魔物相手に鍛錬なう
迷宮へ転送する古代遺産、通称転送ポータブルというらしい。
その楕円形の奇妙な台座の上に立ち、すぐ近くにある操作パネルのような物を担当者がポチポチと押しているのをボケっと見つめている。暇である。ものすごく暇である。なんというか、パソコンを構っている友人の隣でやることもなくただ座っていた時と似たような感じ。しかも気を紛らわす物が何一つないという地獄。うん、せめて漫画寄越せ。それがダメならせめて座らせて、寝るから。
そんな愚痴を心の中で吐きながら待つこと多分十数分後、ようやく起動したらしいポータブルから燐光が溢れ、視界を白一色に染め上げていく。白く、白く、白く染まって、───チン。
まるでエレベーターのような音が鳴ったと思ったら目の前の光景が変化していた。なんというか残念極まる転送である。もうね、なんてコメントしていいのか分からん微妙さよ、これ。
まあ、ともかく、現在地は迷宮の入口部分。安全領域とでも言えばいいのか、魔物は存在せず、適度に広いので休憩所として使用できそうだ。奥に行くとすぐさま暗闇が支配しており、支給された松明がなければ周囲を見渡すのも難しい。そんな場所を一人でいかねばならないのだ。
「探索者ナンバー37564、そろそろチュートリアルを開始するが問題ないだろうか?」
チュートリアル専用のマスコットキャラクター、妖精族のフェリエ殿である。
一見すると可愛らしい女の子だが、実際は男の子らしい。白い髪に薄らと緑を混ぜたような髪色はそれっぽいなと思う。スカートを履いてるけどスコットランドでは男性も着てるらしいし別におかしくない。絶対領域が素晴らしいので私としては一向に構わんッッッ!!!!
「ああ、手数をかけるフェリエ殿」
「先達が新入りを支えるのは当然の義務だ、気にせずともいい」
かっけえ! このちんちくりんでフェアリーな容姿をしているのもなんか男前だこの子。
エルフ耳ペロペロとか思っててすみませんでした。握って頬ずりしようとか思ってすみませんでした。
妖精族にこれからあったら色々と話しかけてみよう。こんな素晴かわいい男前な方がいる種族ならとても素晴らしいに違いない。
「さて、それでは開始する。迷宮での注意点などはその場で話すが、もし気になる事があればいつでも聞くといい。頼みごとがあるのならそれも出来る範囲で聞くのでな、……遠慮はするなよ?」
「ああ、そのときはよろしく頼む」
言葉通り、その小さな体に相応なマッチ棒みたいな松明を手に先に移動するフェリエ先輩。まるでおとぎ話のティンカー・ベルのように、ふわりと揺れる光の玉と化した先輩の背後を足音を立てないよう、体重移動に気を付けながら歩いていく。流石にむき出しの地面、と言うか岩の上い砂のような石が転がっているので音を完全に殺せるわけではないが、それでも気を付けないよりはいいと思いたい。
じゃりじゃりと音を立てながら進んでいく中で、急に待てがかかる。なんだろうかと思って松明で先を照らすと、そこには緑色のドロッとした何かが、紫色の穴からぼとりと落ちてくるところだった。アレは……もしかしてスライムかな?
