チュートリアル終了なう
二階層は楽しかった。
骸骨である。ファンタジー定番の動く骸骨である。武器になるものも持っておらず、しかも動きも遅くて力も弱い。そんなファンタジー臭溢れる魔物を前に感じたのは恐怖ではなく喜び。私も大概ファンタジーに憧れていたらしい。しかも格ゲーと言うかアクションゲーな行動で敵をボコスカ殴る事の楽しい事楽しい事。傷とかどうでもいい程度には楽しいのよこれが。そして本当にゲームの真似をして戦うのも出来たと言う事実はあらゆる物にも勝る宝である。
しかし、しかしである。当初の目的を完全に忘却の彼方へと押しやったツケが来ちまいました。そう、フェリエ先輩から殲滅した後にポーション(紅茶風味)を手渡されると同時に告げられた言葉に、私は想像を絶する悲しみに襲われた。
「換金部位の説明をする」
「──────忘れていた」
全身から力が抜けるのを感じた。思わず膝を付きたくなったが、自業自得なので甘んじて受け入れよう。顔で笑って(無表情だが)心で泣いて、これが冒険者の辛いところよ。
砕けた魔物の中から比較的原型を残している死体(残骸?)の前まで案内され、頭蓋の中央、丁度眼窩から覗ける空洞の中に、ぼんやりと薄光が漏れている。薄い青、と言うか青白い? なんというか四人の顔色みたいな輝きが眼窩の奥からこちらを覗いている。
それがなんだろうかと見ていると、フェリエ先輩は内部に入り、口の方から手のひらサイズの石ころを取り出した。それが薄光の正体だったらしく、取り出した途端にその輝きを一瞬だけ強くして、次の瞬間に輝きは綺麗に消失した。
「これがスケルトンの換金部位だ。品質は最低だが霊光石だ。ギルドで売れば二束三文だが、まあ生活の足しにはなる。それ以外にも錬金術師に渡せば物品にエンチャントを掛ける際の素材とする事も出来る。それ以外にも用途があるが、それはまた自分で調べるといい」
「む、成程。それもまたチュートリアルと言う訳か」
「その通りだ。聞くより慣れろ、それができない奴はいつか後悔する。聞きかじった情報と、自ら学んだ経験とでは信頼の重みが違うのだから。まあ、本来は教えるような事でもないがな」
つまり知ったかボンボンよりも苦労人の少年という事か。
成程成程、確かに僕はできるもんと聞いただけの知識を偉そうに解説する馬鹿者より、経験した事を踏まえて話をしてくれる者の方が確かに有難い。二次元先生でもよく言うもんね、それに近い内容。成程、ギルドは案外しっかりとした教育をしているらしい。
さて、それでは歩みを再開しますかと、最短距離を突っ走って3階層へと突撃する。
そこは今までと違って特にこれと言った特徴がない。魔力で視力、嗅覚、聴覚、触覚を強化してみたがこれと言って収穫がない。まあ、かなり油臭い気がするが、その程度だ。火を付けたら危ないだろうな。……ん? 松明が支給されたのにこれって普通まずくないか?
「フェリエ殿、この階層はもしや」
「想像通りだ、この階層は火気厳禁でな、気化した油が充満しているので引火してまず確実に葬られる。ちなみにこのような階層はそれなりに多い。松明以外での視界を確保していないと詰むと言う体験をさせるために存在してる。まあ、視力強化を習得した者には大した障害ではないがな」
それなら私に関係ないわ。うん、だって真昼間のように明るいんですもの。
でもまあ、こんな空気の中を歩かなきゃならんつーのも嫌な話やね。日本だったら事件扱いだよこの臭い、だって云リッター単位のガソリン盛大にぶちまけたような臭やもの此処。火はおそか、下手したら火花で爆発しかねんよ。
これは怖いと慎重に歩く隣を、スーッって感じで空を飛フェリエ先輩。
種族特性狡い。なんですかその羽、いや翅。薄い頼りない半透明な翅なのにどうしてそんなに軽々と飛べるのさ。私がどれだけ必死に歩いていると思っとるん? いやまあ、関係ないですねごめんなさい。ちょっと慎重に歩くのにイライラして八つ当たり気味でしたすみません。
そんな中、特に臭いが濃い場所を通り抜けた先にようやく階段を発見した。ああ、これでこの臭い地獄ともオサラバだぜ。服に臭いが付いてそうで嫌だが、まあそれは後で買えばいいか。
ともかくこれで3階層は終了、これで残すところあと2つ。
さて、次は何が待っているのかな? ちょっとウキウキワクワクしながら階段を駆け下りて、───カチリ✩
「今、何か踏んだか?」
「先走るからだ馬鹿者。まったく、頭上注意だ」
言われるがままに上を見上げ、───タライッ!?
思わず両手でキャッチ、そしてウゾウゾと内部を走るゲジゲジのような奇妙な魔物、魔物、魔物。
……だからなんじゃい。ゴキブリ以外は大した事ないわ。そもそもアレがキモいのも食べたら腹食い破って云々の噂確かめようとインターネット開いてとあるグロ動画を見た影響である。見た目、なにそれどうでもいい。この程度なら素手で掴んで捨てれるわ。ただし、ゴキは勘弁だがな。
という訳で置いたタライを裏返して、魔力で強化した蹴りを叩き込んで殲滅完了。経験値どんだけ入ったのかしらと先に進もうとしたが、何故か真横で引いているフェリエ先輩が動こうとしない。と言うか、その「うわっ、コイツ終わってやがる」って視線はどうにかなりませんかね?
