に本拠を置いていたいくつかの組織が機先を制してまずは当人を確保してしまおうということに」
「だから待てやコラっつってんだろ! ていうかなにそれ、いたずら書きじゃねえの?」
「だったら大フィーバーですわね。なにしろその遺跡、紀元前から未盗掘だったエジプトの王墓ですのよ?
そこに誰かが発掘隊に先んじて入り込み、日本語でいたずら書きとなると、まずネットでお祭り騒ぎですわね。ああ――当然ながら、第一容疑者はあなたですわよ?」
「俺は生まれてから今までずっと日本から出てねえよ!」
「さあ、まあそのあたりの偽装はいくらでもできますから」
「俺にはできねえっつの! 俺! ただの! 大学生!」
「……ま、それを誰が信じるかはさておき」
意味深な口調で狭霧みやびは言って、そして咳払い。
「実際のところ、三条真坂オブジェクトはそれだけではありませんのよ」
「なんだその名前……」
「どこかの結社ではSM遺物というさらにいかがわしい名前で呼ばれてるようですわね」
「なんでその語順なんだよ!」
「南極付近で気象現象によって自然に発生した海のつららが、なぜか日本語で「三条真坂」という名前に広がるのをテレビがうっかり放映しちゃったり、クエーサーのパルスがモールス信号で「三条真坂」という信号を送ってきたり、古代地底人の遺跡から三条真坂を崇める呪文が発見されたり、最近になって発刊された100年前のSF作家の書簡集から三条真坂当ての暗号文が出てきたり」
「…………」
「他にもキャトルミューティレーション関係とナチスの隠し遺産関係から三条真坂の名前が出てきてますけど、詳しい説明は必要かしら?」
「もういい。だいたいわかった」
うんざりした顔で三条は言った。
「つまりおまえの吹かしでなければ、なんか知らんが俺の名前を使っていたずらしてる誰かがいるって話になるわけだな」
「あら、可能性をそれだけに限定する理由はなにかしら? わたくしとしては、あなたが持っているなにかの能力が中途半端に発現した結果の余波だと推測しているのですけれど」
「そういう中二時空の話はどうでもいいんだよ! なんだ能力って!」
「あらあら。やはり自覚はないんですのね。まあ洗脳にはそのほうが好都合なので、あなたはやはり我が狭霧財閥の暗黒尖兵に――」
「誰が行くか馬鹿!」
「……っと、お客さんですわね?」
「え?」
言われて、ふと見た視線の先。
三人の男がそこにいた。
一人は小太りの大男。もうひとりはアニメの女の子がプリントされたTシャツを着たひょろ長いの。もう一人はレゲエとかやってそうな感じの兄ちゃん。
「ひゃっはー! ザキさん見つけましたぜ! あれが三条真坂で間違いねえ!」
「……今日はホントなんなんだもう」
うんざりしながら三条はそいつらのほうに向き直った。
「で、おまえらはいったいどこの誰でどんないちゃもん付けにきたんだよコラ!」
「我々は公安だ」
「……あ?」
小太りの男が、ポケットから手帳らしきものを出した。
警察手帳に似ている。模様と、「公安調査官」の文字が金色で記されている。
「三条真坂だな。ご同行願おう」
「ちょ、待っ――いくらなんでも公権力に拘束される覚えは――」
「お待ちなさい」
ずい、と狭霧が前に出た。
「おほほほほ。公安だからといって獲物を横取りとは図々しいですわね。これはこのわたくしの獲物ですわ。とっとと失せなさい!」
「その口調と人相――見覚えがあるな。登録能力者の狭霧みやび。間違いないか?」
「然りですわ。そういうあなたは、公安調査庁の龍造寺昭平――後のふたりは――」
ちらり、と狭霧は目を向け、
「……まあ、どうでもいいですわね。雑魚っぽいし」
