オーク定食なう
解体した肉をフェリエ先輩から借りた袋に入れた私と、その隣をふよんふよん飛んでいるフェリエ先輩の前には、幸せそうに寝ている天使がベタな寝言を吐きながら、書類をヨダレで濡れた紙へと変化させている。……うん。これ、起こした方がいいのか?
そして周囲が誰も突っ込まないのってもしかして慣れるの? 普通5つしかないカウンターのひとつ完全に使い物にならないのに周囲の反応温かくね。この天使は皆の妹分か何かか?
「これは起こした方がいいのか?」
「……担当した者はフランドルで間違いないんだな?」
「ああ、確かにこの子だった」
「なら起きるまで待ってやってくれ。この子のコレは精神的な病気でな、無理矢理起こすのは、その、嫌だろう?」
ああ、居眠り病か。
それなら仕方ない。カウンター近くの椅子に腰掛けて適当に待つとしよう。
付き合いがいいのかフェリエ先輩もちょこんと机の上に乗って料理を注文している。さりげなく私の分まで頼んでいるのに気が付いて、思わずジッと顔を見たら照れくさそうに顔を背けたのには萌え死ぬそうだった。……あと、解体した肉の一部を店員に渡していたのだが、なんの料理が出てくるのやら。
さて料理、と言うか天使が起きるのを待つまで手持ちぶたさん、もとい手持ち無沙汰である。
その際に何かやることはないだろうかと悩んだのだが、もともと考える事が苦手な私である。いい案が思いつくわけがない。なのでとりあえず体内の魔力の循環に意識を向けて、魔力の制御能力の向上を目指して頑張るとしよう。手始めに循環速度を速めてみよう。
そんな一人で修行もどきを行っている私の前に座るフェリエ先輩は、若干呆れたような視線を此方に向けながら、何かを悟ったような顔でため息を吐いていた。そんな顔もかわいいのでこっそりとほっこり。
まあ、そんなどうでもいい私の感想は適当な場所に置いといて、ともかくこの酒臭さはどうにかならないものか。周囲では料理よりも酒、会話よりは殴り合い、肉体言語より武器言語。物騒極まりない喧騒の中で唯一まともそうだと思っていた魔法使いっぽい人々は、何やら固まって奇妙な笑い声を上げている。たまに酒が飛び交ったり、骨付き肉が目の前を横断したりするのを見ていると、正直食べ物を粗末にするなと言いたくなるのはまあしょうがない。……ということで飛んできた奇妙な果物? を手に取り、そのまま口に運ぶ。
「もきゅもきゅ」
「……普通、なげた物は食わんぞ」
「ッ、もったいない」
「そういう問題じゃないんだが」
そんな会話を聞いていると料理が運ばれてきて、それを見たフェリエ先輩がちょっとだけ嬉しそうに頬を緩めているのが印象的である。はてさて、私には料理というよりも、運んできたウェイトレスのエルフさんだった事が嬉しそうな原因に見えるのだけど気のせいかな、かな?
まあ、個人的にはどうでもいいっす。恋バナ好きな女の子でもあるまいし、どっちかというとエルフちゃんの耳を触りたいくらいしか思わない。あれって骨どうなってるのかね。
「オーク定食二つお持ちしました」
「ありがとう」「感謝する」
運ばれてきたオーク定食。
皿には千切りの葉野菜と小さな実野菜が二つ。そのすぐそばには主役であるオーク肉があり、何かのタレとあえてあるらしく、香る匂いは食欲を刺激する。その隣にはこの世界で見ることがないと思っていた銀シャリがあり、ピンと立ったお米の輝きがなんとも素晴らしい。明度の高いスープには色とりどりの野菜が入っており、その野菜の香りらしきものが湯気と共に立ち上っていく。飲み物は烏龍茶に似ているがこれと言って匂いはない。はてさて、どんな味なのか。
「いただきます」
先ずはスープを一口。口の中で濃厚で複雑な旨みが広がっていき、ピリッと来る辛味がいいアクセントになっている。ネギモドキはほのかに甘く、それがまたスープの味を引き立てている。銀シャリは相変わらず美味しくて、ほのかな甘味と米の香りは握る匙が止まらなくなる程に美味い。葉野菜も野菜特有の甘さとシャキシャキとした歯ごたえが楽しく、実野菜は酸味と甘みが丁度良く箸休めにもってこいだ。そして主役であるオーク肉は口に入れた途端に解けるように簡単に噛み切れ、豚の脂特有の旨味が、掛かっている甘辛いソースと絡み合って舌を心地よく刺激する。これを銀シャリと共に食べた時など最早至高と言っていい。
およそ十数分で定食を食べ終えた私の腹は満腹である。
大飯食らいではない私からすればこの量はそれなりに多かった。同時にこの料理はとても美味しかった。また食べたくなる程度にははまったと言っていい。
「ごちそうさまでした」
フェリエ先輩を見てみれば先輩サイズの定食をゆっくりと食べている。
……なんというか、ミニチュアが飯を食べている姿を見ているみたいでなんか不思議。
暫く美味しそうに食べているフェリエ先輩を見ていると、カウンターから奇妙な声が響いた。
視線を向けると天使が起きており、濡れて破れた書類を前に奇声と言うか、何というかを上げている。うむ、ご愁傷様。それはさておき、チュートリアル終了を知らせねば。
フェリエ先輩に一言断ってからカウンターで慌てているマイ天使へと話しかけるッス。
