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ワールド・ラスト・レター  作者: コンタクトレンズが似合わない人
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第一章3

 エラルド王国が一夜にして滅んだという情報は、周りの国々にもすぐに伝わり混乱が起こった。なかでもその王国の両隣に位置する二つの大国は直ちに調査を始めた。しかし生存者はおろか、証拠もほとんどが消えていたため、その国を滅ぼした原因は未だ不明のままであった。

 ただこの地方には、古くからこのような言い伝えがあった。


――《魔王》がこの世界に絶望したとき、終焉が訪れる――


 いつしか、全く掴めなかったエラルド王国の消滅の原因は《魔王》の仕業なのではないか、という噂が流れ始めた。

初めは単なる噂だったが、強い影響力を持っていた二つの大国は調査団が見つけたわずかな手がかりから実際に《魔王》が現れたと結論付け、《魔王》の討伐を全土に命令する。

 

 しかし、《魔王》が誰なのか、どこにいるのかは誰にも掴めておらず、《魔王》は、いまでもどこかを彷徨っているという。

 


△△△



「ええっと、さっきは本当に……ごめんなさい。ちょっと、魔物に追われてて……それで、あんたは? あんなところで何してたの?」


 レナは目線を合わせるような姿勢になって子供に話しかけた。

 子供はびくびくしながら、マントの下からそっとスケッチブックとペンを取り出した。そしてそれを開いて何かを書き込むと、顔を背けながら彼女にそれを向けた。

 レナがそれに顔を近づけて読んでみる。


『ごめんなさい』


真っ白な紙の中心にぽつんと書かれたその文字は、よく練習したかのような、さらに言えは道具か何かを使ったかのように癖のない丁寧な字だった。


「…………それくらい口で言いなさいよ……そうじゃなくって、名前を聞いてるんだけど?」

「ッ!」

 そのような意味のことが書かれているのに気付いたレナは子供に言った。彼女は普通に言ったつもりであったが子供は怒られたかのようにびくりと身体を震わせて縮こまった。

「え、いや、別に怒ったわけじゃないからね? だ、大丈夫だよ~そんなに怖がらなくっても~……」

「わー。レナちゃん泣っかっせたー」

「ちょっと黙ってなさいよあんたは!」

「…………」


 子供は少し目線をあげ、レナの背後に来たカモメのほうに向けた。カモメと目が合うと血の気が引き、急いでスケッチブックのページをめくってペンを走らせた。


『フィリアと申します。喋れないので筆談で失礼します。

ただの旅のものです。大丈夫なので気にしないで頂けたら幸いです。

大声を出されるのが苦手なので申し訳ありませんが静かにしていただけたら本当に助かります。   』


子供が次に見せてきた文章は、かなり丁寧で高度で、元々そこまで高い身分の出ではないレナがそれを読み解くのはすこし苦労した。


「…………ええっと……無駄に丁寧な言葉遣いね。書くのも読むのも大変だからこんなのはもっと簡単に書いたほうがいいでしょ?」

 レナが言うとフィリアは悲し気な顔をしてページをめくった。


『それだとあなたを傷つけます』


 フィリアはスケッチブックを盾のようにして顔を隠しながら、その文章を見せた。レナはため息をついてきっぱり言い放った。

「そんなのいいわよ。それよりもあたし、めんどくさいことは嫌いなの。こんなのは三文字以内に収めてしまいなさい」


『できません』

「できるわよ。やる前からあきらめない!」

『なら、「静かにしてください」ってどういえばいいのでしょうか?』

「簡単よ。『だまれ』。ほら、三文字」

 フィリアは困ったように首をかしげてからペンを走らせ、これでいいかレナに伺うようにそれを見せた。

『だまれ』

「はい。よくできました!」


「レナちゃんなに子供に変なこと教えてるの?」

カモメがあきれたようにレナに話しかけると、レナは振り向いて言い返す。

「いいじゃない。こんな言葉遣い、上級貴族ぐらいしか使わないんだから。むしろ旅人ならこれぐらいきっぱり言わないとやってられないわ」

「たかがまだ1か月ほどしか旅してないくせによく言うね~」

「1か月なら十分でしょ!? これでも初日よりはましになったんだからいつまでもバカにしないでよね!」

「別に馬鹿になんてしてないんだけどなあ~」

 レナとカモメがまた言い争いを始めたとき、フィリアはいそいそとその場を立ち去ろうとした。

「あ、そうそう、ねえ……えっとフィリア?」

 しかし、ちょうど背を向けたところでレナが振り向いてフィリアに話しかけた。フィリアは恐る恐る振り向いて様子を伺った。レナはその態度には大して気にも留めずこう続けた。

