VSコボルトなう
ちょっと長め。
──ガイスト、超美味しいです。
ビンタ一発昇天確実と言う美味しすぎる存在であるガイストは経験値稼ぎの恰好の的だった。
かれこそ10体くらいビンタ一発で倒しているおかげでガイストのみでレベルアップがかれこれ二回程発生した。
なにこれボーナスステージ? ……そう思っていた時が私にもありました。
問題はガイストではなく、塔そのものだった。
分かり易く言おう、ガイスト含む魔物を倒している途中、不意に天井が崩れた。足元が崩れた。壁が崩れた。
なんとか、本当に黒髭並みに危機一髪だったけどなんとか飛び出しせたけど、アレは正直生きた心地がしなかった。
あれから暫く色々と試してみたのだけども、一定区画(5メートルくらい)に一定時間(5分程)いると発生するらしい。なにそれいやらしい。
多分だけど、魔法職の人が結界張って籠るの防止なんだろうなぁ。芋砂マジ許すまじと言う確固たる怒りを感じる気がする。
まあ、そんな事をどうでもいいか。私走り回るタイプだから基本的に関係ないし。
問題はこの塔の内部、罠がたくさんあるという事だ。それも赤外線とか世界観ぶっ壊すような代物がちらほらと、曲がり角にクレイモアみたいな爆弾が合った時はヒヤッとした。先にガイストが通らなかったらアレは確実に死んでいたと思う。ちなみにガイストは爆発でこっちに吹っ飛んだ際に私の掌に接触したらしくお亡くなりになりました、南無。
ちなみに罠以外の脅威として存在しているこの塔の内部に存在するモンスターは今の所4体確認している。
一体はみんなご存じカモ野郎ことガイスト。経験値美味しいです。落し物は基本的にないけど、偶に闇纏いの衣っていう外套を落すのだけども、これが普通の黒パーカーみたいな見た目だった。スーツにパーカーはないと装備してないけど、こういう服は楽だから結構好きなんよね。
一体は石炭っぽい見た目のゴーレムであるコールゴーレム。殴って簡単に割れるカルシウム不足な奴で、落したのはやっぱり石炭だった。用途があるのか、ないのか。この世界の事はよく分からないけどなさそうだと思った私は悪くない。魔石万能説。
一体はキノコのこーのこ毒キノコなマタンゴだ。飛んでくる花粉が怖かったのでスーツを瞬時にマタンゴの傘部分に移動させてからボコった。ドロップアイテムはシイタケでした。何故に? まあいいか、触感苦手だけど出汁にすると美味しいんだよね。
最後の一体はコボルトで、これが正直一番面倒だった。一匹見たら10匹確定と言う嫌がらせの様な数が一度に襲ってくる。しかも迎撃で足を暫く止めれば周囲が崩れるし、何よりも地味に連携を取ってくるのが腹正しい。ちゃんと役割分担されているのだ。流石だ、わんこ。見た目二足歩行柴犬で、目はもろに肉食獣しやがって。
と言うか、此処罠多すぎなんですけど。習った地雷も平然とそこら中にあるし、壁から槍とか矢とか飛んでくるし、釣り天井落ちてくるし、いきなり足元開くし、階段ダミーで石転がってくるし──忍者屋敷だってもう少し節操がある。
そんなこんなで塔内を、と言ってもまだ2階にも上がってないけど、とにかく走り回っている最中、採取ポイントはどこにあるんだろう?
<観察眼>で補正が掛かっている筈なのに一向に見つからない。もしかして素の能力が低すぎるのかしら?
まあ、その場合鍛錬するだけだ。1に努力 2に努力 3 4はなくて 5に努力だ。今日も元気だごはんが美味い。──お腹すいたなぁ。
あ、またガイスト。経験値頂きます。
今回は二体同時だったので両掌で応戦、個人的に気分はダブルラリアット。最もラリアットと違って腕を鞭のようにしならせてからのビンタだけどね。
それにしても、だ。
この塔は広い。採取ポイントドコー?状態だけども、それ以前に階段も何処か分からない。
古き良き時代のRPGを行っていた際にメモするような余裕がなくて必死に身に着けたPS「脳内マップ作製」のおかげで道に迷うような事はないだろうけども、それでも未だに全部を回れたと思えない時点でちょっとしたホラーである。外観から見た内部面積を考えると既に三倍は移動している。
これが迷宮か、──純粋にすげえと思う。
こういう空間無視した莫迦広さのある部屋ってちょっと憧れる。
何処かに秘密の通路とかがあって、そこを移動する事で色々な場所を行き来できるとか?
