プロローグ 真夏のマウンド
はぁ、もう十五回裏か‥‥。
帽子を右手に持ち、右手の肘の辺りで額の汗を拭う。
夏の甲子園の日差しが、容赦なく照りつけてくる。
まだ、二死二塁だけどこの打者バッターなら絶対に抑えられる。自信があった。今日は、十回裏からのリリーフで余力が少しあるし、確かこのバッターは今日ノーヒットだったはずだ。
だけど油断はどんな時だって、どんな相手だって禁物だ。特に勝負事はそうだ。
「ツーアウトな、ツーアウトー」
内野から声が掛かる。二、三人は人差し指と小指を立てている。
「ここで切るぞー」
同じく人差し指と小指を立てて応える。
セットポジションになり、キャッチャーのサインを見る。
外角低めにスプリット。
軽く首を縦にふる。
左足を振り上げ、ボールを右手から押し出すようにして投げた。
ボールは、外角低めのストライクゾーンから、綺麗に落ちてキャッチャーのミットに収まった。
しかし、打者は微動だにしなかった。
不気味だ。もしかしたらこの打者は何か「持っている」かもしれない。なぜかそう思った。
そう思うと体が自然と硬くなった。
スリーボール、ツーストライクで投じた第六球目は、内角高めのストレートだった。渾身のストレートだった。だから、打者がバットを振りボールが打ち上がった瞬間、思わず雄叫びを上げた。
しかし、打球はショートの頭上にフラフラさまよい、ショートはそれを懸命に追っていた。
嘘だろ? 捕ってくれるよな?
そんな疑問を抱いだきながら捕手のカバーに向かう。
真夏の甲子園がざわめいた。
それが、一塁側アルプスの歓声か三塁側アルプスの歓声かは、グラウンドを振り返って初めて分かった。