「あんたは、このあとどこに行くつもりなの? あたし、この先にあるステア町に行きたいんだけど、よかったら一緒に行かない?」

 フィリアにほんの少し驚愕が浮かび、すぐ表情が曇って目を逸らした。うつむいたままスケッチブックを取り出してペンを走らせ、彼女に言葉を見せる。


『遠慮しておきます』


「いや、そう言わずに。それに小さい女の子一人だと大変でしょう? まあ、私も女だけど、もう16歳だし、これでも一か月は旅の経験があるわ。魔物も……苦手だけど戦えなくもないし!」


フィリアは引かない彼女を困った顔で見てまた文章を見せる。

『ぼくも3年ほどは旅してます。だから大丈夫』

「……え」

 レナは、3年という自分よりも長い年月に固まる。

「そ、そんな……いまって……こんな小さい子供にまで『魔王探し』させるっていうの……? なんて世の中なの……」

 顔の血の気が引き、震え始めたレナを見て、フィリアが急いでページをめくって見せた。

『こう見えて、ぼくも16歳です』

「え」

『それと…男です、いちおう』

「…………え」


「レナちゃん? もしかして本気で彼が年下の女の子だとか思ってた?」

 固まったままのレナに、カモメが脇から話しかけると、レナが突然フィリアの両肩を掴んでまくし立てた。


「じゃあなおさら危ないわよ!! あんたが本当に男だっていうならせめて髪を短くしなさい!!」

「え?」

「ッ!?」


動揺するカモメとフィリアをよそにレナは一人で言いながら腰につけていたバッグを探り始める。

「女が男のふりして身を守るのは分かるわ。でも、逆は意図してやるようなもんじゃないわよ!? 女ってだけでなめられて狙われるなんて当たり前なの! それにそんな手入れのなってない髪だと女の利点も使えないわよ今ここで切る!」

レナがバッグから取り出した愛用の鋏と櫛がキラリと光った。フィリアは彼女の本気の眼を見て恐怖のあまり逃げ出そうとしたが、転んでしりもちをつく。

『あのだいじょうぶですかみとかどうでもいいのでそのあのすみませんごめんなさ』

彼がそのあとに見せたスケッチブックの文字は紙に収まりきらずガタガタに震えていた。

「ちょ、レナちゃん落ち着いて! 彼、怖がってるでしょーが!」

「ふふふふふふ思い知るがいいわ。これでもあたし、昔はお母さんやお兄ちゃんの髪を切る係だったんだから」

「うわやばいな、へんなスイッチ入ってる」

 いまのレナからはなにか凶悪な魔物のようなオーラが放たれていた。こうなったレナはもう髪を切らせるまで止まらない。そう察したカモメは諦めて手をあげ、フィリアに笑いかけた。

「フィリア君。そういうことだから、大人しくして切られてあげな」

「――ッ!!!??」


声なき悲鳴が森に響き渡った。




△△△


 二つの大国が魔王討伐命令を下しても、《魔王》は一向に見つからなかった。そのため皆、いつ《魔王》が再び現れて世界を滅ぼすのか、《魔王》がどこにいるのかもわからず、不安が募っていくばかりだった。

 見つからない《魔王》についに痺れが切れた大国の王達は、兵士たち以外にも《魔王》を探してもらえるように、世界中にこう伝えた。


《魔王》を見つけた者には、その者が望むものを与える。

《魔王》を見つけて倒し、《勇者》となった者は、後世までその栄誉を称えよう。


《魔王》たるただ一つの手がかりは、世界を滅ぼせるほどの巨大な魔力を持った、《魔人》であるということだ。

 世界を救うために、どうか戦ってくれ。

                              』




△△△



「完ッ璧だわ」


 レナが腕組みをして出来栄えを見てふふんと鼻を鳴らす。その一方でフィリアが、魂が抜けたように呆然と座り込んでいた。傍観者を決め込んでいたカモメが近づいてフィリアを軽く小突いてみるが、フィリアは反応しなかった。

「はは、ちょっとやりすぎちゃったかな」

「前髪だけは切らないであげただけましでしょう?」

 

