帰還
それから、帰りはとても早かった。
危険など、無いにも等しい。
何体ものオークと遭遇したが、クレアとカークはいとも簡単に蹴散らしていった。
クレアの槍術は一瞬でオークの目を貫き、カークの蹴りはオークを突き破った。
二人とも、疲れも見せず、ティアナを手助けしながら進んでいく。
ティアナ自身も、二人の足でまといにならないようにと必死に着いて行った。
そうして西方国境の森を抜け、ティアナが行きに避けた山岳地帯へ入った。
この山岳地帯までくると、もうオークは全く居なかった。
ティアナも、こちらが近道なのは知っていたが、慣れない山越えなど、一人でするものではないと迂回したのだ。
初めはついていけるかとティアナも心配していたが、クレアとカークは何も言わずにティアナの進みやすい速度に自然と合わせてくれていた。
クレアが心配症なのは元からだが、カークも気立てがよく、ティアナの少しの息の乱れも見逃さなかった。
おそらくカークは、少しの表情の変化からでも他人の気持ちを汲み取れるほど頭の良い人物なのだ。
日が傾き、辺りがオレンジ色に染まる頃、
「そろそろこの辺で休みましょうか」
とクレアが言った。
木に囲まれた地面に火を焚き、岩を背もたれにしながら、三人は座って休んだ。
日が完全に暮れる頃には、既に疲れ果てていたティアナの意識はなく、岩にもたれ掛かってぐらぐらと安定しないティアナの体を、カークはそっと自分の外套を敷いた地面へ寝かせた。
ティアナが眠ったことで、二人の気も緩んだのか、クレアとカークは疲れ果てた表情で燃える炎を見つめた。
「…カーク、色々気を配ってくれてありがとう。もう休んで大丈夫だよ。俺が火は見てるから」
「……。すいませんクレア将軍。どう頑張っても、俺は今寝れないですよ。瞼を閉じれば、どうしたって仲間が死ぬ光景が浮かんできてしまう。クレア将軍が先に寝てください。」
クレアは、カークのやつれた顔と、多くの生傷を見てから、カークに向かって頭を下げた。
「本当に、すまなかった。俺があの窪みの調査をするために残るなどと言わなければ、誰も死ななかったのに」
「…クレア将軍のせいじゃないですよ。それに、あんたが居ても、死人は出ていたでしょう。」
「出さないよ。絶対に。」
確信じみたクレアの言葉に、カークは苦笑いをした。
「俺はあんたのそういう所が嫌いです。まるで未来が見えてるかのように確信を持って主張するところ。それでそれを全部現実にするところがタチが悪い。」
カークはそこまで言って、大きなため息をつく。
「本当に、あの場にいたのが俺でなくクレア将軍だったら、全員の命を救えていたのでしょうね」
何だかんだと悪態をついたって、カークは実際クレアのことを認めているのだ。
「……カーク。俺はカークに、言って置かなければならないことがあるんだ。」
クレアは、重苦しい空気を打ち破り、そう切り出した。
「なんですか? 愛の告白でもする気ですか? やめてくださいよ気色悪い。」
「…俺は真面目な話をしてるんだ」
「…そうですね。タリアンが死んだことなら、分かっていますよ。」
「…!?」
カークには、クレアの言いたいことは読めていた。クレアがティアナが城を抜け出してきた理由を話した時からだった。
「あんた、嘘をつくのが苦手な癖に、タリアンがまだ生きているなんて大嘘つくなんて、馬鹿ですね。」
「な…なんで知って…」
「クレア将軍、嘘をつく時、一瞬目を細めますよね。罪悪感でいっぱいっていう目で。わかりやす過ぎですよ。それに、そんな風に将軍が部下のことを思って嘘をついてくれているんです。俺が冷静にならないわけにはいかないじゃないですか。」
「……」
すべて見透かされていたクレアは、小さく肩をすぼめた。
「…すまない。」
「もう謝らないでください。帰ったら、タリアンに会いに行きましょう。」
「…あぁ。」
カークは、自分が助けたたった一人の仲間が死んだと知っても、将軍の気持ちを汲んで、何も言わなかった。
表情にも出さなかった。
それは、将軍の息子という嫌でもお硬くならざる負えない地位の賜物であった。
一方でのクレアは、なんと情けないことだろうと自分で思う。
まさか部下であるカークにすべてを見透かされ、そしてなだめられてしまうとは。
そんな裏表のないクレアだから、後に多くの者が信頼し着いていけるような大将軍となるのだが、そんなことは、今の彼が知る由もないのである。
それぞれの想いを抱えたまま、結局二人は夜が明けるまで一睡もすることは無かった。
そしてその日の、日が傾き始める前までに、三人はカトランガの城門前に並んで立っていた。




