『魔獣の王の誕生???』
・・・・よかったぁ~。助かったぁ~。
死なずにすんだぁ~。
背には魔獣の大群が待っている。魔獣達の視線は俺の背中に集中している。表情を読まれないよう振り返らない。
村へ近づくにつれ早足になる。
入り口では皆が口を開けてポカーンとしている。
(あっ!さっきの魔獣達と同じ顔してる。笑)
「・・・ただいまっ。」
何の返事もない。ただの屍のようだ。
「・・・・おっ!カッカノン!よく無事に帰ってきたな。いったい何があったというのだ。」
初めに口を開いたのはアロンであった。
そりゃそうだ。村人達が驚くのも無理はない。今までどんな魔獣だって目の前に人間がいれば襲ってきてたのだ。たとえ、人間を好んで食べる種族じゃなくても、とりあえず襲ってくるのが普通なのである。
この世界には有名な【おとぎ話】がある。
昔、昔あるところに幼い少女がいたそうだ。
少女は森で大きな卵を拾ったそうだ。
少女は毎晩暖め続け、遂に100日目に綺麗な魔物が産まれたそうだ。
少女の両親と兄、姉はすぐに捨ててこいと言ったが少女は隠れて育てることにしたそうだ。
最初の晩、少女の父親が消えたそうだ。
次の晩、少女の母親が消えたそうだ。
三日目の晩、少女の兄が消えたそうだ。
四日目の晩、少女の姉が消えたそうだ。
少女は寂しくなって、育てていた魔獣のところへ行ったそうだ。
魔獣は喜んで少女を迎えたそうだ。
そして、少女にこう言ったそうだ。
「やっと、お前を食べられる」
いつしかその家には誰もいなくなったそうだ。
この【おとぎ話】の教訓は決して人と魔獣は分かり合う事ができないということだ。
実際、この世界の何人かの研究者は魔獣を手なずけようと実験をしたそうだが、そのほとんどは食べられてしまったそうだ。この世界では魔獣は人間の敵なのである。
この時カノンはそこまで知ってはいなかった。必死でなんとかしようとした結果がこれだったのだから。本来であれば起こり得ない奇跡。それが今、この世界の辺境の村で起きた瞬間だった。
「訳は後で話します。皆さん、急いで今から言うものを用意してください!」
俺は皆に指示をする。30分程ですべてが集まった。
用意した物は決してこの村にとって安いものではない。しかし、カノンの話通りこれで魔獣が去ってくれるなら喜んで差し出す。
皆は佇んでカノンを見つめる。
「では、今からこれを魔獣のところへ持っていきましょう。皆さん、手伝って下さい。」
村人達は一斉にたじろぐ。お互いに顔を見合わせ怯えた顔をする。
「わかった。カノン。これをあそこまで運べばいいんだな。」
アロンが小麦の袋を両手に担ぐ。
続いてガムルも小麦の袋を両手に担ぐ。
俺も小麦の袋をひとつ持つ。
他の男達もしかたがないというような表情で羊を引っ張り始めた。
魔獣の前に着く。皆が急いで麦と羊をまとめて置く。
ダークウルフの群れはいつの間にか俺達を囲んでいた。
『言われた物は用意したぞ!さぁ、魔獣共よ立ち去れ!』
俺はすべてのダークウルフに聞こえるように叫ぶ。
すると、先程のギネと名乗るダークウルフが前に出る。
『感謝する、人の子よ。この恩は必ず返す。よければ名を教えてはもらえぬだろうか。』
俺は少し考えるが大丈夫だろうとそれに答える。
『俺の名はカノン。異世界の転生者にして魔獣の王(元ペットショップ店長)!!!』
そのとたん、全てのダークウルフがひれ伏す。
村人達はひとかたまりになりながらその様子にまたポカーンとなる。
ギネはようやく頭を上げる。
『さらばだ!カノン。人の子にして魔獣の王よ!』
ギネを先頭にダークウルフの群れは魔の山へ引き返していくのだった。
村人達はまだ固まっている。あの、アロンとガムルでさえも両手を握りしめあって動かない。
「あれっ?皆さん、終わりましたよ。」
俺が呟くと全員、腰がぬけたようにそのまましゃがみこんでしまった。




