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第二話 苦悩

正直、俺はあいつが嫌いや。

あいつーー御条ごじょうひさしは、おそらく中学のシニアリーグの同学年ではナンバーワン投手だろう。

ストレートは、最速140キロ、スライダーにカーブ、そして伝家の宝刀ともいわれている、スプリット。

もはや、高校生級の投手である。

そして、打力も怪物級で、中学三年間でホームランは32本も打っている。

でも‥‥あいつは俺をキャッチャーだと思ったことは一度もないやろう。ただの便利な的だと思っとる。

俺が、あの高校生級のスプリットとストレートを捕るために、どれだけ努力したか多分あいつは知らん。

バッティングセンターで140キロの球をホームベースより前で捕ったり、ワンバウンドする低めのスプリットを捕るために、ショートバウンドのボールをチームメイトに投げてもらったりもした。

東海道新幹線の田んぼばかりの車窓を眺めながら、俺ーー浪花なにわ史郎しろうはそんなことに考えを巡らせていた。

あいつにとって、俺はただの的なんか‥‥。俺は、そんな奴と甲子園を目指したいんか?

史郎は、今日その答えを探しに東京の神宮第二球場に向かっている。秋季東京都大会を観に行くためだ。

この間の、シニアリーグの全国大会優勝の甲斐あって、地元の強豪私立高校からも推薦は何校からかきていた。

大阪松陰おおさかしょういん理成社学院りせいしゃがくいんなど、甲子園常連校からもきていた。

しかし、一校だけ東京の私立の高校があった。

西多摩高校ーーどこかで耳に挟んだことはあるが、甲子園には出たことはないだろう。

どこで聞いたんやろか‥‥まぁええ、強いチームかは、自分の目で試合を観て確かめればええことや。

バックから、イヤホンを取り出し、窓辺に置いてあるスマホはめる。音楽アプリを起動させ、音楽を再生させる。

やっぱ、気分を上げるのはこれが一番や。

正直、そんなに賑やかな曲はあまり入っていないが、歌詞が気に入っている。かなり古い曲で、野球のチームメイトにも、中学校の友人にも、知っている人はかなり少ない。

イヤホンを両耳に挿すと、聞きなれた音楽が流れてくる。

知らぬ間に、目の前が真っ暗になっていた。


「間もなく、新横浜、新横浜です。お乗り換えのーー」

車掌のアナウンスが耳に入ってきたので目が覚めた。

右耳に手を添えると、右耳のイヤホンがとれていた。

電車が静かに停まる。しばらくすると、ドアの閉まった音がわずかに聞こえたかと思うと、電車が音も立てずに動き出す。

もう関東に入ったんか‥‥早いもんやの。

次が品川か‥‥そこで降りて、山手線に乗り換えて代々木で総武線に乗り換えて、ようやく信濃町に着くんやな。

確認のためにスマホで調べた。覚えられる自信が全くないので、そのページをブックマークした。

これで‥‥多分オーケーやな。

そんなことをしているうちに、「間もなく、品川、品川です」という車内アナウンスが聞こえてきた。

さて、じゃあ降りるか。身の周りを確認する。といっても、必要最低限の物を三角バックに詰めてきたから、それはすぐに終わった。席を離れてデッキへ向かう。

ホームに降り立つと、秋らしい風が頬を撫でる。

えーと、山手線は‥‥あっちやな。案外、冷静に案内板を見れば簡単に行けるもんやな。

山手線はすぐに来た。それに乗って代々木を目指す。

ビルやマンション、家だらけの車窓を眺めながらふと考えてみる。

これは逃げてるんやないんか? また御条の「おまけ」になるのが怖いだけやないんか? そこで、一流選手だと認められればええんやないか?

自問自答したが、答えはまだ見つからなかった。

しばらく山手線に揺られて、代々木に着いた。そこから総武線に乗り換える。少し電車に揺られると、信濃町に着いた。ホームに降り立つと、ちょうど向かいに逆方向の電車が到着し、少し生ぬるい風が頬を撫で、思わず目を細める。

階段を登り、改札を出るまではよかったが、そこから先の道が分からない。スマホで地図を見てもいまいち分からない。

まずいなぁ、どないせよ‥‥。

悩んでいると、柱に背中を預けている一人の女性が目に入ってきた。髪はショートヘアで、すらっとした長身だった。おそらく、170は越えているだろう。

だが、目に入ったのは、別にショートヘアで長身だからではない。右手に、高校野球の雑誌を持っていたからだ。

「あの、すんません」

話かけると、その女性は少し目を丸くして「はい‥‥」と返事をした。明らかに不信感を持たれている。

「神宮第二球場へはどう行けばええんですか?」

意識して表情を柔らかくする。

「えーと、どう説明すればいいかなぁ」女性は、しばし黙り込んでいたが、はっとした顔になり「じゃあ、私たちと一緒に行きます?」といった。

私たち? ということは、カップルか何かか?

そう思い「いえ、そういうことやったら俺は」と断ろうとしたが、女性は史郎の意図を理解したらしく、「いや、そういう相手じゃないんで」と失笑しながら言った。

「でも、仲のええ人といくんでしょう?」

「まぁ、幼馴染です」

「じゃあ、俺はこの‥‥」

「へんで」と史郎が言ったのと、女性が「あっ、翔大しょうた」といったのはほぼ同時だった。

翔大? 

