少年神官の出会い
僕は、孤児であった。
教会の前に捨てられ、神父に拾われ、信仰に振れて育った僕は当たり前のようにその道を目指した。
僕は書物を読み解く事が好きであった。
僕の務める神殿《フウレイ神殿》と呼ばれる風の女神を祭る神殿は何千年も前から存在する歴史ある神殿であり、その書物庫には古代文字で書かれた書物が眠っていた。
古代文字の勉強をしていた僕は、それを読み解くことも仕事としていた。
何より、自分たちが信仰すべき神の事を詳しく知る事は神に信仰をささげる身としては、重要な事であったから。
そして僕は古い文献を読み解くうちに、様々な疑問が湧いてきた。
そもそもこの神殿、《フウレイ神殿》はその名の通り風の女神フウレイを祭る神殿なわけだが、この神殿が凡そ八百年前に改名している事が分かった。改名前の神殿の名前は《ウィーン神殿》。
そして古い文献には、本当に突然風の女神フウレイが姿を現していた。なら、その前はこの神殿は何を祭っていたのだろうか。何千年も前からこの神殿は存在するというのに、それまでは、どうだったのか。僕が幾ら古い文献を読み解いても、その存在が確認できなかった。唯一確認できた文献では名前が塗りつぶされていた。
それから僕はもしかしたら忘れ去られた神が存在するのではないかと、神殿の古い文献だけではなく、様々な場所に顔を出して、古い文献を探し求めた。
そこで、昔は神々が人の世界によく顔を出していた事をありありと理解する。古代では神々は人に近いもので、人に加護を与え、人と言葉を交わしたのだという。ならば、何故人の前に神は姿を現さないのだろうか。―――神殿の最高神官たちは「私たちの信仰が足らずに姿を隠してしまったのだ」などとのたまっているが、僕はそれを信じていなかった。神が姿を現してくれるなら喜ばしい事だが、何だか嫌な予感がして、必死に古い文献を調べた。
そして、そうして様々な場所へと顔を出していた中で奇妙な三人組に出会った。
「むー。なんか凄い嫌だ」
「もう、どうしてそんなに不機嫌そうなの?」
「だってお母さんの事皆忘れているんだもん!!」
不満そうな声を上げる美しい少女と踊り子の少女と、二人の少女を見て微笑んでいる一人の女性。
不機嫌そうな顔を浮かべている美しい少女は何処までも神秘的で、言葉に表せないほどの何かを持ち合わせていた。真っ赤な髪と、緑の瞳を持ち、その恰好は何処かその場で浮いていた。
「確かこのあたりには《ウィーン神殿》があったものね。今は名前が変わっているみたいだけど」
僕は女性がそんな言葉を言ったのを聞いて、思わず耳を疑ってしまった。
どうしてこんな少女がそんな僕が最近になって知りえた情報を知っているのだろうと。もしかしたら僕が知りたい答えを知っているのではないか、そんな風にさえ思えて。
僕は居てもたってもいられなくて。思わず、話しかけた。
「あ、あの!」と声をかけ、怪訝そうな顔をされたけれど、聞いた。どうして、《ウィーン神殿》の名を知っているかと。
そうしたら何処までも美しい少女は、殺気立った。恐ろしいほどの雰囲気を、漂わせてこちらをにらみつけていた。
僕は、目の前の存在が、人間だと思えなかった。別の何かのように思えた。にらまれただけで、動けなかった。どうしようもないほどに恐ろしかった。
「こらこら、フィートやめなさい」
「だって、お母さん!」
女性にたしなめられ、少女は文句を言いながらも殺気を抑える。それにほっとした。
「貴方はどうして《ウィーン神殿》の名を知っているの?」
そして女性は、僕に向かって問いかけた。僕はそれに対して正直に答えた。何だか正直に答えなければならない気がしたから。そして僕が答えれば、僕の知りたい事を教えてもらえると思ったから。
女性は、僕の言葉に笑った。何処か嬉しそうに、微笑む女性から僕は目をそらせなかった。
「―――貴方は、真実を知っても後悔しない?」
「はい、僕はどんな真実だって、知りたいです」
女性の問いに僕は頷いた。やっぱりこの人たちは何かを知っているらしい。そしてその言葉は、僕を騙すための言葉にはとてもじゃないけど思えなかった。彼女たちが、嘘をついていない事がなんとなくわかった。
もう一人の踊り子の少女は、何もしゃべることなく僕らの会話を聞いていた。
そして、その女性の語った言葉は僕にとって衝撃だった。
元々《ウィーン神殿》は女神フウレイを祭る神殿ではなく、何百年も前に信仰されていた風の女神ウィントを祭る神殿だったということ。
およそ八百年前に風の女神ウィントは、とある女神に謀られ、長い眠りについたこと。
その女神の手により、ウィントの存在が消されてしまったこと。
そしてその女神に夢中になり、神としての仕事を放棄した他の神々は人間界に姿を現さなくなった事。
現実味のない話が語られる。女性の口から語られるのは、僕がずっと知りたかったことだ。嘘、だとは思えなかった。女性の雰囲気が、そう思わせてくれなかった。
でも本当にそれが真実だとすれば、僕らは本来信仰すべき女神様を忘れてしまっている事になる。
それともう一つ気になることがあった。
「――――どうしてあなたたちはそれを知っているのですか」
そう問いかければ、美しい少女と女性は言いよどんだ。
そこで、はじめて踊り子の少女が口を開いた。
踊り子から紡がれた言葉は、僕にとって衝撃的な言葉であった。
「―――このお方は、貴方たちの崇拝する忘れられし風の女神ウィント。そしてこちらのお方は風の女神ウィントと火の神フランの娘、風と火の女神フィート」
目の前に居る人間と変わらない存在が、神なのだと踊り子は告げた。
正直理解しがたかった。だけれども、どうしてもそれが嘘だとは思えなかった。
例え嘘だったとしてもこの人外じみた美しさを持つこの人たちの望むようにしたいとさえ思ってしまった。
だから僕は、その話が本当ならば手伝う事はないかとそう問いかけた。
そして僕は忘れられし風の女神ウィントの伝令者となった。
――――少年神官の出会い。
(その出会いが、少年神官の人生を変えた)