それを見て、てっきり魔物の説明をするのかと思えばそうではなく、スライムっぽいのが出てきた紫色の穴を指差して、それがどんな物かを語りだした。
「あれが迷宮にのみ存在する魔物の出現箇所で名を魔泉と言う。出てくる魔物は基本的に迷宮の格に合わせた物が出てくるので心配はそうせずとも問題はない。だが、稀に格上の魔物が出現する事があるので発見次第閉じる事を優先した方がいい。閉じ方は、まあ、見たほうが早いか」
そう言うとスライムを瞬殺し、緩やかにその穴へと近付いてく。
その指先が穴に触れると同時に、何か、そう何かが指先から流れるとともに紫色の穴は縮んでいき、1秒もしない間に消滅した。凄く不思議な光景だった。
「このように、穴に直接魔力を流せば崩壊するので次発見した際は実践してみろ」
「すまないが、魔力とはなんだ?」
「……そこからか」
あさっての方向を仰ぎ見て、すぐさま此方に視線を戻したフェリエ先輩。何やら疲れきった表情をしているが一体どうしたのだろうか? 飛んでると疲れるん? 肩貸そうか、椅子として。
「先ずは魔力を感じれるかを教えてくれ」
「先ほど指先から何かが流れたのは感じる事が出来た」
「まあ、それが魔力だ。魔力は三ヶ所の丹田──眉間の奥、胸の中央、臍下三寸にある──から発生する。その発生を感じ取れるのなら魔力の操作も可能だろうが、出来るか?」
ふむ、取り敢えず目をつぶって感じてみる。
眉間の奥、胸の中央、臍下三寸。そこを意識してみると、確かに何やら奇妙な脈動を感じる。血流とは違い、直接的に感じる事は出来ないが、何かが蠢いているのは何となくは分かる。と言うか、全身をぐるんぐるんと回っとる。これが魔力だろうか?
感じられたのなら操作は可能と言っていたので、とりあえず魔力を目に集中させてみる。理由は魔眼とか覚醒したらかっけぇな、なんて単純明白だったりする。……ちなみに魔眼覚醒とかせえへんかった。
そのかわり、と言っていいのかは疑問やけど、視界が明るく、暗闇の先まで見渡せるように、……あ、コウモリぶら下がってる。
「……これが、魔力か」
「それが魔力だ。この場はまだしも、迷宮で魔力の有無は死に繋がる。利用は計画的に、可能なら回復をしておいた方がいい」
「ああ、ありがとう」
そうか、これが魔力か。
なんか延々と使ってるんだが減る気がしないんだが、ともかく気をつけた方がいいんだろうな。減る気がないというか、燃費がいいと言うか。えっと、1リットルで1000kmとか走る自動車みたいな感じ?
ううむ、まあ今は減る気がしないし、とりあえずはこのまま目に魔力集中したままにしておこう。松明の節約になるし、そもそも暗いと危ないし。
明るくなった視界の中、浮かんでいるフェリエ先輩の後方に付き従うかのように進んでいく。
そうして、気付く事がある。まず、周囲の岩壁には人の手が入っているのか、足元こそそのまま岩といった感じだが、周囲の壁はそれなりに平になっている。迷宮なので崩れる心配がないと言われたが、案外先人が手を入れているからこそ出た言葉なのかもしれないな。……もしかしてだが、人じゃなくて魔物が整備しとるなんて笑い話もあったりして。
「待て」
曲がり角の手前で不意に歩みを止められる。
なんだろうと聞く前に、スっと伸ばされた指の先に、小さな、それこそ小さな膨らんだ地面がある。えっと、このごっつう分かりにくい、それこそぱっと見ただの凸凹がいったいなんだというのでしょう?
