トキメカナイ熱視線なう
迷宮都市には多くの者が訪れる。
口減らしで追い出された子供、一攫千金を夢見る若者、死場を求める歴戦の老兵。
迷宮を駆ける探索者、武具を売る職人、人を食物にする外道、身を売り惑わす妖花。
男も女も子供も大人も人も亜人も平民も貴族も、一切合切関係ない、ただただ純粋な実力社会。
何処にも属さず、何処にも媚びない。あらゆる意味での自由都市、独立都市。それがこの迷宮都市グローリアだ。
そんな迷宮都市の門番であるアルベルトは今日も今日とて最低限の仕事をこなしていた。
彼は別段優秀な人間ではない。金を払えば犯罪者でも内に入れるし、仕事中に酒を飲んで壁に寄り掛かって寝ていた事も何度かある。女には適当な理由でボディタッチをしようとして相方(と言っても親しくはないが)のレベッカに顔面整形されるなんて日常茶飯事。そんな仕事に不真面目で、男としても最低で、性根も腐ってるんじゃないかと評判の彼がどうしてこの都市の顔である門番を続けられるか、それはアルベルトの戦闘能力と、もう一つ。彼が持つ希少能力のおかげである。
彼は元探索者であり、それなりの実力を有いている。強いて言うなら自分と同程度の実力者なら、状況にもよるが複数人相手にしても時間稼ぎは可能だろう。しかしそんな事になることは滅多にないので彼が自慢気に話したところで信じる者は少ない。
なので彼の生命線は有するスキル───盗視に他ならない。
盗見は他者の情報を読み取るスキルだ。いや、より正確に言うのなら、他人限定で本来見る事が不可能な情報を閲覧する。そんなスキルである。
例えば此処にAと人間がいる。その男に対して盗視のスキルを使用した場合、アルベルトの視界には薄緑色の画面と共に、彼の情報が開示される。
【名前】A
【種族】人間
【称号】○○
【魔力量】○○
【能力】○○
【所持金】○○
アルベルトにはこう見えている。
これは相手が偽装と言うスキルを有していても関係ない。何故なら隠すべき情報を盗み見ているのだから。このスキルこそが彼がどれだけぐうたらに門番仕事を行っていても首にされない理由であり、そして彼が調子に乗って適当に過ごせる原因でもある。このスキルを有する存在は極めて少ない、故に換えが効かない事を彼自身よく知っている。
さて、そんな不真面目最低下衆野郎ことアルベルトなのだが、現在普段見せないような真剣な顔で長蛇の列の先頭にいる、一風変わった出で立ちをした女性を見て目を瞬かせた。
まず美しい。その言葉に尽きる。
この大陸では珍しい黒髪である事からステリルフェの出身か、もしくは子孫である可能性が高い。
中性的な顔ばせは一見すると怜悧な魅力に満ちているが、その双眸に宿るのは厳しさではなく、柔らかな母性だ。瑞々しい唇は固く閉ざされており、無表情極まりないのだがそれがあまりに自然に美しく、不快感など抱きようがない。
女性でありながら背高な自分の視点とそう変わらない事に驚きを隠せないが、それよりもそのほっそりとした体付きで、どうしてこうもメリハリのあるボディを維持できているのか、そして何よりその内に潜めている恐ろしいまでに鍛えられた肉体美は一体全体なんなのか。これ程女性的な美を魅せながらも野生の獣を思わせる機能的な美を感じさせる肉体には恐ろしいものを感じるほどだ。
その容貌にしばらく見惚れていたが、しかしケツを勢いよく捻られて奇妙な悲鳴を上げたことでようやく職務を思い出したアルベルトは、どこかぎこちない笑みを浮かべながら、その女性に向かって盗視を使用して、
【名前】???
【種族】??人
【称号】???
【魔力量】???
【能力】???
