「俺と女神の夢物語1」
幕間的なの。非常に短いです。
殺風景な原始界。ただただ漠然と広がる荒野。
神々が認識する事ができず、独自の生命体が存在するようになった歪んだ世界。
その世界のどこかで、一人の男と、1柱の女が向かい合っている。
巌のような黒髪の青年はにやりと獰猛な笑みを浮かべている。悪鬼羅刹の如く恐ろしい表情を浮かべている姿はまさに鬼のように恐ろしい。擦り切れた学生服が風にはためく度に、破れたシャツの隙間から鍛えられた象牙色の肌が見え隠れして、肉体に刻まれた無数の古傷が誇るかのようにその存在を主張している。───この世界に迷い込んで2年半、ただ一人でこの世界を生き抜いた強者の眼光は恐ろしく冷酷で灼熱のような意志に燃えている。
相対する女の肌は青白い。頭部から生えた二本の角は螺旋を描いて後方に逸れており、背中から生える龍鱗に覆われた一対の翼は小柄な彼女を包める程に巨大で雄々しい。アスリートを思わせる引き締まった身体は傷一つなく、そのたおやかな動きはどこか蠱惑的だ。狂気的な感情で濡れた紫紺の双眸は同色の輝きを灯して、その顔には無邪気な笑みを浮かべている。───この世界を発見した暴虐の女神は、どこまでも楽しげに青年の闘争を妨害した。
両者初対面ながらもその意思は共通している。
挨拶をするような気楽さはなく、どこまでも張り詰めた空気の中、最初に口を開いたのは女神だった。
「おっかしいね、あたしが此処を見つけたのは今さっきなんだけど、なんだって人間がこの世界にいるんだい?」
何が楽しいのか、ケラケラと笑いながら告げられた言葉はどこまでも狂喜に満ちている。
彼女からすれば暴れられるこの世界で初の敵対者、それが他を喰らう化物ではなく、その化物を更に捕食する強者であった事に感情に昂ぶりが止められない。暴神ティオにとって、敵対者こそが最愛なのだ。
「さて、俺はこの世界に来て長いが、しかし未だにこの場にいる理由など知り得やしない」
重々しい声で紡がれた、どこか楽しげに響く重低音。
久方ぶりの会話に、声を上げるという行為に、内心喜ぶが、残念ながら表情筋は本日もストライキ中らしい。その結果敵対的に見える程に無愛想な言葉となって響いたが、小躍りしかねない陽気さを内部で爆発させた青年は気づいていない。そもそもこの2年半で対人能力が白紙同然と化した青年にそこまで悟れと言う方が酷だ。
「へぇ、そうなのかい。それはまた面白い話だね」
「俺としてみては生き地獄と評したいがな」
「それなら地獄で生き残れるアンタは鬼に違いないね」
「鬼、か。それらしいのなら何度か食べたが、アレ等と同類扱いにされるのは勘弁したい」
「──────食べた?」
途端に女の顔が歪に歪む。無邪気なままに、凶悪な笑みへと。
同時に、男の雰囲気が変わる。楽しげに言葉を発していた男が急に黙り込み、どこまでも泰然と、あくまでも自然体で、青年の意識は切り替わった。
それに気付き更に笑みを深めた女神の双掌が、ボウと紫紺に燃え上がる。
「つまり、アンタはその鬼よりも強いってことだよね?」
「───まあ、そうなる」
「なるほどね、ちなみに私の目的は強い奴と遊びたいって簡単な願いなんだけどさ、アンタはあたしと遊んでくれるかい?」
「拒否権など与えるつもりはないのだろう?」
「当然、獲物を前に逃がす狩人は二流だよ」
「生憎だが、狩られる獣はお前だよ」
こうして、世界にとって異物の人と神の殺し合いが幕を開けた。
◆
───なんか、変な夢を見た気がする。
うん、なんかちっぱいなお姉ちゃんと見覚えのある誰かが殺し合いをしていた、そんな夢を見た。ううむ、何かの暗示だろうか?
まあ、どうでもいいか。とりあえずお腹すいたし仕事しよう。