「これは地雷だ。踏むと致死量の放電が発生する。よく見ると凹凸の形が正方形になっているし、そもそも微量ながら魔力を放出している。大きさも常に一定だ。観察する事を心がけていれば見落とす事はないだろう」
ああ、言われてもいれば確かにそんな気もする。確かに不自然に四角いし、なんか瘴気みたいなのが漏れてる。大きさはこれが初めてだから分からんが、まあ、大体30センチ四方の罠と覚えておけば間違いないだろう。しかし、こんな物が平然とあるのに初心者用なのか。どんだけ厳しいんだよ迷宮。
「対処法は?」
「遠距離からの魔法での破壊が一番安全だ。使えない場合はその場にある石でも投げて破壊するればいい。ただまあ、踏まなければ実害はないので、魔物を誘導して利用するのも手だろうな」
「成程」
今回は取り敢えずスルーして、更に奥に進むことにした。なんでもアレはギルドが特に注意する罠を最初に教えるために設置したダミーらしい。内心踏んでたらどうしようと思っていたがそれなら踏んでも安全だったらしい。それにこういう罠があると教えてもらえるのは本当にありがたいし、うん。あざーすっ。
更に進んだ先、一階部分の終着点が突然のように現れた。
ほぼ一直線の通路の先には石造りの階段がある。そこから下に降りれば次の階層に移動ができるらしい。らしいのだが、……なんというか、入口付近に奇妙な違和感がある。ないものがあるというか、妙な既視感を感じるというか。この感じは、……あ、さっきの地雷がある。しかも階段一歩手前の位置に。
「成程、先程の罠はこれを発見させるためのものか」
「初心者は先走ってはよく踏む抜くのだがなぁ、ああ、よく気が付いた」
満足げに頭を撫でられて内心で鼻血を吹き出す。
かわいい、と言うかかわいい。小さい美少女然とした少年風青年に撫でられてるのに子供が背伸びしてなでてくるみたい。すげえ抱きしめたい。しかし相手は大人である。抱きしめられない、くそぅ。
ともかく階段を下りていき、次の階層へと移動した。
見た目は変わらないし雰囲気もそう変わらない。違うがあるとすれば降りてすぐにスライムっぽいのがいたりする程度。
次は何が学べるんだろうかと言う期待を込めてフェリエ先輩を見詰めると、フッと、クールな笑みを浮かべて、
「この階層に罠は存在しない。だが、魔物が無限に、そして迅速に出現する。その為初心者の戦闘訓練の場として利用されている。そして、初回は引率者が危険があると判断するまでは好きなように戦う事が可能だ。さて、それでは実践訓練の開始だ。楽しんでこい」
その言葉とともに、トンと背中を軽く押される。
私を認識した途端にやる気満々に襲いかかってくる魔物達、あのスパルタン過ぎやしませんかい?
まあ、いいや。楽しい実践訓練の開始である!
◆
───引率とはかくも面倒な仕事である。
そう気が付いたのは二階層に降りてからおそよ3時間後、無表情に、無感情に、魔物との戦闘を鍛錬と同列に並べた女を前にした時、ようやく己の浅はかに気が付いた。
そもそもこの仕事の切っ掛けは、先日大きな仕事を終えた事で懐が暖かくなった事でパーティメンバーが各々の趣味のために一旦解散した為に暇を持て余した彼が、ギルドの受付嬢からそんなに暇ならて伝え妖精と、無理矢理依頼書に判を押された事が起因している。
見た目の事もあり初心者が言葉を受け入れるか不安であった彼なのだが、しかし、引率対象となる女は聞き分けがよく、おまけに物覚えのいい人間だったこともあり、すっかり油断していた、油断してしまった。
そう、世の中には自身を高める為になら手間暇危険金銭を一切考慮しない類のバカ、それこそ自分達のリーダーのような人類が存在する事を忘れていた。
目の前の女もどうやらそのタイプらしいと気が付いたのは、魔泉から大量に沸いてくる骸骨型の魔物〝スケルトン〟を前にして突撃を仕掛けた時だ。それまでは上記の通りに無表情で魔物を狩っては換金対象となる部位まで破壊して前に進んでいたので教えてやらねばならんなと唸っていたのだが、しかしそもそも女が換金部位に興味を示さないあたり、もしかしたら修行の為だけに迷宮に来たのではなかろうなと小首をひねっていた。