【所持金】0ハオ
初めて見る情報に呆然と、その情報を見つめ続けた。
こんな事を有り得ない。思わず口から漏れそうになった言葉をなんとか咬み殺す。
仮に何らかの情報が知れ、もし弱みになりえそうな物があったのなら、後日個人的に挨拶に伺おうなどと思っていた下衆男は、しかし実際にしれたのは金を1ハオすら持っていないと言うしけた内容だけ。
おまけに普段視える物が視えない。そんな異常な状況に背筋に脂汗が流れる。
しかし表面上は平静を保って笑顔で話しかけるが、ふと、女性と視線があった。
「ひっ!?」
ゾッとする程冷たい視線だった。
その視線の先が自分である事に気が付いたのは幸運なのか、それとも不幸なのか。
女性の冷徹な怒りと言う物はどれだけ屈強な男でも本能的に尻込みするものだ。そんな物を真正面から、先と変わらぬ無表情のままに向けられたアルベルトからすれば、先程の盗視の結果もあって恐怖を抱くには十分だった。
「すまないが」
そうして、初めて男に対して言葉が紡がれる。
感情の起伏の乏しい、女性にしては低い、しかし魅力的な音色。
「あまりジロジロと見ないで欲しい。慣れていないんだ、そう言う視線には」
まさか、バレている?
盗視で女を見た事を、当の本人が気づいている?
そんな、まさか。だがこの女なら───。
そんな恐怖を覚え、血の気が下がるのを感じながらも素直に首を縦に振るって、普段は周囲に迷惑そうに見られる程に馬鹿でかい声が嘘のように小さく、まるで虫の羽音のよう、に微かに渋り出される。
「申し訳、ありません」
思わず敬語になり、頭を下げた横を女が凛々しく通り抜ける。
後ろ姿を見ることすら恐ろしい。そんな感情を抱いたアルベルトは、先の女と出会わないために、今日は仕事が終わり次第すぐさま自宅に引きこもった。
◆
歩き始めて云時間、街道見付けて多分4時間くらい。
彷徨って魔物に襲われて、おまけに馬車にも轢かれかけて、この鍛えに鍛えた肉体がなければ多分生きていなかった。いやまあ、鍛えてたのは男だった(筈)頃ですけどね? 今の身体もそう言っていいのかは微妙なんやけどもね?
ともかく着いたその街っぽいの、近くにいたおばちゃんに聞いたら迷宮都市グローリアって言うらしい。迷宮都市ってまんまRPGとか、ファンタジー小説の単語だよ。剣と魔法のファンタジーとか誰得ですか、私得ですよ、読んだり遊んだりする分にはね! でも現実でソレに遭遇したくはなかったなぁ。
そんな話好きのおばちゃんは訝しげそうに私を見つめてくるのだけど、それよりも気になるのが周囲の、と言うか野郎共から注がれるトキメカナイ熱視線である。違う意味で混乱しそう。と言うか、なんというか気持ち悪い。
なんでこんなに熱視線を受けにゃならんのだ。そういうのは女の子に向けなさいな。
……って、今の私女やんけッ!?
ああ、成程。世の女性が言う、男のチラ見は女のガン見説はどうも本当だったらしい。
こう、もう、粘着系の視線が身体をねぶり舐めるかのように、……うぇ、鳥肌立った。
こっそりとおばちゃんに盾になってもらいながら、なんとか先頭の列まで我慢し続けて、ようやくたどり着いた先には先の視線を三十倍くらい強めたようなゴキホイホイ並に粘着質な視線の男。あまりに気持ち悪さに視線を向けるのも躊躇う程に気持ち悪い。絶対にアレは「うへへ、路地裏で後ろから襲ってやるぜ」とか思ってる視線だよ、ああ、気持ち悪い。
対して隣にいる天使はなんですか。美しいというよりは可愛らしいお嬢さん、人体の7割が水分、残り3割が癒し成分で出来ていますとかがキャッチフレーズに違いない、……アレ、キャッチコピーだっけ?