「おいコラァ! 雑魚たぁなんだ雑魚たぁ!」
アニメTシャツが叫ぶが、狭霧はあっさり無視。
龍造寺は、ふう、とため息をついた。
「能力対決の申し込み――と見て、問題ないな?」
「その認識でよいですわよ。
登録能力者同士の利害が対立した場合、半公式に認められた「決闘」……うふふ、楽しみですわ」
「んじゃ、俺から行かせてもらいますかね」
言って進み出たのは、レゲエ兄ちゃんの方だった。
「興味ないかもしれんが、俺の名前はカロッソ・ヴディルだ。よろ」
「あらそう。で、どんな芸を楽しませてくださるのかしら?」
「こんな芸さ」
言うと同時に、狭霧の胸から突如として血が噴き出した。
「え?」
呆然と、その光景を見つめる。
あり得ない。
さっきまでしゃべっていた人間が、こんなにも簡単に、殺され――
狭霧はやはり、呆然とした顔で自分の胸に目を見やると、
「危なかったですわ。トマトを胸に仕込んでいなければ即死でしたわね」
「いや、無茶だろその設定」
半眼で突っ込む三条の言葉を無視して、狭霧は胸から取り出したトマトをぽーいと放り捨てた。
と、カロッソがうめく。
「ば、馬鹿な。俺の能力をそんな方法で破るだと……!?」
「ふ……なかなか珍しい能力ですけど、たいした値打ちではありませんわね。我が狭霧暗黒財閥だったら時給800円がいいとこですわよ?」
「ぐっ……」
「なー。盛り上がってるところ悪いんだが、どういう攻防なんだこれ?」
「察しが悪いですわね三条真坂。この男の能力は簡単なものですわ」
言って狭霧は、ふぁさっ、と髪をかき上げ、
「ずばり、『地の文を書き換える能力』――これです!」
「おい待て。なんだ地の文って」
「ですから地の文を書き換えて、わたくしが胸から血を噴き出したことにしたのですわ。だからわたくしはとっさの機転で血に見えたのは実はトマトの汁ということに後付け設定を」
「おまえらそんなとんち戦闘やってて恥ずかしくないの!?」
「ふっ……」
カロッソはひきつった顔で笑みを浮かべた。
「だが今度はどうかな。もう一回トマトということにするのは無理があるぞ。なにしろ、読者が飽きてしまうからな!」
「そういう問題か?」
ジト目で言う三条を放っておいて、カロッソが叫ぶ。
「さあ、ならば次だ! これを防げるものなら防いでみろ!」
次の瞬間、狭霧の左胸に大穴が空いた。
「と見えるでしょう? これマジックなんですわよ」
「無理矢理にも程があるぞオイ!?」
「おっほっほ。やはり話になりませんわね。この程度の能力ではわたくしの力を解放するまでもありませんわ。さっさと倒してしまいましょう」
「おのれ、まだ勝負は決まって――」
「えい」
「ぶげら!?」
「えいえい。とーうっ」
「ちょ、待――ぎゃふっ! ごへっ!?」
「ほーれ、ぐりぐりぐり」
「ちょ、そこやめ――うぎゃああああああああああああ!?」
ただいま残虐行為が行われております。しばらくお待ちください。
カロッソは地面にぶっ倒れ、地面でぴくぴく痙攣している。
「ふ……要は地の文を表示する前に、会話文だけで倒してしまえばよいのですわ。簡単ですわね」
「…………」
ノーコメント。
「よっしゃあ! じゃあとうとう俺の出番だな!」
言って、アニメTシャツの男が勢いよく前に進み出た。
「へへへ。カロッソの奴はあっさりやられたがな。この小山稲造さまはそう簡単にはやられねえぞ。そうですよね、ザキさん!?」
「ふっ。返り討ちにして差し上げますわ!」
「あー……ちょっといいか?」
三条が口を挟んだ。
「なんだ小僧! 男の戦場に口出ししやがって!」
「いや片方女じゃ……まあいいや。あのさ」
「なんだ!?」
