プロローグ~前世・少年期 その2
僕は今まで幸せだと思っていた。たしかに友達はいなかったがイジメられてたわけではなかったし、逆に自分の好きなことが出来るので一人でも不自由ではなかった。それでも、休み時間に彼らの楽しそうな顔を見ると羨ましい気持ちはあった。自分もあんな顔してみたい。でも、激しい運動はお医者さんに禁止されている。日常生活に不便はないが今でも幼い頃からの体の弱さは改善されてなく激しい運動は控えるようにと言われている。
あの中に「混~ぜ~て」と言ったら皆は入れてくれるのだろうか?友達になってくれるのか?一人ではなく友達と休み時間一緒に笑えるのだろうか?
そんなことを考えながら決められた薬を飲みに水飲み場へ向かうのだった。
「ブラン、お座り!」
ブランと名付けられたこのミニチュアダックスフンドは頭がいい。主人でもある少年に命じられた意味を理解し実行する。まだ、生まれてから3ヶ月しか経っていないが目の前にいる人間を主人と認め信頼している。
「見て!ママ!ブラン、もうお座り出来たよ!」
僕は急いでママを呼びにいく!
「あら!凄いわね~。お兄ちゃんの教え方が良いのね」
僕も来年は中学生だ。本当ならこんなことで母親とキャッキャ言うのはおかしいのかもしれない。でも、今までの反動ともいうのだろうか。むしろ以前は親戚や先生に小学生にしては大人だね~と良く言われた。でも、今はとにかくブランと一緒に遊ぶことが楽しくて仕方ない。
ブランはまだお座りしている。その表情は「わたくしこの位は朝飯前ですわよ。」といわんばかりに得意気だ。
パパが昨日、犬の躾の本を買ってきてくれた。早速その本を読み込み躾を実行してみたのだが全く問題なく次々とクリアしていく。
待て
↓
お座り
↓
伏せ
この3つは一時間で覚えた。
そういえば、トイレやご飯もすぐに覚えたっけ。もしかすると、ブランは犬界の天才児かもしれない。
散歩に連れていった時も他の犬がワンワン吠えても全く相手にしていない。まるで、貴方達とはlevelが違うのよ!と言わんばかりに完全無視である。
極めつけは、僕が携帯電話を探していた時のことである。
なんと、ブランが玄関から持ってきたのである。
(あぁ、そういえば、昨日家の鍵と一緒に棚に置いたままだったっけ。ん???ブラン、あの高さの棚から携帯どうやってとってきたんだろう???)
携帯は唾液でベトベトになっていたが驚く賢さである。
犬の成長は人間とは比べ物にならないくらい早い。今が生後6ヶ月位だが人間で言えば9才位だそうだ。それでも、昔からこいつは賢いな~と思わされていた。いつもの散歩コースをブランと一緒に歩く。ブランは時々こちらを見ながらスタスタと横を歩く。前を歩かないだけで普通の犬とは違うんじゃないかと思ってしまう。
「おいっ!茂木!」
突然後ろから声を掛けられビクッとする。
そこにはクラスメイトの佐藤俊君がいた。
「あぁ。 どうも。」
突然の出来事にまだ胸がバクバクいっている。今まで出先でクラスメイトと遭遇することはあったが話しかけられることなんか一度も無かった。
「何やってんの?えっ?その犬、お前んちの???」
あっ!どうしよう!自分の犬って言ったらイジメられちゃうんじゃ・・・俺はなんとでもなるけど、ブランは守らなきゃ!
最悪、リードを離してもブランは賢いから家に一人でも帰ってこられる。先にブランを逃がして僕が佐藤君を引き留めれば!!
そんな事は考えていた時僕の横を佐藤君が通りすぎる。
しまった!ヤバイ!ブラン、逃げろ!
「可愛いなぁ~、お前~」
佐藤君はニコニコしながらブランを撫でている。
あれっ????
勘違いには理由がある。この佐藤君、クラスではリーダー的な存在だが自分勝手で暴力的な性格なのである。自分がこう思ったらこうしなきゃ気がすまないタイプで何かとクラスでも揉め事を起こすのだ。一見皆に嫌われるような性格なのだが何故だか佐藤君は人気者である。いつも、周りには男子と女子が数名いる。むしろ、一人でいるところを見たことが無い。常々自分とは真逆の人間だと思っていたのだ。だから、今回も何か嫌がらせされるのではないかと思ってしまったのだ。
「おいっ!茂木。こいつ飼ってるの?」
「あっ、うん。」
「名前は?」
「えっ?俺の?」
「カハッ!お前のじゃねーよ!お前は一彦だろ!お前、面白いな!天然かよっ!」
「あぁ。ごめん。こいつはブラン。まだ、飼って、3ヶ月しか経ってないんだ。」
佐藤君はまだ笑いが止まらない。
「へぇー、まだ小さいもんな。いいなぁ~。あっ!俺んちも犬飼ってるんだよ!もう、おじいちゃんだけど俺の生まれる前から家で飼ってるんだ。」
佐藤君は携帯電話で写真を見せてくる。大きなゴールデンレトリバーである。佐藤君もクラスでは大きい方だかこの犬は同じ位身長があるんじゃないか???
「なぁ!ブラン、写メっていい?」
返事をする前にすでに撮り始めている。
「あっ、あぁ、いいよ。」
すでに佐藤君は撮影に夢中だ。
ブランは佐藤君とこちらを交互に見ている。その顔は「ご主人様、この変な輩はなんですか?わたくし今、戸惑ってます!」という表情だ。
そのまま20分は立ち尽くしていただろうか。こいつ、何枚撮るんだよ!っていうくらいパチパチ撮っていた。
「あぁ~満足!まじ、お使いに出てきて良かったぁ~」
へぇー、こいつも家の手伝いとかするんだ。ブランは疲れた表情だ。
「いや、母ちゃんにすき焼きの卵買ってこいって言われてさ!あっ!やべー、早く、買っていかないと兄貴に殺される!わりー、茂木!俺、もう帰るな!」
いやいや、別に引き留めませんよ。僕もずいぶん前から帰りたかったんで・・・
「あっ!茂木、携帯持ってる?メアド交換しようぜ!」
えっ?
「あぁ。」
「ちょっと、携帯貸して!」
佐藤君はあっという間に僕の手から携帯を奪い自分のメアドを打ち込んでいる。
「んじゃ!またなっ!」
風のごとく去っていった。一体なんだったんだ。まだ、混乱しているがクラスメイトとまともに喋ったの初めてかも・・・・
はぁー、とため息をつく。ブランに目を向ける。
「帰ろうか。」
「クゥーン」
あっ、そうだ。来週から中学生だ。