『危篤』
あの日から俺は村の人達に勇者様と呼ばれるようになった。この世界での勇者というのは職業や称号ではなく立派な人=勇者様 位だそうだ。
とりあえず良かった。これから、お前は魔王を倒しに行くのだ、とか言われたらどうしようかと本気で焦った。
すでに村は冬に入りいつもの静けさを取り戻している。今年はとんだトラブルがあったが穀物は豊作だった為、ダークウルフ達に与えた分を差し引いても十分な食料は確保できていた。
俺は窓から外を覗く。辺りは一面雪で埋まりどこが道かもわからない。不意に子供の頃の事を思い出した。ママの事。パパの事。クリスマスの日の事。あの日、初めてブランにあった時の事。
今頃、ブランや俊くんはあっちの世界で転生しているのかな?次はどんな生き方をしているんだろうな。空を見上げてみる。雪はやむことなく降り続けていた。
アロンは農機具の手入れをしていた。
エリザは編み物を。横でイロスは眠っている。
リサは暖炉の前で本を読んでいた。
僕はリサの隣に座る。
「リサ、なんの本を読んでいるの?」
暖炉に薪をくべながら聞く。
「この本ね。村長様からお借りしたの」
俺は無表情になる。
「あのね。これ、魔法の本なの。どうすれば魔法使いになれるか書いてあるのよ。」
へぇ~、村長もたまには為になることをするんだな。ちょっと、貸してもらいパラパラっと見る。
俺も今ではこちらの本を読める位の知識は身に付いた。リサの教え方が良かったのもあるが比較的こちらの文字は簡単であった。
へぇ~、ヨーグルトの作り方ねぇ。
こっちは葡萄酒の作り方かぁ。
ん?次はアップルパイの作り方かぁ。
・・・・・・・・って、料理本じゃねーか!!!
やはり、あのババァろくなことしねーな。
ペラペラっと最後までめくり著者の名前を見る。
著者:ミリアム・フローリア
・・・・・・・村長の名前じゃねーか!!!!
あのババァ、どんだけ俺に突っ込ませれば気が済むんだよ!!!
俺はもはや、疲れ果てている。
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次の日は朝から雪掻きをしていた。
昨日降った雪はだいぶ積もっている。冬に入り運動不足だった為調度良い運動になっている。
アロンと二人で手分けしているが道を繋ぐまでで午前中いっぱいかかった。
「よしっ!休憩にしよう。」
俺とアロンは家に戻ろうとした。その時だった。遠くから俺達を呼ぶ声がする。
ガムルが雪をかき分けこちらへ向かってくる。
かなり、慌てた様子だ。
「どうしたんだ、ガムル!?」
アロンは慌ててガムルに駆け寄る。
「ハァハァハァ・・・、村長が冬虫病にかかられてしまった。」
アロンの顔が一気に青ざめた。
「なんだとっ!それは本当か?」
ガルムは息を切らしながら頷く。
「わかった。すぐに行こう。カノン、お前は先に家に帰っていてくれ。」
アロンはガルムと急いで村長の家へ向かった。
俺はすぐに家に引き返し慌てて扉を開けた。
「あら、どうしたのカノン君。そんなに慌てて。」
エリザがお手製のスープを作りながら尋ねる。
「村長様が冬虫病にかかられたそうです。」
バタンッ!!!
横で聞いていたリサが本を落とす。
リサの顔もアロンと同じように青ざめていた。
「うそっ!本当、カノン君?本当に冬虫病と言ったの??」
僕は頷く。
リサはその場に倒れ混む。
僕は慌ててリサに駆け寄る。
冬虫病:この世界独自の病気らしい。原因は不明だが魔力の高い者がかかりやすい病気だそうだ。冬の時期に発症しやすく全身に虫が這ったようなアザが見られる。驚くべきはその致死性である。3日以内の死亡率は99%だそうだ。幸いにもこの病気は伝染することはないそうだ。それでも確実な死が訪れるためこの世界の人々には恐れられているのである。
急いで俺とリサも村長の家に向かう。
すでに、村長の家には沢山の村人が駆けつけていた。順番に村人が家の中に入って行く。僕らは列に並びその時を待っていた。
リサはブルブル震えている。その震えは寒さからきているのではないとわかっていた。リサの腕のなかにはあの本が強く握り締められている。
やっと、順番が回ってきた。後ろにはまだ沢山の人達が並んでいる。どうやら近隣の村からも知らせを聞き集まっているらしい。
「村長様っ!」
リサが駆け寄る。
村長はそんなリサをを見つめ呟く
「どうしたんだい?リサ、そんな顔をするんじゃないよ。せっかくの美人が台無しじゃないかい。」
村長は泣いているリサの頬をそっと触る。
リサはその手を両手で握りしめる。
「いやっ!死なないで村長様・・・。」
村長はフッと笑う。
「何言ってるんだいこの子は。あたしがこんな事で死ぬわけあるかい。」
村長はリサに手を握られたまま俺の方を見る。
「勇者様、この子を離すんじゃないよ。何があってもこの子の事を守るんだ。わかったね?」
俺は頷く。
リサはそこから中々離れようとしなかったが村長の侍女に諭されようやく部屋から離れた。
リサは泣きながら家へ向かう。俺はリサの事を心配しながら寄り添う。帰り道の途中アロンとガルムが話している所に遭遇した。
「リサ、カノン。村長には会ってきたか?」
「はい、今さっき会ってきました。」
リサは黙って頷く。
「そうか。知っての通り冬虫病にかかってしまえば残された道は死だけだ。」
俺達は黙って聞いている。
アロンはガルムと目を合わせ、何かを決意したように頷く。
「だが、1つだけ治る可能性がある。」
リサはバッとアロンを見る。
「ここから北東に妖精の森と呼ばれる場所がある。そこに、どんな病気でも治してしまう【賢者の蜂蜜酒】というものがあるらしい。」
アロンはリサの頭を撫でる。
「俺とガルムは今からそこへ行こうと思う。村長は早くに両親が死んでしまった俺達の親代わりになってくれた人だ。こんな時しか恩を返す事が出来ないからな。」
アロンとガルムはガッチリ手を握る。
親か・・・・。俺は自分の親を思い出していた。何も親孝行せずに死んでしまった自分。今頃、残された二人はどんな気持ちで毎日を過ごしているのだろう。先に旅立つ親不孝な息子。
今、こんなに元気で生きているよと伝えられたらどんなに楽になるか・・・・・・・・。ふと、そんな事を考えてしまう。
「そこでなんだが・・・・」
アロンとガルムが俺を見つめる。
「その妖精の森って所にはどうやら魔獣が住み着いているらしいんだ。勿論、ダークウルフの様な危険な魔獣じゃあない。しかし、用心のためカノン、お前も付いてきてはくれないだろうか?」
二人は頼むと俺に頭を下げる。
リサは俺の腕を掴む。
「お願い、カノン君。村長さんを助けてあげて。」
この三人に頼まれて断る事なんか出来るわけなかった。