「どうした?」
「お前に幻想を抱く輩は現実の前にどう反応するのか気になっただけだ」
「大抵が今のフェリエ殿のような反応をすると思うが?」
「……これが女である事自体が最大の間違いなのだろう」
さらりと女全否定されました。まあ、概ね同意見なので首は縦に振っておこう。
それはともかくこの階層の情報プリーズ、ってな感じで質問してみたが、それに対する返答は特になかった。と言うか、ここからは実戦形式で、フェリエ殿が背後で見守って、失敗した時のみそれの対処法を教えるというスパルタンな方法へと切り替わるらしい。そしてこの階層を乗り越えた先にはお待ちかねのボスが現れるそうだ。
そういう事ならと全感覚を強化して、暴れるフェリエ先輩を胸ポケットに入れて爆走する。
道中怪しい箇所は壁を蹴ったり、天井を蹴ったりして回避しながらとにかく真っ直ぐに突き進み、───途中で蹴った場所が壊れ、向こう側に階段を発見する。どうやらこの通路すらダミートラップだったらしい。汚い、流石迷宮汚い。
まあ、いいや。対処法とか何一つ聞けなかったけど結果は上々である。なら問題ないっすよん!
これで残るは5階層、楽しいボス戦のはっじまっりだあっー、ヒャッハー!
◇
朱塗りの扉が上下に跳ね飛び、中を暴かれた部屋の中央には大柄な魔物が一匹。
茶褐色の毛で覆われた膨れたような筋肉の塊。圧縮ゴムのように頑強な肉体を惜し気もなく晒し、人間から奪い取ったのか、朱色に汚れた緑のズボンを無理矢理足に通している。醜悪な顔の中心には種族の特徴である平たい鼻が荒く息を吐き、短い乱杭歯が並ぶ口元は毛と血と肉と脂が醜く張り付いている。
豚人魔。───この迷宮のボスにして、多くの迷宮に生息する魔物の一種。女性からすれば下手に強大な魔物よりもはるかに最低最悪な魔物である。
しかし、それはあくまでも一般的な女が見た場合に限る。
「豚か、……食えるか?」
「個人的には好かないがそれなりに人気があるな」
「ふむ、換金部位は?」
「肉は当然だが、睾丸も性欲剤の材料となる」
その言葉が聞こえたのか、オークは僅かに後退する。魅力的だと下卑た笑みを浮かべていたその顔は、恐怖で歪んでいた。
明らかに怯えが混じった視線を向けられて、女はなんだと首を傾げる。
しかしすぐさまどうでもいいと判断し、全身に循環する魔力を強化へと使用し、その全身から清光を溢れさせる。明らかに練度の上がっているソレに妖精が驚いたかのように息を呑む中、当の本人は気楽に身体の調子を確かめるように、剛ッ、と音を鳴らして拳を振るっている。
能天気な同行者に思わず呆れた視線を向ける妖精の視界の端で、オークが情けのない雄叫びを上げた。
それは敵を威圧する為というよりは、自分を奮い立たせる為のものだろう。
その雄叫びで気合が入ったのか、腰に下ろしていた薪割り斧を手に取って勢いよく女、ではなく、妖精へと突っ走る。物騒な事を呟いた女よりも、呆れていた妖精の方がマシな気がしたのだ。
しかし、その間に素早く割り込んだ女により、その無謀すぎる特攻は遮られた。
最早ヤケクソだと、あらん限りの力を振り絞って振り下ろした斧を軽々と避けられた挙句、そのまま抵抗もできないままに軽々と投げ飛ばされるオーク。柔道で言う送り足払いなのだが、見た目通りの猪突猛進の勢いのままに飛ばされ、受身も取れないまま、肩から落ち、そのまま仰向けにひっくり返る。
痛みに呻くオークに突如として飛び乗ってきた女は、その両足でオークの腕を封じる。───その際に甘い匂いを感じて思わずオークが笑みを浮かべたのだが、その次の瞬間に底冷えするような冷徹な視線とともに、鋭い一撃が顔面を強打して悲鳴を上げる。
「ぴぎぃいいい───!!」
打つ、打つ、打つ、打つ続ける。
拳が振り下ろされる度に茶褐色の顔は歪み、崩れ、血で汚れていく。
逃げようと浮かせる頭を固い岩床に何度も叩きつけ、後頭部も赤く汚していく様子は、どこまでも冷静に見下ろしながら、次第に全身強化から四肢強化に変更し、特に拳に集中的に魔力を配分し、最大限にまで強化された一撃は、堅牢な筈のオークの頭蓋を冗談のように砕いて、ひしゃげていく。
もう何発か、誰も数えていないその鉄拳制裁が繰り返される度にオークの動きは鈍くなり、次第に抵抗らしい抵抗もできないようになっていく。
途端、女はオークの上から退き、強化により鋭さを増した手刀の一撃で頚動脈を切断。その後足首を持ち上げ、辛うじて生きているオークの血抜きを行っている。
しばらくして、血で朱く染まる床に息絶えたオークを寝転がせ、呆然としている妖精に向かって、
「解体して欲しいんだが頼めるか?」
「……残酷な。普通、血抜きなどしないぞ」
珍しく薄らと微笑んで、食欲に満ちた視線をオークに向けるのだった。