女の戦闘手段は素手にゆる殴打のみ。魔法も使用できないようで──魔力を知らなかったので当然だが──、集団に対して素手のみで応戦している姿はどこか喜々としているように感じる。何かの武術を模倣しているのか、動きはぎこちないものの理にかなっており、肉体性能そのものが素晴らしいので雑魚共を安安と蹴散らしていく中、しかし数の暴力の前に少しずつ傷を増やしている。
そもそもが無謀なのだ。武器も、防具も装備していない。着ているのは少し変わった紳士服のみ。靴も戦闘を考慮した物ではなく、どちらかというと歩くことを補助する機能に特化していたものらしい。他の探索者が見れば馬鹿にしているのか、自殺は他所でやれと言わんばかりの無謀な服装だが、しかし戦う事はけして止めないだろう事は目を見れば嫌という程に理解させられる。
爛々と輝く黒の双眸は何処までも灼熱の意思を燃やしている。それは怜悧な印象を抱かせる無表情とは正反対な、見る者恐怖を与えかねない純粋な狂喜。この状況を、命のやり取りで踊る女を見て、止めれる者がいるのならそれはある意味で英雄だ。なにせ引率者である自分自身近付きたくもない。
───アレは鬼だ。
思わず漏れた言葉が妙にしっくりとくる。
動くたびにぶれていた体幹はもはや揺らぐことがない。
螺旋を意識した動きはぎこちなかったが気が付けば自然と行っている。
肉体性能によるゴリ押しはいつの間にかに余裕に満ちた演武へと成り上がっていた。
挑むたびに、その性能が、技能が跳ね上がっている。
思考して行動すれば成長は促すことが可能だと多くの者が知っている。それを忠実に再現しているのだから強くなるのも当然だ。しかしだからといってこれ程までに急激に技量を上昇させる事が出来るのかと言われれば、答えはNO。できるはずがない。
仮に出来るのだとすれば、それは余程才が有り余っているのだろう。
そして目の前の女は間違いなくその類だ。天稟とはかくも残酷な物である。
そんな残酷な成長劇に突然の終焉が訪れた。
不意に後方に移動した女を追いかけるスケルトンの群れ。右も左もない、狭い通路で我先にと互を踏み潰しながら進む骸骨の群れの眼前で、女は呼吸を整える。
何をするのかと期待する観客に応えるかのように、女の全身から清光な魔力が溢れ、暗闇を淡く照らしている。
「まさか、……身体強化、か?」
普通の身体強化はあのように発光しない。しかし、一部の高純度の魔力を有する個体は制御が上手くいかないと内部から漏れた魔力が発光現象を起こす場合も存在している。その状況に酷似している事から間違いないだろう。しかし、先程まで魔力のまの字すら知らなかった存在が身体強化を使用出来るとはどんな成長速度か。
先程までの身体能力だけでも驚異的な女の速度が爆発的に上昇した。薄らと、青の残光を残して駆ける姿は下手な魔物より魔物らしい。
加速をもって突き進む突撃、閃光を瞬かせ唸る手刀、轟音を響かせ振り下ろさせる蹴撃、敵対する骨を砕き進む掌底、絶妙のタイミングで反撃を決めた肘鉄、跳躍と共に粉砕する膝蹴、着地際に放たれた震脚で吹き飛ぶ骸骨の隙間を縫う様の駆け抜け、それと同時に背骨を粉砕する豪腕。
───バガァンッ!!
踏み込みと同時に急加速する。踏み込みと同時に爆散する魔力は衝撃をもって女の身体に推進力を与え、無謀に暴れる骸骨の群を突き破る。その先には魔泉、未だに湧き出る骸骨が勢いよく放たれた正拳により頭部を粉微塵にされると共に魔泉の内部へと叩き付けられたそれは、流された魔力により緩やかにその穴を消失させていく。
完全に消失した魔泉の前に立つ女の背後に蠢く骸骨は一体もいない。
僅か数時間の戦闘で成長した新人に恐ろしいものを感じながら、しかし生活費を稼ぐ事が出来ないようでは迷宮探索者としては失格だとため息を吐いた。
さて、遅くなったが換金部位に関しての説明をするとしよう。なんで教えてくれなかったと言われないか、少しだけ戦々恐々としていたのだが、……まあ、バレなかったようで安心した。