ぷにぷにと柔らかそうな薄桃の頬は突きたい。滑らかな紅色の髪はもう撫で回したい。まん丸な赤目はもう何それ宝石か何かと思うほどにキラキラしてる。私より頭2つ程も小さいのに一生懸命、手帳見ながら喋る姿とか、───おおう、これが母性愛ってやつですか。
必死に頑張る女の子ってなんでこんなに愛らしいのか。いや、男の子が頑張っている姿もそれはそれで素晴らしいものだと思うけどね。
おばちゃんが優しげに話したあと、すんなりと門をくぐって行くのを見送った後、ついに私の番となった。
「こんにちは、私門番のレベッカって言います。お姉さんは迷宮都市ははじめてれすか、……始めてですか!」
ぐふぁ、かみまみた。この子かみまみたよ。
真っ赤な顔になって必死になかったことにしようとする姿のなんと可愛らしい事か。
思わずそっと頭を撫でてしまいました。嫌がられてないみたいだし別にいいよね?
そんな可愛い子には最大限にあまっあまな言葉使いで年上ぶっちゃうぞ。
「私は迷宮都市に来たことはない、何か特別な手続きは必要か?」
───ごめん、努力したけどできませんでした。
思考と行動が常に不一致さと友人一同に注意されていたけどさ、自分自身本日改めて認識したよ。
今私は「私は迷宮都市に来たことないんだ、もしかして何か手続きとかあったりするのかな?」って聞こうとしてたんだぜ、信じられないだろうけどさ。
小さな頃からじい様の口調を御手本に育った私には柔らかい口調は無理ぽ過ぎた。
「大丈夫です、此処は門の通行に手続きはいりません。ただ犯罪歴の確認だけはやらないといけないのでそれだけはお願いします」
しかし天使は可愛かったッ! 私のかったい口調を気にもせず、にこやかに笑って「大丈夫ですよ~」と胸の前で小さなおててをぎゅっとしてます。可愛い、撫でたい! 撫でた!
「犯罪歴の確認方法での変更点はあるか」
ハッタリは大事、知らないけど知ってますよ的な雰囲気で然り気無く情報収集。情報は時として金塊より価値があるらしいよ、二次元先生の言葉は偉大なり。異世界でも役立つ内容の多いこと多いこと。
「普段通りに履歴表に手をかざしていただければ大丈夫ですよ!」
レベッカちゃんはそう言って腰に下げている袋へと手を入れた。
取り出すたるは掌サイズのタブレット、……タブレット!? うわっ、すげえ。私が持ってた奴より画質良いよ!
「…………これでいいのか?」
手をかざして数秒、必死に読む天使の姿に癒され10秒、満面の笑顔のいらっしゃいに反射的にお姉ちゃんって呼んでと言いそうになったのは秘密である。
さて、そんな最高のいらっしゃいに有頂天になった私を現実に引き戻したのは下卑た笑みを浮かべた屈強な猿。マジ許すまじ、発情猿。
「あ、あはは、いらっしゃいませ別嬪さん」
所詮いらっしゃい、されどいらっしゃい。同じ言葉でも口にする者が違えばこうも印象が変わるのか。
その気味の悪い、先程とはまた違った気持ち悪さを含んだ視線を真っ正面に受けた途端、相手は奇妙な声を発した。よく分からんが何やら怯んでいるらしい。
なら都合がいい。先程から感じている視線について一言物申してやる。
「すまないが」
相変わらずの平淡な声、感情を籠めようにも篭らないところは一切変わりはないけれど、出た声の高さには少しだけ驚いた。やっぱり私女の子なんやね。
「あまりジロジロと見ないで欲しい。慣れてないんだ、そう言う視線には」
目に見えて青くなる男に溜飲を下げる。
ただまあ気持ちは分かるぞエロ猿。目の前にメロンが2つ並んでたら見るよなぁ。でもコレ、脂肪じゃなくて大胸筋なんだぜ? いやまあ、柔らかいんだけどさ。
「申し訳、ありません」
なんかか細い声だ。もしかして言い過ぎたか?
ううむ、だが男の視線が無遠慮なのは事実なので私は悪くない。と言う訳で気まずい空気から逃げように門を早歩きで通り抜けるのであった。