『対峙』
目の前の魔獣は少しずつこちらの様子を伺いながら近づいてくる。70~80体はいるだろうか。昔、動物園で見た狼よりも一回り大きく毛並みは真っ黒である。違和感があるのは動物であるはずのその生き物達は、お互いに何かを確認しながらゆっくり、慎重に向かってきている。明らかに中央の個体はまわりの者より大きい。恐らくは群れのリーダーであろう。その魔獣を先頭に総統がとられているように見える。
右側にいた一匹が先走って向かって来ようとしている。
群れのリーダーはその一匹を強く睨んだ。睨まれた魔獣は耳を伏せ、すごすごと群れの中に後退りする。
こちらは俺を合わせて6人。
太っているのは道具屋の主人のマルコさん。手には大きな包丁を握っている。その表情は闘志に溢れているが包丁を持つ手は激しく震えていた。
眼鏡をかけたやせっぽっちの男はフッコさん。仕立て屋の主人だ。手にはハサミが握られている。彼はまともに、魔獣を見れずチラチラっと隠れながら様子を伺っている。
その息子、リヨン。彼もまた、眼鏡でやせっぽっちだ。リヨンは父親の背中に隠れ完全に目を閉じて震えている。
アロンの横には背が小さい男がいる。彼はアロンと同じ農家のガムルさんだ。背の高さは今の俺と同じくらいだが腕の太さは俺の3倍はある。髭もじゃでこの村には珍しく黒髪である。
「おい!カノン。よく勇気を出したな!立派だぞ!」
ガムルは俺の頭をくしゃくしゃに撫でる。
アロンが村のリーダーとするならばこの人が間違いなく副リーダーだろう。手にはよく使いこまれた鎌が握られており、その眼は優しく俺を見つめる。
正直、この戦力では勝つことは難しいだろう。だが、少しでも時間を稼ぐことができれば隣の村から応援が来るかもしれない。
本当のところそんな可能性は微塵も無いのだが・・・・、今はそれが最後の希望なのだ。
アロンが皆に話しかける。
「相手はダークウルフだ。わかっていると思うがやつらの牙と爪には充分気を付けてくれ。あいつらはとても素早いが、守りに徹すれば充分対応出来る。決して焦って攻めようとは考えないでくれ。今は少しでも時間を稼ぐんだ。」
みんなが一斉に頷く。
「・・・・フー。神のご加護を。」
男達は覚悟を決め物陰から正面に出ていく。
群れのリーダーが一番前に出てくる。
・・・・これが魔獣かっ。眼は赤く光り大きな牙と爪は不気味に輝いている。
・・・・本当にここで終わりだな。転生したがあっけなくゲームオーバーか・・・・。まっ、俺らしいと言えば俺らしいかな。
ただ、1つ心残りがある・・・・リサのことだ。
もし、ここで男達が死んでしまったらリサはどうなるのだろう。無事に逃げ切れるだろうか。
・・・いや、恐らく彼女もここで死んでいくだろう。
俺は彼女を守れなかったのか・・・・。
また、守れないのか・・・・。
同じ過ちを繰り返すのか・・・・。
不意に胸の奥で何かが熱くなる。
・・・・死なせるかっ!!!
俺は一人、魔獣の群れの前に歩き出す。
後ろで皆が俺に何かを叫んでる。
しかし、何を言っているのかはわからない。
今は目の前の魔獣共しか映らない。
どんどん魔獣の群れに近づいていく。ひときわ大きい魔獣のリーダーに向かって歩みを止めない。
魔獣とわずか、1メートルの距離に対峙する。
先程まで感じていた恐怖はすでに無くなっている。
俺は魔獣共を睨み付ける。
リーダー格の魔獣は表情を変えなかったが他の魔獣は一瞬たじろんだ。
来るなら来てみろ。
全滅とはいかないだろうが必ず4、5匹は道連れにしてやる。
俺の村に来たことを後悔させてやる!
俺は目の前の魔獣に殺気を向ける。
『・・・・・・・・このような子供でさえ、仲間を守ろうとするか。』
『・・・・我々は本当にこれで正しいのだろうか。』
どこからか声が聞こえる。
『・・・・仕方がないのだ。やらねば、我々が飢えを凌げぬのだ。せめて、せめて次の冬を乗り越えられる糧さえあればこのようなことはせずに済んだのだ・・・・。』
誰の声だ・・・???。周りを見回す。アロン達は未だ村の入り口を守っている。何かを叫んでるがここまでは届いていない。
誰だ???
ふと、目の前の魔獣と目が合う。
っ!こいつの声かっ!?????
説明は出来ないが今、たしかにこいつの声が聞こえていた。
この感覚。以前にも・・・・。
前回、死んだ時だ。あの時の声と同じ感覚なのだ。
『・・・・お前達、飢えているのか?』
目の前の魔獣のリーダーが驚いた様子でこちらを凝視する。
周りの魔獣はどこからか聞こえた声に一様に辺りを見回してる。
『・・・・今の言葉はお前か???』
魔獣のリーダーは俺に顔を近づけて来る。その距離30㎝。
『・・・そうだ。俺の言葉がわかるか?』
俺は更に顔を近づけるその距離15㎝。
更に驚いた様子でこちらを見る。
『なんと、人間が魔獣の言葉を語るとわ。』
やっと周りの魔獣も、今聞こえている声がこの人間からのものだと気付く。皆、口をポカーンと開けて驚いている。
『それで、どれくらいの食糧が欲しいんだ?』
ハッとして、魔獣のリーダーは答える。
『羊を5頭、いやっ、3頭でいい。あとは、麦を少し貰えればこの冬を乗り越えられる。』
俺はギロッと睨む。
『それを渡せば大人しく帰るのか?』
言葉に殺気を込める。
『あぁ。約束する。』
『裏切る可能性はっ!? その食糧を喰いきった後にまた村を襲うかもしれないだろっ!!!』
少し大声で威嚇する。
『・・・・そこは信じて欲しい。このようなことをするのも本意ではなかったのだ。』
『本当だなっ!?』
周りの魔獣にも睨み付け、威嚇する。
『約束する。この黒狼長ギネの名において。』
急に心臓が熱く、そして痛くなる。
一瞬で痛みは引いてく。
『・・・・わかった。その言葉、信じよう。少しここで待て。今、用意する』
俺は冷たい表情を崩さずその場を離れる。