おそらく、下の名前だろうが聞き覚えがある。

正直、よくいる名前だったがなぜか引っ掛かった。

誰やったかなぁ‥‥翔大‥‥翔大‥‥。

なぜ、こちらに向かって歩いてくる「ショウタ」にこんなにも固執しているのか、自分でも分からなかった。分からなかったが、何かが頭の隅に引っ掛かっていた。当の翔大は、こちらと女性を交互に見ながら、片方の眉を少し吊り上げている。

「ねぇ翔大、この人が神宮までの行き方が分からないんだって」

翔大と呼ばれた男性は、身長が175くらいあり、とても絞まった体つきをしていた。

ピッチャーをやらせたらいい球を放りそうやな。

ピッチャー? 翔大‥‥いくつかのパーツが頭の中で繋がった。

「あ! あんた、あんときのピッチャーやろ!」俺は、翔大を指差しながら続ける。「今年のシニア全国大会準々決勝でたたこうたチームのエースやろ?」

ショウタは、無言でこちらを三、四秒見ていたが、俺の問いには答えず「美佳みか行くぞ」と女性に言い、歩き出した。

もちろん、俺も二人に付いていく。

そのうち、美佳が隣に来て「翔大は、ちょっと人見知りなんですよ」と失笑した。目の前を翔大がスタスタと先に歩いていく。

「だから、さっきのは別に‥‥」そこまで言って、美佳は言葉に詰まった。「お名前何でしたっけ?」とにこやかに聞いてきた。

「あー、すんません。浪花です。浪花史郎。中三です」

「え! 奇遇ですね! 私たちも中三なんですよ」

美佳が、興奮したように目を大きくし、自分の鼻を指差す。美佳のショートヘアが少し揺れる。

「ほうやったんですか!」

史郎もつられるように目を大きくする。

「ちなみに私は服部はっとり美佳って言います」美佳が、微笑みながら頭をペコリと下げる。「あ、そうそう。話の続きですけど、さっきのは、別に浪花くんを無視した訳じゃなくて、ただ、初対面だから緊張して喋れないだけなんで、あんまり悪く思わないで下さいね」

そう言うと、美佳はまたにこやかな笑顔をこちらに見せた。

「あ、別にそんなことは気にしてないんで」

史郎も微笑みながら返す。

「ホントに? それなら良かったぁ」

美佳は安心したのか、今度は満面の笑みをこちらに見せた。

本当に明るい人だなぁ‥‥。

史郎は、美佳の笑顔を見ながらそんなことを思った。

「あんまり、余計なことはなすなよ‥‥」

前から翔大の声が飛んで来る。その顔にあまり表情はない。

「はいはい、分かりましたよー」相変わらずの笑顔で、軽い返事をする。それから、舌を唇の間から少し覗かせる。

はぁ、ったく。

そんな、ため息混じりの声が前から聞こえてきた。

機嫌が悪いんかなぁ?

そんな史郎の気持ちを察したように、美佳が小声で「いつも通りだから」と言ってくれた。

交差点で信号が赤になり、史郎は翔大の隣に自然と並ぶ。しばらく、無言のまま互いにただ前を見ている。

信号が青に変わる。周りの人の流れに合わせるように、二人は並んだまま歩く。

「‥‥あの、確認やけど、夏の全国大会の準々決勝の時のピッチャーやんなぁ?」

史郎は思いきって喋りかける。翔大は黙って頷く。

「俺、今、悩んでんねん」くっと片方の眉が吊り上がった。「大阪の高校に行くか‥‥西多摩に行くか」

「‥‥俺もだよ、強豪の私立に行くか、西多摩行くかで迷ってるんだよ」

「強豪の私立って?」

「ん? 東修、東京一、町大三」

「げっ、ホントに強豪ばっかりやな」

史郎はハハハと声を上げて笑う。

それからは色々と話した。史郎の推薦の来ている高校や、史郎が今悩んでいることについてなど、だ。

右側に、神宮外苑絵画館を見ながら、青空の下、秋風が二人の服を揺らした。ふと、風が昔の記憶を呼び起こした。

そうや、バッテリーってこういうもんや。信頼関係があり、互いに協力しチームを勝利に導く‥‥。

でも、あいつは中学に入って変わった。世間の注目を集めてから、自分のために、自分だけで投げていた。

だから、俺はあいつとは野球をやりたくない。チームの勝利を、ないがしろにするようなやつとはバッテリーは組めない。そんなやつとは、同じチームで野球をしたくない。

これは、俺のエゴかもしれない。だが、俺はこれまで散々ピッチャーのーー御条あいつのエゴに付き合ってきた。だから、こんどは俺のエゴに多少は付き合ってもらわへんと。

あいつを全国の舞台で倒したい。そんなエゴだ。

だから、唯一関西以外で推薦の話がきていた、西多摩高校の実力を見に来たのかもしれない。

さて、どないな実力かじっくり見させてもらおうやないか。それからでも、答えは遅くはないやろ。

頭の上には青空が広がっていた。雲が少し混じった、秋らしい青空が。

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