「すまない」
「やば、やばいやばい! 店長に怒られる! 流石にコレは洒落になってないよ!」
「……すまない、少しいいだろうか」
「あとにしてよぉ! ……って、巨乳! いいところに、ちょっとお願いしたいの!」
「む、なんだ」
勢いに押されて思わずうなづいた。
それと同時に押し付けられる書類。なんというかひどく見覚えがあるんだけど。
どう見ても登録用紙で、……あ、破れた紙に私の名前あるやん。
ああ、うん。なるほどね、とりあえずさっさらさ~と書いて渡しておいた。なにせ先ほど書いた物をそのまま書けばいいだけだ。楽にも程がある。
「ありがとう! これで怒られずに済む!」
「気にするな」
「ええ、気にしないわ。それで、なんのようなのよ?」
「チュートリアル終了の報告とオーク肉の買取をお願いたい」
「別にいいけど、でもなんで私のところなの? 隣の人とか空いてるじゃない」
「む」
フェリエ先輩を見るとすまなさそうに視線を逸らした。
嫌がらせ、ではないと思う。多分この子が困るだろうから引き止める為にああ言ったのだろう。
なんというか、周囲がこの子に向ける視線は優しいし。本当に大事にされているんだろうな。
「まあ、ちょうど良かっただろう」
「うん、それじゃオーク肉を出してちょうだい」
「これだけ頼む」
ドスンッと、大きな音を立ててカウンターが僅かに軋む。
まあ、そりゃそうよね。内臓と骨を抜きにしても全長2メートル以上の豚である。肉だけでもそれなりの重さになるわけですよ。なにせ持っていて身体強化をかけてないと持ち上げる事は出来ても数十分で疲れる程だ。重さにしたら、まあ、ざっとだけど70キロくらい?
巨大な肉ブロックを何個か適当に取り出して、敷物代わりにスーツの上着で代用。汚れるけど別に大丈夫でしょう。洗えばなんとかなる。……臭い落ちるといいけど。
「それ上等な服でしょうに」
「そうでもない。私の故郷では日常的に使用されている」
「え、そんな上等なのが? じゃ、じゃあ可愛い服とかも」
「私がそれに詳しい類に見えるか?」
「───期待するだけ無駄そうね」
「否定はしない」
自称元男に女子力を求められても困る。
まあ、家事は出来るけど。両親共働きで帰ってくるの遅いし、じい様に任せると料理は炭に、掃除は更に散らかり、気が付けばパチンコに出かけちまうし。まあ、料理云々はあの年代だと珍しくないんだけどさ。ガリガリする苦い飛騨牛を食べた時の悲しさと言ったらないよ。
「まったく、本当にアンタ女なの。───はい、オーク肉全部買取で1050ハオよ」
「──────ハオ?」
それってドルですか。それとも日本円。まさかペソ?
あかん、よく考えたら私常識知らんかった。そもそも1ハオって日本円に換算したらどの程度なん?
「すまない、それはいったいどのくらいなんだ?」
「あん? って、そうか。アンタ外から来たんだっけ。なら知らなくて当然ね」
「面目ない。できれば1ハオで何が出来るか教えて欲しい」
「気にしないくていいわよ。あと1ハオじゃ何も出来ないわ。せめて100はないと」
つまり1ハオで1円くらい? じゃあ1050ハオって1050円?
ううむ、そういうところもよく分からんが、それ以外にも気になることがあるし。
よし、分かった振りをして他の事を聞くとしよう。
「宿代は払えるか?」
「問題ないわ。東門前広場付近にある「緋色月」とかなら安いから、そうね。1ヶ月食事付き温水支給で10000ハオくらいよ。食事抜き温水支給無しなら7000ハオだしね。それにあそこは初心者支援に加盟してるから登録から半年までなら確か一か月6000ハオで食事は朝夕二回出してくれるわ」
「ふむ、ならオーク一匹で5日か。それならまだなんとかなるな」
「尤も血抜きした値段だけどね。しなかったら半値以下だから」
やはり血抜きは大事らしい。しかしフェリエ先輩は血抜きは普通しないと言っていたんだが、どうしてだ? そっちの方が金になるだろうに。
それとも手間暇の問題だろうか。不味くて臭い肉を運んで安い金もらうよりも少しの手間暇で美味しい肉を届けたほうがいいと思うんだが。まあ、いいや。私はこれからも血抜きを行うだけだし。解体方法も習ったし、別に問題なだろう。
「ありがとう、勉強になった」
「別にいいわよこれくらい。それで、朝言ってたけど、早速仕事したい?」
「覚えていたのか。まあ、今回は宿が先だ。また後日伺わせてもらう」
「頑張りなさいよ巨乳」
「巨乳は勘弁して欲しい」
「なら名前は? カードの方には匿名希望時に出る名前が出てたんだけど」
「───はぁ」
名乗らない方が格好いいし、主に対面的に。
「周囲からはちーちゃんと呼ばれていた」
「なによ、結局答えてないじゃない」
「勘弁してくれ、本当に嫌なんだ」
「チッ、ならアンタは巨乳固定ね」
「もうそれでいい。それではまた、今後ともよろしく頼むフランドル」
「じゃあね巨乳。……って、なんでアンタが私の名前知ってるの!?」
なんでって、そりゃフェリエ先輩が言っていたし。
ともかく逃げるようにギルド内から飛び出して、件の宿屋を探しに行くのであった。
……東ってどっちだろう?