穴
土の掘られる音がくぐもって聞こえてくる。
まだ、耳だけは犯されていないはずなので単純に此処の土の質なのだろう。
ショベルが差し込まれるたびに厚い空気の層にでもぶつかってしまった様な抵抗も感じる。
100年近くも経ってしまえば、もう預かる事さえも、この土地の存在価値さえも忘れてしまったのだろうか。
「悪いね、君もまだ休んでいたかっただろう。でも、私一人ではどうも荷が勝ちすぎているようでね」
共に穴を掘る間柄、といっても見知って間のない関係ではある。
直ぐに別れてしまうにしても今は穴を掘るという同じ目的で動いている。
だから、名前だけは聞いておこうと思ったのだが、彼はどうも頑固だ。
何度聞いたところで、伝える必要がない、そうとしか返してこない。
ただ、掘るだけでは彼はそうでもないようだが、私は飽きてしまう。
その為の会話の糸口だったのだが、あまりにあっさりと潰されてしまった。
しばらく、無言で掘っていると土の感触と音が変わってくるのが分かった。
「固さが変わってきた。さらにショベルだとしんどいね。機械か何かは無いかい」
彼は何の反応も示さない。
少し、腹立たしくなったが考えればこれは彼なりの意思表示なのかもしれない。
否定する時は何の反応も示さない、考えるほど効率の良い動き方をするのだなと感心してきた。
「質問を変えるけれど、君は話せるのかね」
彼は首肯するが、そこにさらに付け加える。
「出来れば言葉で答えてくれるといい」
初めて彼の口が開く。
「話せます」
彼の声は思っていたよりも低いものだった。
私は勝手に高音に近い声だと思ってい込んでいたのだ。
実際の彼の声は中音域程度の聞きやすいものであった。
「仕方ないから、これで掘るとするよ。でも、退屈を妨げるくらいは協力してくれるね」
短く、はい、と応えられる。
「君の仲間はみんな居なくなってしまったけど、どうして君は律儀にこんな所に残ってるのかな」
「ここに居る事。此処に来た人の手伝いをする事。どちらも私の仕事ですので」
「最近のにはない、律儀さだ。他のも見習えれば良かったのに」
返事は無い。
そもそも返事が返ってくるような文ではなかった。
さらに掘り進めるのがしんどくなってきた。
土が非常に固いためにショベルの先が削れてきたのだ。
「土のかからない場所へ移動してください」
しばらく離れていた彼が近くに来るなりそう言うので大人しく従う。
彼は削岩機のようなものを抱え、地面に当てるなりスイッチを入れた。
すると、轟音が起こり、土ぼこりの為に目が開けられなくなったので思わず後ろずさりをしながら目を瞑る。
そのせいで細かくはわからなかったが、音だけで判断するに彼は5回ほど土を削ったようだ。
実際に目を開くと固かった部分が多少、削られていた。
それからは土ぼこりのせいか、会話が途切れてしまう事になった。
「ねぇ、君は少し前の騒ぎをどう思う」
応えない、つまり知らないという事。
だけど、彼なりに悪いと思ったのかリップサービスが入る。
「私は自分の仕事を行うだけです」
彼の考えがとても素晴らしいときもある。
でも、そう思い込んでしまうからこその災厄もある。
それが少し前に起こったのだから何とはなしに因果を感じざるを得ない。
「そうだね。本当にただ純粋に皆がそう思えたなら幸せだったのかもしれないね。それと、この穴が掘れたら君にお願いがあるんだ」
「何でしょう」
私は少しだけ考えるそぶりをしてから、応える
「この穴が掘れてからお願いするよ」
穴はもう少しで出来上がる。
私はもう一つの目的の為に穴掘りは彼に任せて休養をとっていた。
彼の鳴らす音を聞きながらまどろんでしまう手前で声がかかる。
ついに掘れたのだ、と。
「では、お願いするよ。私をこの穴に埋めてくれて欲しい。勿論棺桶なんて要らないからね」
彼は怪訝そうな顔をする。
「生きたまま入れてくれと言ってるんじゃない。君はお願いを聞いてくれればいい」
口の中で、じゃあね、と付け加える。
ゆっくりと立ち上がり、近くの地面に刺してたショベルを抜き、上向きに置く。
そして、金具部分を掴むようにして首ごと振り下ろし、下からも突き上げる。
一度ではいけない、二度、三度。
突き上げるたびに皮膚が裂けて血が飛び散る。
まだ、大きな血管には届かない。
さらに勢いをつけて四度目をしようとする手前で倒れこんでしまう。
意識だけはまだあるので苦しいが間も無く消えてしまうのはなんとなく分かる。
彼はちゃんと埋めてくれるだろうか。
そんな疑問が湧き出てくるも簡単に打ち消される。
彼を作った人間を、そして彼のプログラムを誰よりも私は知っているのだから。
何も問題は無い。