ぎんがてつどう
「んっ……」
目を覚ますと、何かの椅子の上だった。座ったまま首だけを傾げて寝ていたので、体の節々が痛い。体をゆっくりと伸ばして辺りを見渡すと……
「……あれ?」
一昔前の汽車のコンパートメントのような所にいた。なんでこんな所で寝ているのだろうか。いつから寝ていたのかもよく思い出せない。寝起きでズキズキする頭を抱えながら少し周りを見渡すと、これまたいかにも古い汽車の駅にありそうな切符。幅広で手動の機械でパチンと切った後があるようなタイプのものが転がっている。おそらくこれが乗車券なのだろう。
「この切符も、買ったどころか見た覚えすらないんだけど……」
とりあえずそれをポケットに押し込んで、ほかに調べるべきところもなさそうなので、再びゆっくりと座席に身を預ける。
明らかに異常な状況だけれど、不思議と閉じ込められたような意識はなかったし、逃げようとかいう気も全く起こらなかった。ただじっと向かいに誰もいない座席に座り、ぼんやりと窓の外を覗く。外はびっくりするほど暗く、360度一杯に星が散りばめられたようだった。しばらくそうしていると、不意に個室のドアが開けられた。
黒髪でボサボサの髪の毛に、黒いTシャツの男の子。同年代くらいだろうか、ごく自然に入って来て、まるで当たり前のように向かいの座席に座った。
「よかった、ちゃんといた」
と、私の顔を見るなり言った。会った記憶はないのに、向こうは私のことを知っているのだろうかと思い、
「あたしのこと知ってるの?」
と聞いてみると、彼は
「やっぱり、わかんないか。ま、いいや」
と言っただけで、少し追求したけれどはぐらかされた。
しばらくの間、二人で話した。この列車が今宇宙の中を進んでいることを彼から聞いた。どうりであんなに星が多いわけだ。しばらく経って着ている服がいつもと違うことに気付いた。普段着ている服も黒いワンピースだから今まで気付かなかったのだろうが、それにしても今まで気にならないなんて意外と動転していたんだなあと思いながら向かいの彼にそのことを言うと、適当に笑って流された。その後はあまり喋ることもなく、二人ともじっと座っていた。
しばらくすると、車両がゆっくりとスピードを落とし、駅舎に入った。すすけた煉瓦の、いかにもな建物だ。ずっと座っていたせいで動かない足腰を引きずりながら、彼に連れられて駅舎の外に出ると、一気に目に飛び込んで来た景色に、はっと息を飲んだ。
星、星、星。地平線の際から頭の上まで、見たこともないような数の星が並んでいた。出発してしばらくの間はこれほどではなかったし、その後は彼がカーテンを閉めたので外が見えなかったのだ。
「ここは銀河の中心に近いから、こんなに星があるらしいよ」
そう、彼が前を向いたまま話しかけて来た。そのまましばらく、突っ立ったまま星を眺めていた。
駅舎の外には、一本の川が流れていた。川幅はそんなに無かったけれど、川原が広く、たくさんの人がいた。みんなあの列車に乗ってきたのだろうか、はしゃいでいる子供達もいれば、川原に寝そべって星を眺めている人もいる。その中で、魚でも捕っているのだろうか、川の真ん中で、ズボンを捲りもせずに網を振るう集団がいた。
「川の中に入ってるの、あんた達だけじゃない。そもそも、なんでそのまんまの服で川に入ってるの、濡れるんじゃない?」
「よく見ろよ、濡れるわけがねえじゃねえか」
そう言われて、おずおずと手を差し入れると……
「あれっ?」
川の表面は一見水のようにゆらゆらしていたが、よく見るとそれは何かもやもやした、虹色の煙のようなものがたゆたっているだけで、触っても濡れるどころか、手を突っ込んでも、なんの感触もなかった。
不思議なものだ。もういくつか聞きたくなったことはあったのだが、彼が
「もう汽車出るよー」
呼びに来たので、渋々その場を去った。…
「いろいろ不思議なもんだね。魚とかどうやって生きてるんだろ……。それにしても、この列車って、私たち以外にはどれくらい乗ってるんだろうね」
列車に戻ってしばらくしてから彼に聞くと、
「いろんなとこから来てるみたいだよ。 それこそあの世とか……」
「……死んだ後って場所にカウントしても良いの?って、あたし達は大丈夫なの?」
「大丈夫、僕たちは死んでないし、死ぬ予定もない。ただ、僕がちょびっと特殊で、なおかつ君を引っ張って来ちゃっただけ」
とのことで一安心、して良いのかなんなのか。この場所の謎はあまり解けていない。死ぬ死なないと言っても、普段暮らしてる場所じゃないし。流石に不安になって来て
「そろそろ帰りたいなぁ……」
と呟くと、
「じゃ、そろそろ返そうか」
「え、あんたにその権利あるの? じゃあ初めから言ってよ!」
と主張しても、笑って流される。こいつは本当に、人の話を流すのが上手いらしい。
「最後に一ついい?」
「何?」
「あたしとあんたの接点ってなんだったの?」
どう考えても心当たりがなかった。
「わかんないなら、もう別にいいよ。ただ、結構一緒にいたかな」
と言われ、わけがわからないまま、元の世界に私は戻された。
「んっ……」
目を覚ますと、植え込みのようなところに箒ごと突っ込んでいた。空を飛んでいてバランスを崩して落っこちて、頭がボーッとしているのは気絶していたのだろうか。お母さんにまた怒られる、と思いながら運良くかすり傷程度で済んだ怪我を確認すると、横で一緒に飛んでいた飼い猫のビビが鳴いた。とりあえず、彼の無事にほっと胸をなでおろし、
「帰るよー」
と急き立てる。
付いてくるオスの黒猫が、何か言いたげにニャーと一つ鳴いた。