06、異世界転世、一回目決着
ただいま、賢者タイム中。
隣で生々しい様子が見えてるけど、気にしないように。
「ねえ、フォウさん」
「はい」
「異世界転世から三日で、あらかたのイレギュラーは片付いたように思うんだけど」
「そうですね。
余計だったものをゼロにしただけですから、これからスタートですね」
そう言われると、そうか。
厄介事というよりは、こっちの戦力確保アンド嫁探しみたいな事やってたしな。
それじゃあ、こういうことか「長いチュートリアルでしたね!!」とでも言っておくべきか。
うわー、ヌルいゲームの最終盤を迎えてる気分だったのが、鬼畜ゲーのトレーニングで、やる気が失せる直前な気分に、真っ逆さまだよ。
でも、現実問題として、積みゲーには出来ないので、それは頑張るとして。
「それで、勇者くん、どうしよう」
肝心要の用件ですよね。
あちらさん、ちら見した感じでは、普通に小学生の男の子。
ただ、百足の胴体にいきなり斬りつけるとか、神社に突撃かましてきたりとか、八重さんにストーキングするとか、行動力というか勇者業へのこだわりが半端ない。
あれ? 学校は、ちゃんと行ってんのか?
「なんか、関わりあうのが凄い怖いんだけど」
「なら、後ろから、毒矢でも打ちますか?」
なるほど、それなら!! じゃなくて。
流石に、ちょっとそれは。
お巡りさんに、厄介になるのは拙いです。
「ん?」
表のドアにノックの音。
こんな時間といっても、昼前か。
それでも、連絡なしで直に此処に来る知り合いとか、自慢じゃないけど、ほぼ居ないんだが。
またNHKか? うちは受信料払ってるって言ってんだろ!!
近所がケーブル加入する度に、確認に来やがって、何か毎回違う業者が来るんで、ちゃんと確認して、何度も来ないで下さいっつっても「いえ、状況が変わってる場合もありますから!!」って、態々此方から申し込んでる、奇特なユーザーくらい信用しろよ!!
ああ、ちょっと、毒が漏れた。
で、結局は誰が来た?
「はーい、どなたさん?」
「…………」
返事はない。
まさか、聖書広めに来た、親子連れか?
あなたの幸せの為にって言葉を聞く度に、子供さんにオヤツ上げて、貴方の幸せの為にって声を掛けてあげたくなるんだけど。
あれは地味に心にくるんで、できれば来ないで下さい。
って、またノックしてくんのかよ。
ガマンしないやつだな!!
「はいはい、誰ですか? 今開けますよ」
と、ふと部屋に視線が。
乱れた寝床だったり、露わな肌色が転がってたり。
いやいや、駄目じゃん。
片付けないと、窓開けて、布団片付けて……お前ら、起きて消えろ!!
「兄ちゃん、ひどいぃ、動けないのは兄ちゃんのせいなのにぃ」
「あははぁはは、流石に、お姉さんも動けないかなぁ」
「ふわぁ、一哉様の匂いがすぅ~ZZZZ」
「お日様が、あたたかぃ~ZZZZZ」
ああー駄目だ、全体的にダメだ、特に変温動物が駄目すぎる。
「すいません、ちょっと今は出られないんで、後にして貰っても良いですか」
無言で、ノックが酷くなった。
だから、今忙しいつってんだろ。
「あの、カズヤさん、表には誰の気配もありません。
もしかすると隠蔽が掛けられているかもしれません」
へー、マジですか?
そんな真似するやつ、心当たりが確定じゃないですかー。
なんで、ここがバレてんだよ。
くっそ、そうと判ってたら、居留守使いたかったぜ。
でも、返事しちゃったしな……八重さん、此処に来るとき、付けられてたんじゃ?
「あー、ごめんなさい。
買い物して、ご飯ノリノリで作ってたから、確実とはいえないかしら」
かしらーじゃないよ。
もう……あー、ノックが蹴り入れてるみたいに。
「はいはい、今から開けますよ―」
こうなったら、誤魔化して帰って貰おう。
部屋を見られないように、ドアチェーン掛けて、少しだけドアを開けて。
そしたら、目の前に刀が突き出されていた。
わーい、綺麗な刃紋ですね。
じゃねーよ、刺さったらどうしてくれる。
「何しやがる」
ドアから離れて、部屋に一歩下がる。
「いや、そこは我慢して、うわ~とか悲鳴でも、あげるべきだったのでは?」
あ、しまった。
「見えるんだよね、この刀が」
ドアチェーン、鎖に刃をなぞらせるだけで、切り落としやがった。
「おう、そんな凶器が目に入らなかったら、そりゃ腐ってんじゃねーか?」
「普通は見えないんだよ。 だからさ、おじさん、何?」
お、おじさん!?