「龍造寺昭平……が、なんで「ザキさん」なの?」
「企業秘密だ!」
「……あ、そう」
あんたら公安じゃなかったんかい、と思ったが、なに言っても無駄そうなので三条は黙った。
「わたくしはそれよりTシャツのほうが気になりますわね。ていうか、戦場にそんなの普通着てきますかしら? 気持ち悪いですわ」
「て、テメエ! そんなのとはなんだそんなのとは!」
「だってそれ、たしかうちの系列企業が出してたエロゲのTシャツでしょう?」
「プラ☆プリはエロゲじゃなくてギャルゲだよボケ!」
「どっちでもいいですわ。なんか不潔ですから近寄りたくありませんし……」
「テメエ絶対ぶっ殺す!」
「小山」
びくり、と小山の動きが止まった。
声の主――龍造寺は、厳かに、口を開いた。
「いまは仕事中だ。相手の挑発に徒に乗らず、粛々と任務をこなせ」
「あ、あい! わかりましたっす!」
「そうか、ならいい。
では、戦いに赴くおまえに、俺から一言だけ伝えることがある」
言って、ふう、と龍造寺は深く吐息し、
「プラ☆プリはギャルゲじゃねえ。――人生だ」
「ダメだこいつら。早くなんとかしないと……」
もううんざりしてつぶやく三条。
「おーっほっほっほ! どうやら話はまとまったようですわね! では見せていただこうかしら、あなたの能力を!」
「おうよ、目玉かっぽじって見ろやオラぁ!」
叫んだ小山の手に、ぼっ、と炎の弾丸が宿る。
「!」
「行くぜ!」
小山が叫ぶと同時に、その弾丸が轟音と共に飛び出し、狭霧に炸裂。
すさまじい轟音が響いた。
「うっしゃああああ! 見たか!」
「――ふむ」
答える声は、煙の向こうからした。
その主は言わずと知れた狭霧。
彼女は、ばちばちと放電する謎の金属片を前に出して、つぶやいた。
「パイロキネシスですわね。それも、そうとうレベルが高いですわ」
「はっはぁ! そうともさ! 俺の能力で焼けない相手なんて誰もいないんだぜ!?」
「でも安っぽいですわね。焼くしかできないのならその辺の電気コンロで十分ですわよ?」
「なっ!? て、テメエ、喧嘩売ってんのか! 俺の能力は10兆の10兆の10兆乗乗度の火球を生み出せる、パイロキネシス系理論値最強の能力なんだぜ!? 銀河系ごと焼き尽くされてえか!」
「ならやってみてはいかが? 止めませんことよ?」
「この野郎マジで焼き殺す!」
「待て小山、落ち着け――」
「うおおおおお!」
小山が腕を振りかぶり、
次の瞬間、その身体が爆発四散した。
「サヨナラああああああああああああああああああああああああ! って、あれ? 俺、生きてる?」
「おう。生きてるな」
「ザキさん? あ、ザキさんが俺を助けてくれたんですか?」
「おうよ。まあ生首だがな」
「えへへ……って、この自分が首しかない感触けっこうキモいんですけど、なんとかなりませんかね?」
「おまえ俺の能力のおおざっぱさを忘れたか? 急いで胴体修復したら後ろ前でしたってよりはいいだろ。首だけでも1日以上は生きていけるように設定したから、それでしばらく我慢しとけ」
「アッハイ。……ところでザキさん。俺、なんで負けたんですかね?」
「いや、だからな。何度も説明したと思うが、この世の中には無数の能力者がいて、その中には「殺されそうになったらカウンターで攻撃する」系の能力者も多いんだよ。
そしていまおまえが呼び出そうとした熱量はそいつらを皆殺しにするレベルだった。つまり――そういうことだ」
「あー、じゃあ俺、そのカウンター一斉に食らったんすか」
「そうだ。頭だけでも残ってて僥倖だったな」
「あっはは、マジっすね!」
「まあ、しばらく待ってろ。俺がケリをつけてくる」