 ぼさぼさで無造作に長く伸ばされていたフィリアの髪は、キレイにブラッシングされ、男でも違和感がないくらいに短く切られていた。しかし前髪だけは少しうつむけば隠れるくらいに長いままだ。彼女がフィリアの髪を切ろうとしたとき、彼が『ならせめて前髪だけは切らないでください』と強く要求してきたので渋々承諾して今に至るのだった。


「ほーら! いつまでぼさっとしてんの! もう終わったわよ!」

 レナがフィリアの背中を強く叩くとフィリアは反射的に立ち上がって気を付けの姿勢になった。

「はい。これで見てみなさい」

 レナが自分の小さな手鏡を彼に手渡す。フィリアはびくびくしながらそれを受け取って、恐る恐る自分を見て、その姿を瞳にうつすと驚いたように口を開けた。そしてほっ安心したような溜息をついて、手鏡を返してまたスケッチブックを彼女に見せた。


『ありがとうございました』


彼は、さっきまで髪を切ることを嫌がっていた様子だったが、今は心底感謝しているような表情を彼女に見せていた。レナにもその言葉が本心であることが分かり、彼に笑いかけながら言った。

「それくらい、わざわざ書かなくたって伝わったわよ」


 彼女のその言葉を聞いた時、彼はペンを持つ手をピクリと震わせた。

彼は少し嫌なことを思い出した。すぐにそれを振り払って、ペンを走らせる。


『では、ぼくはこれで』

「ってちょっとまちなさいよお!!」

「?」

 別れの言葉を見せて、すぐさま立ち去ろうとしたフィリアはレナに引き留められる。振り向いてみると、レナはきまりが悪そうに言った。

「あ、あのお……あんた……さっきのが本当なら、3年も旅してたのよね? 一人で」

 フィリアが頷いた。

「そ、そう……だったら、そのお……あの……もし、もしよかったら……よろし、ければぁ……」

「フィリア君。ほったらかしだった髪を切ってくれたお礼に、彼女のボディーガードになってくれないかな」

「ちょッっ!!?」

 レナが言おうとしていたことをカモメが笑顔で先回りした。

「いやね、レナちゃんさっきはあんなに粋がってたけど実際は道には迷って戦闘は逃げてばっかりのポンコツだし、こういう生活の知恵と技術くらいしかないポンコツだからさ、森一つ越えるのにもぼくの助力がないとできないポンコツなんだよねえ。しかもお金もないからぼくへの依頼のツケは溜まっていく一方で……」

「ポンコツポンコツ言い過ぎよあんた!」

「だからさあ、彼女の借金がたまらないためにもさ、とりあえず、この森を抜けるまでは、ね? お願いできないかな?」

 フィリアに歩み寄って肩に手を置き微笑むカモメに対して、フィリアは少し怯えたような、申し訳がないような眼を向け、彼にだけスケッチブックを見せた。

『だめです。彼女を傷つけるかもしれません』

カモメは依然笑顔のまま、彼の耳元で囁いた。

「その辺はきみも努力してよ。ま、もしそんなことがあったら


…………ころしてあげるから」


「――ッッ!」

 その殺気と憎悪に、寒気が駆け巡った。

 やっぱり彼はまだ、僕を許してなかった。

 彼への懺悔と恐怖で震え始めたフィリアに、先ほどの感情をまるでなかったかのように元の笑顔へ収めてカモメが続ける。

「それはそれでいいんじゃないかな? きみの望みだって叶えられるんだから」

 フィリアは沈黙した。手が震えて意思表示もできなかった。


 ごめんなさい。

 ただ一言をここで言えていたらどんなに楽だったのか。でも、声が出せたとしても、きっと言えないのだろう。伝わることもないのだろう。


 フィリアは、数秒沈黙した後、ゆっくりと頷いた。彼とは目を合わせることはできなかった。

「じゃあ、決まりだね」

 カモメがフィリアから手を放してレナに振り返った。

「え? いいの? ほんとに?」

 フィリアはレナのほうを向いてコクンと頷いた。彼女は満面の笑みで彼に言った。

「ありがとう。よろしくね。フィリア!」


 フィリアは彼女の笑顔を見て、ほんの少し悲しくなった。

 

 こんな笑顔なんて、僕の正体を知ったとたんに豹変してしまうのだろう。





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