…………OTL
『兄ちゃん、ガンバ』
『一哉様、お気を確かに』
『まだまだピチピチですわ―』
『一哉くんは、ビンビンだよ―』
『性癖はオッサン臭いですが』
くそ、援護に殺意の混じった、フレンドリー・ファイアが飛んできやがる。
「そっちこそ、何者だってんだよ……人んちのドア壊しやがって。
まさかとは思うけどな、人んちのタンス開けて、小銭盗む勇者ごっことかじゃないだろうな!!」
「僕は本物だよ!! 」
ビックリした。
けど、リアルで勇者宣言とか聞かされても、笑うしか出来ない。
挙げられる称号が「ある意味で勇者」しか無い現実。
「急に大声上げるなよ、近所迷惑だ。 壁薄いんだぞ」
あと、土足で家に上がるな。
「もう一回聞くよ、オジサンは何者?」
なんで、こんな危ない奴が勇者なんだよ。
ちんちくりんの、俺の半分生きてないようなガキに、刀向けられて脅されてるとか、泣けてくるぜ。
あーあ、目が釣り上がってやがる。
「あー、はいはい。
表札見ろよ、習ってない漢字だったか?
きしまぎ、ってんだよ。 で、なまえは、かずや。 判ったか?」
「そんな事じゃない!!」
丁寧に教えてやったのに、土足で人んちを地団駄とか……親の顔が見たいわ。
「僕は勇者なんだよ。 それで化け物は、やっつけないといけないんだ。
だから、オジサンが人間かどうかって、聞いてるんだよ」
「くそ、判ったよ。 言いたくなかったっていうか、自分で言うのは恥ずかしいんだよ。
ああ、俺も勇者なんだよ。 判ったか? 判ったら、さっさと家に帰れ」
うわー、自分で言ってて、気持ち悪いわ。
「嘘だ!!」
うわー、殺人事件起こりまくりそうな、蝉の鳴き声が聞こえた気がするわ。
「黒要」
右手に黒鉄の釘を出す。
槍のように構えて、目の前の勇者くんを牽制する。
「とりあえず出てけよ。
勇者さんは他人の家に土足で上がり込んで、他人のヒロインの裸覗いて回るのが仕事かよ」
「むっ!!」
むっ、じゃないよ。
「表で待ってる」
それだけ言って出て行った。
あーぁ、足跡が……床を拭かないと。
それにしても、難儀な奴だなぁ。
勇者って、あんな奴ばっかりだと、本気で今後の付き合いというか対応策が、アサシンばりの後ろから弓矢一択になってくるんですが。
「ま、それでも、皆の気配に気付かれなくて良かった。
あいつも、意外と余裕がなかったのかな?」
「カズヤさんが、それだけ怪しかったんでしょうね」
うるさいやい!!