言って龍造寺は、小山の生首を地面に置いて立ち上がった。
「待たせたな。次は俺だ」
「ふっ……」
狭霧は、ばちばち放電する機械のスイッチを切り、ポケットにしまった。
「龍造寺昭平。あなたが相手では、電磁バリア発生器などは盾にもなりはしませんわね」
「まあな」
「『おおざっぱな全能』――聞いておりますわよ。補助計算機こそ載せていないものの、量子コンピュータの手助けさえ受ければ立派な全能能力者となるという、恐るべき公安の切り札」
「ま、そこまで便利でもないがね」
あっさり龍造寺は言った。
「だがあんたの能力のコピー程度ならできる。それも、威力を増加してだ。能力バトルで俺に勝つのは、並大抵じゃできねえ」
「おっほっほ。確かにすばらしい能力ですわ。こうして対峙するだけですさまじい圧力。そして小山の命をつなぎとめたその能力――ざっと見ても時給1000億は下らないですわ!」
「時給換算されてもね……アンタのために働く気なんてないんだが?」
「あら、そんなことを言ってよろしいのかしら?」
「なに……!?」
にわかに龍造寺の顔を緊張が走る。
「甘く見ましたわね。この金額換算それ自体が、わたくしの能力の一部でしてよ?」
「おま、おまえの能力……! まさか!」
「その通り! わたくしの能力は『暗黒資本主義』。その効果は『すべてに値段を付ける』こと!」
ばっ、と腕を振り上げて、狭霧。
「さあ、ではわたくしの預金口座を用いて命じます! その能力、差し押さえですわー!」
「なにいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
龍造寺が絶叫するも、時すでに遅し。
ばん、と差し押さえ札がどこからともなく龍造寺の身体に張り付き、彼の身体にあった強烈なプレッシャーが雲散霧消した。
「おーっほっほっほ! これであなたは能力は使えませんわ!」
「く、まさかそんな……高レベルの、無効化、能力……!」
「チェックメイトですわね! わたくしの体術の前にひざまずくがよいですわ、全能能力者――!」
叫んで狭霧が突進する。
龍造寺はうなだれて、
「俺の負けだ、嬢ちゃん――」
言いながら、狭霧の正拳をあっさり払いのけた。
「あら?」
「なんてな」
答えた龍造寺のミドルキックが、正確に狭霧のみぞおちを捉えた。
「ぎゃあああ!?」
「……っと、すまんな。加減できなかった」
どしゃあっ、と狭霧が地面に倒れ伏す。
「な、なぜですの? 全能能力さえ封じれば――」
「悪いが嬢ちゃん。全能って派手な能力は対策されることが多くてな」
龍造寺は言った。
「だから俺は、能力なしである程度戦えるように、自分を鍛えてる。ぶっちゃけ、カロッソや小山程度なら能力なしで倒せるんだ、俺」
「む、無茶苦茶ですわ……」
地面に這いつくばってうめく狭霧。
「勝負ありだな。では三条真坂の身柄は我々公安がもらう」
「え、ちょっと待った……俺の自由意思は!?」
「正直公的機関がいちばん安全だと思うぞ? 訳のわからん秘密結社になぞさらわれたら、気づいたら某宗教の聖戦士になって自爆テロに参加しているオチになりかねん」
「うー、まあそれはそうだけど……」
「おーっほっほっほ! 甘いですわ龍造寺!」
「うわまだ生きてる!?」
びよーん、とバネ仕掛けのように立ち上がった狭霧に驚いて飛びずさる。
龍造寺は面倒そうに、
「もう勝負はついただろう。まだやる気か?」
「もちのロンですわ! さっきは不覚を取りましたが、今度はそうはいきませんことよ!?」
「無駄だと思うがなぁ……体術のレベルは見切った。あんたは俺には勝てん」
「そうでもありませんわ――だって」