しかし、どうしようか? 表で待たれてもなぁ。
でも、放っといたり、逃げても無駄なんだろうなぁ。
やりあうにしても、頼りの皆さんは腰が抜けてる。
「自業自と「判ってるから、突っ込むのやめて」いえ、むしろ突っ込んだのは、そ「それ以上いけないよ、フォウさん」
本当にどうしよう。
あいつ、こうしてる間にも、堪忍袋切れそうになってるだろうな。
「とりあえず、出向くしか無いか」
「殴り合いで友情を?」
「いや、相手小学生だし、殴り合ったら俺が捕まるし」
だいたい、あいつが相手だと斬り合う事になるよ、きっと。
「一つ情報を、あの勇者が持っている刀ですが、銘を蜘蛛切と呼ばわっていましたね。
とすると、中二的なメタ推測ですが……」
「あ、そういや、あっても不思議じゃないな」
……
……
…………
「よう、待たせたな」
スウェットにジャージの下。
寝巻き一歩手前の格好に、右手に長さ二メートルの黒鉄の封印釘『黒要』
左手に、数珠『宿星水滸』
そんな格好で、勇者の前に挑んだ。
場所は、アパート近くの駐車場の空き地。
「遅いよ」
「そう言うな、大人はそれなりに忙しい」
「昼まで家で寝てるくせに」
「今日は休みなんだ、そっちこそ創立記念日か?」
「うるさいよ、正義の為には学校なんか」
痛いとこ突いたらしい。
目つきが厳しくなって、右手に握っている刀『蜘蛛切』が、かすかに震えている。
「それで、どうするつもりだ?」
「試してあげるよ。 バケモノなら切ったら死ぬし、勇者だったら切っても死なない」
「マジかよ……物理的に物を壊してた気がするんだけど」
って、容赦は無かった。
両手で握って大上段、駐車場の砂利をけって、一直線に突っ込んでくる。
右手を振って、槍のリーチで横に払う。
すると刀の目標を、俺のドタマから槍に変えて、払う途中で縦に叩き落とされた。
火花が散る。 が、両者の武器には、ダメージは無かったようだ。
間合いが開く、そして再度の大上段。
「刃くらい欠けろよ、可愛げのない武器だな」
黒要を手元に引く。
下手にリーチを稼いでも、何か力で負けそうな嫌な現実。
数珠の水滸で縛っても、切り裂かれそうな予感もする。
「それなら」
数珠を握りつぶす。
バラバラにした、珠を個別に浮かせるイメージ。
一定範囲に散らばったそれを一軍として、左の手のひらで操作。
勇者のガキに叩きつける。
「範囲攻撃だ!!」
散弾のような流星雨のような、日に輝く水晶の一群が小さな体に襲いかかる、バラけているとはいえ、水晶の範囲は対象をすり抜けるほどには密度は薄くない。
一度、反転して二度。
素早い移動で、攻撃範囲から抜けだそうとするが、大雑把な感覚で良ければ、認識より反射で動かす此方のほうが早い。
咄嗟に間違えても、すぐに追いつける。
勇者くんは、顔を腕でかばいつつも何かを狙っているように、此方を睨めつけているが。
「よーし、お兄さん、顔面狙っちゃうぞ―」
サイドを叩くように、何度か手首をスナップ。
流星雨が、左右に往復し、側面を雨のように叩く。
その左右の攻撃を防ぐ為に、顔を守る腕のガードが少し開いた。
さらには、左右の視界も防がれて、星が下面に移動するのが見えていない。
そこに下から正面を撃ちぬく、アッパーカット。
俯いている場所を真下からの不意打ち攻撃、密度を狭めた塊の一撃に、顔が弾けるように上を向いた。
「貰った!!」
攻撃に回していた数珠の水晶球を連結、勇者くんの右腕を縛る。
そして両手で構えた黒要を、思い切り振り被ってフルスイング。
甲高い破砕音と、耳に残る高周波。
何かの悲鳴じみたそれが収まると、勇者くんの手から離れた刀の柄と、その傍らに突き立つ刃先の部分が、武器破壊の成功を示していた。
「切れ味はともかく、頑丈さはこっちのが上だったな」
水滸を戻し、余裕を見せつつ、警戒はのこす。
「くそ、くそっ、くっっっそーーーーー!!」
先程までの、殺気を溢れさせた危ないやつから、いきなり駄々っ子に変化した。
その小さい拳を振り回しながら突っかかってくる様子に、その落差に、警戒を続けるのは無用だったかと、気が抜けかけた所で、背筋に氷水ぶっかけられたような寒気が襲った。
駆け寄ってくるその手に、先程失ったはずの凶器が握られていた。
いや、先ほどへし折った刀の残骸は、傍らに落ちている。
「死ねよ!!」
どこが勇者だと言わんばかりの笑顔。
邪笑というべきそれを浮かべて、手の内の凶器を突き込んでくる。