狭霧がちょい、と手を動かした。
とたん、龍造寺の目が驚愕に開かれる。
「ば、馬鹿な――身体が動かない!?」
「おーっほっほっほ! いまごろ気づいたんですの!? あなたはすでにわたくしの術中ですわよ?」
「だ、だが貴様の能力はさっきの以外にはないはずだろう! まさか、複数の能力を――」
「ああいえ、そういう能力者もいるようですけれど、わたくしはそのクチではありませんわ」
手を振って、狭霧。
「単に、わたくし――差し押さえたあなたの能力を勝手に使ってるだけですもの」
「は?」
「そうれ、自分の技を自分で食らって吹っ飛びなさいな!」
「うぎゃああああ!?」
龍造寺の身体が車田飛びして吹っ飛び、そして地面にどしゃあっ、と墜落した。
ぴくりとも動かない。
「おーっほっほっほ! 勝利、勝利、勝利ですわあああああああああああああ! 我が狭霧暗黒財閥に栄光あれですわ!」
「あー、もうどうでもいいんだけれど……結局これ、どうオチがつくんだ?」
「ええ。では三条真坂、参りましょうか。我が財閥の企業戦士として死ぬまで馬車馬のように働くのですわ!」
「絶対いやだ断固断る!」
「おーっほっほっほ! そんなことを言ってられるのもいまのうちですわ! どうせ大学生なんて自分なしでは回らない職場に放り込めば勝手に責任感感じて死ぬ気で働くようになって気がついたら引き返せなくなっているのですわ! 何度も実例見てきましたし!」
「助けてーいやだー俺はそんな地獄を体験したくない!」
襟首ひっつかまれてひきずられながら三条がそう叫んでいると。
「ふむ。では助けてみるのも一興でしょうか」
「……え?」
どっかで聞き覚えがあるような声がして。
そして狭霧の身体が大爆発して吹っ飛んだ。
「な、なんですってえええええ!?」
「た、助かった……でも誰がなんで?」
「私ですよ」
しゅたっ、と三条の横に降り立ったのは、
「げ、さっきの殺戮女!?」
「失敬な呼び名ですねえ。私には真科真字という立派な名前があるんですよ。敬意を込めてまなちゃん様と呼び崇め奉ってください」
「ていうかなんで助けてくれたの?」
「組織から方針変更してターゲットに恩を売っておけという指示が――失敬。ただの善意ですよ善意。汝隣人を愛せよって奴です」
「…………」
うさんくさいにも程がある。
「……ふ、やはり真科真字ですわね!」
しゅたっ、と近場に降りたって狭霧。
「聞いてますわよ。秘密結社O-R-Z団の秘密兵器。あらゆる勝負に絶対に勝利する『絶対勝利』の能力持ちですわね?」
「あら、耳ざといのですね。さすがはブラック企業として名高い狭霧財閥。きっとその情報も誰かを鬱病にして手に入れたのでしょうね」
「おーっほっほっほ! その通りですわ! このために社員38名が依願退職しましたのよ!」
「…………もうやだこの戦場」
うんざりした三条の声は両方に黙殺された。
「さあ、ではその価値を計ってさしあげますわ! 能力を使いなさいな!」
「……能力なら、もう使ってますよ?」
「へ?」
真科の言葉に固まる狭霧。
「お、おかしいですわね。ならばなぜわたくしの能力は値段を付けられないのかしら?」
「ああ、それは簡単」
真科があっさり言った。
「わたしの能力に対してカウンター系能力は効果を発揮しないのです」
「へ?」
「たぶんその値段付け、相手の能力発動に対するカウンターですよね? なので、わたしには効果がありません」
あっさり、真科が言った。
「というわけで、詰みです」
「ま……まだですわ!」
狭霧は言って、手を振り上げる。
「わたくしが差し押さえた龍造寺の能力、これは残っておりますわ!
おおざっぱとはいえ全能能力、絶対に勝利する能力に勝利することだって、可能なはず――」
「あー、なるほど。まったく理解してませんねえ」
真科はのんびりと言って、それから手に持っていた武器をぽい、と放り捨てた。
「とはいえいちおう、全能能力者に対してポジトロンライフルごときで対するのは不敬ですね。
――徒手で参ります」
「おーっほっほっほ! 無駄ですわ! その絶対勝利をわたくしの能力でコピーして、そして――」
ぼぐおっ。
すごい音がして、真科の拳が狭霧のみぞおちにめり込んだ。
前のめりに倒れる狭霧。
「な……なぜ……?」
「あのですね、講釈を垂れるようでなんですが――世の中の能力には、アクティブとパッシブがあるのですよ」
「あ、あくてぃぶと、ぱっしぶ……?」
「そうです。能動と受動、あるいは「できる」と「する」の差だと言いましょうか。
そして全能とは、その内容から自動的にアクティブ――「○○できる」能力の最上位であるのに対し、わたしの絶対勝利は「勝利する」というパッシブ能力です」
「そ、それが……?」
「ですから」
真科はぴっ、と指を立てた。
「できるだけでは、しないこともありうる――それがすべてです。あなたはわたしに勝てた。でも勝たなかった。絶対勝利と全能が矛盾なく収まるためにはこの方法しかあり得ず、故にわたしは絶対に勝利します」
「そ、そんな! でも、わたくしは絶対勝利をコピーしたのに――」
「はい。その戦術ミスはわたしの能力が誘導したものですね」
「なぜこれが戦術ミスなの!?」
「いえ。わたしの絶対勝利は、因果を操作する系統の能力です。この系統の能力はかち合う場合、能力強度で対決して勝ったほうの能力が通るのですが」
「全能だったら能力強度は最強じゃない!」
「いや、ですから」
真科は肩をすくめて、言った。
「その能力強度対決に乗るんですよ、絶対勝利。だからわたしが勝ちます」
「――……あ」
「ではごきげんよう」
ぐしゃっ、と真科の足が狭霧の頭に突き刺さり、狭霧が沈黙した。
「さて、では三条真坂さん、せっかくですから我らO-R-Z団の本部までどうぞ」
「え、いや。俺はとってもいやな予感がするので是非とも遠慮したいんだけど――」
「大丈夫ですよ。ちょっと接待している間にもしかすると上司の判断が変わって抹殺になるかもしれないので、そうなったときに目を離してたら探すの面倒だから来てください」
「絶対行きたくねえよ馬鹿野郎!」
「なーに大丈夫ですって。というかあなたに拒否権はないのでそのままごーです。ごー」
「ちょ、助けてさらわれる――!?」
騒いでいると、
「はーっはっはっは! どうやら吾輩の相手は貴様のようだな、O-R-Z団の尖兵よ!」
「で、電線の上!?」
「その通りだ少年! とうっ」
叫んで、ドクロの仮面を被ったその紳士は電線から飛び降りた。
が。
「邪魔です消えなさい」
ばしゅっ。と真科のポジトロンライフルが火を噴き、相手が爆散した。
と思ったら、逆再生の要領で復活した。
「はーっはっはっは! この『世界征服を企む悪の秘密結社連合』二の刺客、グルルゲール伯爵にこんなものが効くと思うてか!」
「いやもう、なんでもありだなあんたら」
三条はぼそりとつぶやき、それから純粋な疑問を口にした。
「ところで、一の刺客はどうしたの?」
「弟なら先ほど真科に討たれた」
「…………」
ああ、あのときこいつが場を外してたのはそういう……
「そう。改造人間ですね。
おおかた、世界征服に三条真坂が有効と判断して、彼をさらいに来たのですね」
「うむ! 話が早くて助かる!」
グルルゲール伯爵はドクロフェイスで呵々大笑した。
真科はふう、とため息をついて、
「……この局面で投入してきた以上、やはりそうですか。能力が封印されている」
「ほう! もう気がついたか!」
グルルゲールはそう言った。
「おい、どういうことだ?」
「無効化能力ですよ。――おおかた、『勝利条件の変更』に介入しましたね?」
「その通り! 吾輩の能力は『但し書き』也!」
グルルゲールはそう言って胸を張る。
「絶対勝利といえど、どのような勝負に勝利するかを設定しなければ作用できるはずもなし。とすればこの女は必ず吾輩と出会った時点で、勝利条件をなんらかの形で操作する。
そこに介入し、但し書きで『ただし、グルルゲール伯爵との勝負ではこの能力は使わず正々堂々と勝負する』とすれば、それだけで無効化の完成よ!」