距離にして一メートル、あと一歩で、此方に届く。
「芝居かよ」
思わず顔が引きつる。
芝居をやめたのは、間合いを潰しきったと考えたからだろう。
確実な殺害圏内に入ったと確信したからこその、殺意だったんだろうが。
「中二病患者なめんな。有名所の名刀・妖刀、それくらい網羅してるんだよ」
その刀は、俺の腹5センチ前で止まっていた。
蜘蛛切、またの名を吠丸であり薄緑。
そして膝丸である名刀。
と言うよりは、自我でも持ってそうな逸話を持つ代物。
そして、その刀と並べて語られるのが、鬼切であり友切、そして……髭切。
此方は蜘蛛切である膝丸に輪をかけて、強い自我を持っていると思わせる難物。
それは名刀というよりは妖刀と言っていい逸話を持つからだ。
なんせ、持ち主を守る事をする蜘蛛切と違い、下手をすると持ち主に牙を剥く。
同僚が少し長いと実力行使、それを揶揄された友切と名を付けられると、拗ねて力を発揮せず、持ち主の家を滅ぼしかねない原因に。
そんな代物故に普段は使わないんだろうが……。
「二本あるだろうと読んでいれば、その腕を押さえるのは難しくない」
勇者くんの両手には、数珠が絡みつき、動きを封じている。
無論の事、刀も動かない。
正直、飛んできたらどうしようかと、今頃気がついた。
でも。
「これで終わりだ」
俺は再び黒要を振り上げ、絶望の眼差しで此方を見上げてくる勇者くんの目の前で、それを叩き折った。
折れた残骸は、纏めて水滸で縛っておく。
いきなり復活されたりしたら、怖いからな。
下手に勇者くんに返したら、絶対復活するに決まってる。
「さて、これで俺が本物だって、判ったか?」
「嘘だ……嘘だ……」
ブツブツ呟いている、勇者くん。
なんか、折れちゃいけない所が折れちゃったか?
フォロー入れとかないと、記憶をどうにかしても、生活に差し障りそうだな。
記憶云々は、八重さんが薬で何とか出来そうだし。
「なんで、負けたか判るか?」
「え?」
おずおずと見上げてくる勇者くん、気弱気になった顔は歳相応に見える。
「お前も勇者、俺も勇者、でも差が付いた」
「なんでなの?」
ふっふっふ、それはだな。
「おまえは、他所の世界を救ってきたんだろ」
「うん」
微かに頷く勇者くん。
「つまり、お前が守るべきはその世界だ。
そして、俺の守るべきは此処……つまり、俺は現世の、この世界の勇者ってことだ。
だから、お前より早く化け物をやっつけたし、お前にも勝てる」
「……本当に勇者だったんだ」
今更に納得されても嬉しくないよ。
「お前は、また異世界から救いを求められるまで休んでろ。
此処の事は俺に任せておくんだな」
「うん」
勇者くんは、素直に頷いた。
それじゃあ、そろそろ。
八重さんは、腰が立ちましたか?
「何とかね」
いきなり姿を現した八重さんは、背後から勇者くんの口を布で抑えていた。
どう見ても子供を攫う悪い組織の人ですね。
そのまま、駐車場の隅に座らせて放置。
なんでも数分で気付くが、この一週間くらいのことは、記憶からスッ飛ぶらしい。
細かい調節をして、効かないよりはいいだろうということだが、恐ろしい話しである。
「さて、これで変異は終わりかな?」
「それを封印すれば、なんとか終息するでしょう」
フォウさんが現れて、水滸に縛られて纏められてる、刀の残骸を見やる。
「封印ねえ。 なんか良い方法ある?」
此処には、話を振る相手が、八重さんしか居ないわけだが。
「そうねえ、私と蛇で押入れにでも結界を張って、隔離して放り込んどくしか無いんじゃないかしらね」
「そうですね、下手に勇者に感づかれても、戻られても困りますし」
「それじゃあ、任せる」
俺は帰って寝直すかね。
「そうね、寒くなってきたから、もう一回お風呂入らなきゃ」
そんな八重さんの格好は、俺のTシャツにトランクス、あとはサンダルをつっかけてるだけ。
そりゃ寒いわ。
俺は腕に抱きついて来た八重さんをそのままに、アパートの部屋に戻った。
まぁ、腕組んでるのを見せつける八重さん共々、留守番連中のブーイングで出迎えられたが、今の気分は悪くないので余裕で流せる。
今日の残りは、のんびり付き合うことにしよう。
「あーぁ、憑かれる三日だったわ」
「35点」
「兄ちゃんにしては頑張ってる45点」
「わ、わたくしは好きですわ、一哉様」
「さ、流石は一哉様です」
「あははははは、お姉さんとしてはネタじゃなくて状況にウケるよ」
ひでぇ。