「……あ、勝敗の反転じゃないんだ」
「少年よ、それは認識されれば勝利条件を敗北にされるだけであっさり対抗されるぞ?」
グルルゲールは言った。……意外とこのドクロ、頭がいいようだ。
「……やっかいですね。カウンターでもないのですか。
仕方ない。では能力なしで戦いましょう」
「ははは! 知っておるぞ真科よ。貴様も先ほど暴れておった龍造寺と同様――能力におごることなく、いざというときに戦えるように身体を鍛えておる!」
「それが、なにか?」
「だが吾輩は腐っても改造人間。宇宙刑事とかそっち系クラスでないとまともに対抗はできん。それがわかっていて言っているのかな?」
「無論――」
真科は拳法の構えを取った。
「ごちゃごちゃ言わず、かかってきなさい」
「よかろう! 我がステッキ神拳、味わうがよい!」
言ってグルルゲールはステッキを構えた。
「いざ……!」
「来るがよい!」
グルルゲールは大仰にステッキを構え、そして真科はまっすぐに突進し、
「……おっと、そこにはうっかり仕掛けておいた対人地雷が!」
「え?」
次の瞬間、爆音と共に真科の身体が宙を舞った。
どしゃあ、と真科が地面にたたきつけられる。
起き上がってこない。
「はーっはっはっは! 吾輩、頭脳の勝利っ!」
「ちょっと待て……いちおうここ、俺の部屋の跡だよな? さっき砲撃受けて残骸になってるけど」
「それがなにか?」
「なんで対人地雷なんて埋まってんだよ! 俺が死んだらどうするんだ!」
「まったくである! というわけで少年、死ななかった君は運がいい! よって我らが秘密結社に入って怪人として世界征服のため働く権利をやろう!」
「いらねーよそんなオ○ーナ買う権利みたいなの!」
「ははは、いやがっても貴様に拒否権などないわ! 大丈夫、うちは狭霧なんぞと違ってホワイトだし福利厚生いいぞー。ちょっと時々戦隊ヒーローやらなんやらと戦って殉職するだけの快適な職場で、三食自爆装置付き!」
「どこにホワイト要素があるんだよ!」
「抵抗しても無駄である! さあ、来るがよい!」
「い、嫌だー!」
叫んで三条は拳を振るう。
ぼぐおっ。
凄い音がして、グルルゲールが倒れた。
………………
…………
「あれ?」
なんか知らないけど勝っちゃった。
「なわけがあるかー!」
「うわああああああ!?」
「ふ、ふはははは、改造人間に対してパンチ一発でこのダメージとは、やはり少年、貴様は危険な能力者だったのだな!」
「いや、ていうか足が笑ってるけど大丈夫?」
「問答無用である! 多少の能力など我が『但し書き』の前に無効! というわけで我がステッキ神拳奥義、無想――」
「えい」
ごん。相手が倒れた。
………………
…………
「勝った……のか?」
答える声もなく。
廃墟と化した部屋で、三条はつぶやいた。
「ってこれどーすんだ事態全然収拾してねえじゃん!
誰か起きろ! おい、おーいっ!」
予告してた火曜投稿が果たせなくてすいません。
次回以降も水曜投稿となると思われますので、よろしくお願いします。
なお、五話完結予定です。
【能力解説】
『絶対勝利』
使用者:真科真字
能力強度:∞ 能力種別:因果操作系/パッシブ
解説:絶対に勝利する能力。勝利条件は使用者の精神によって決定される。
この能力に対するカウンターとして発動するタイプの能力は、その効果を発揮しない。
因果操作を行えるタイプのべつの能力とかち合った場合、能力強度対決になる。その場合にはその対決に絶対勝利が適用される。
補足:真科真字は、強力なマインドセットによって『不意打ちされることは無条件で負けである』と思い込んでいる。よって、彼女に対する不意打ちは絶対に不可能である。
グルルゲール伯爵の場合には『正々堂々と勝負する』という文面だったため、不意打ちと解釈されなかったことが仇となった。
『暗黒資本主義』
使用者:狭霧みやび
能力強度:8000京ほど 能力種別:能力操作系/アクティブ/カウンター
解説:あらゆる能力に値段を付ける能力。
値段を付けたものは銀行口座からクレジットカードを用いて差し押さえが可能。
能力以外にも適用できるが、現在のところ能力以外に使用されたことはない。
補足:狭霧自身が適正と判断した値段しか付けられないため、意外と能力の融通は効きづらい。