実はエレベーター的な何かが存在して落とし穴に落ちた先にあるとか、そういうロマン、大好きです。
まあ、ロマンは基本的に実在し難いからロマンなんだけどね。男のロマンは現実では肩身が狭い。今日日小学生でも工具ドリル片手にきゃきゃうふふと遊んだら即効で警察のお世話になっちゃうんです。……じ、実体験じゃないんよッ!? あくまで例え、例えやねん。
まあ、無駄な思考はさておきだ。
ともかくそろそろいい加減に転機が欲しいところだ。
階段でも、宝箱でも、採取ポイントでも、何なら新種のモンスターでもなんでもいい。
今私の願い事が叶うのならばイベントをください。
……そんな私の祈りが通じたのか。
曲がり角を左に曲がって進んだ先、なんというかカラフルな行き止まりにキノコが群生していた。
形状はなんというか、シメジ、それも丹波シメジに似ている。ただ、傘部分が灰色と黒、石突き部分の上半分が青色、下半分が黒と言うなんとも言えないは異色さ。壁がカラフルな理由はこれだった。稀に違う色のキノコがあるけどこれはなんだろう? 茶色の傘にピンクに黄色のまだら模様の石突きというこれまた不思議キノコ。
これ等は、どういうキノコなんだろう? まさかこの見た目で食用と言う事はないとおもうけども。
しゃがみ込んで観察した後、とりあえず胃袋に収納する事にした。植物は生物ではなくて食料と判断されるのだ。……食料と判断されちゃったよこのきのこ’s。
見た目が最早色々とあれだけど、案外美味しいのかね、美味しいのかな。……じゅるり。
まあ、ダンジョン飯をしようにも生憎と調理器具持ってないしなぁ。調味料だってすっぴんかんだ。
持ってたとしてもここだと床とか崩れるから無理だけど。……お金が溜まったら調理器具買おうっと。
「──む」
背後、正確には先程の曲がり角の向こう側から妙に重たい足音を感じる。
ゴーレムほどではないが、しかしこれはコボルトでもマタンゴでもない。ガイストはそもそも足がないので除外するとして、もしかして新たな魔物だろうか。
その背後から追従するかのように無数の足音が警戒に鳴り響くのは、ソレを追っているのか、それともそれに従っているのか。
生憎と私には判断できそうにない。何より情報量が少ないし。
それが曲がり角を曲がらずに、こちら側に直進しているのを察知した私は立ち上がり、迎撃の準備を迎える。
というのも、そろそろ5分が経過するのだ。まだ多少の余裕はあるものの、こちらに魔物が到達すると同時に崩れかねない程度には危うい。
なので魔物ならそのまま利用して押し潰そうという労力削減戦闘を行おうと思っていた。
しかし、なんというべきか。私のステータスに幸運値とか、その手のパラメータ的な数値は見えないのが悔やまれる。
仮に見えたとしたら恐ろしく低いか、もしくは高いのかもしれない。──何せ今駆けてくる魔物はどう考えても殴れないタイプだ。
駆けてくる魔物は白く、小さい。ペリドットのような見事な瞳とは別に、額に位置する場所にはパイロープ・ガーネットのような血に似た真紅の輝き。
一見すると猫の様な、そんな魔物だが、柔らかそうな白い毛がない部分は白金色の鱗に覆われている。
……なんだったか。額に赤い宝石と言うとカーバンクルを思い出すのだけど。でも猫なんだよなぁ。
ああいうかわいい系殺すのってちょっと罪悪感半端ないから嫌なんですが。まあ、敵対するなら殺っちまうけど。
そう思って拳を握ると同時に弓矢が飛んできた。後ろのコボルトは弓が使える個体がいるらしい。まあ、魔法が使える個体がいないだけマシかもしれない。
問題は、それを撃たれているのは私ではなくて猫だという事だ。……あ、お前さん獲物側なのね。
しょうがない、私は猫年になりたい人だから助けてしんぜよう。感謝して後でモフモフさせてくれ。
◆
それは曲がり角の向こう側、追い詰めた筈の壁の前で待ち構えていた。
<崩落灯台>に住まう最強の魔物、その子供を捕獲する為に行動した複数のコボルトによる武装兵団。
総数30を超える一個小隊、魔法に長けた特殊な個体も多々存在するエリート部隊である面々は、その存在が何か、理解するのに僅かな時間を要してしまった。
その僅かな時間で、それは轟音を残して小隊へと突撃した。
咄嗟に盾を構えるタンカーの5匹、手には鋭い槍を持ち、それを一斉に突き狙う。
真っ直ぐに伸びた槍は間違いなくそれを狙っており、相手の速度もあって回避不可能な平面攻撃だ。
通路はそれなりに広いものの、けれどもコボルトが5匹も並べば隙間はなく、天井は高いもののその先には魔術と弓での集中砲火が待っている。
故に万全、故に精鋭。知に富んだ特殊個体であるコボルト小隊長の指揮により振るわれる力は未だ軽微の損害以外出した事などあり得なかった。
今回も間違いない勝利を無感動に受け入れて、小隊は漫然と進んでいき、けれども進軍は進まなかった。
先行して前方を陣取っていた5匹のタンカーは一歩たりとも動かない。否、動けない。
何事かと事態の確認をする小隊長の目の前に拡がる光景は、あり得ない現実だ。
そこにいたのは砕けた槍の穂先を後方へと投げ捨てる存在だった。
仮にこれが槍が破壊されているだけならば小隊長とて驚きはしなかった。それぐらいならこの迷宮に存在する理不尽な存在達ならもっと恐ろしい方法で蹂躙していたに違いない。──なので問題はそこではない。
問題は、その存在が砕いた槍、その持ち主にある。
ある者は頭部をひしゃげていた。ある者は胸が螺旋状に抉れていた。ある者は両腕が内側へと押し潰されていた。ある者は上下に裂かれていた。ある者は、──喰われていた。生きたまま、喉元に食らい付かれ、悲鳴を上げる事も出来ないままに、絶滅させられている。
それを、ゴリゴリと音を立てて咀嚼する存在は、ゾッとする様な魔力を奔らせながら、呑み込んで、
「それなりだ」
味の感想なんかを口にした。
そこで小隊長は初めてそれが人であると気が付いた。
似たような存在が多い中で、最弱の存在である人間。魔力操作も、肉体も劣る傲慢な劣等種族。
それが人間だ。あらゆる意味で平均値を下回るだけの存在が、悍ましい程の魔力を猛らせていた。
意味が分からない。と言うか、あり得ていい現実ではない。
思わず呆ける小隊長の周囲で悲鳴が上がる。喰われていた同胞が砲弾として周囲の同胞を巻き込んでいったのだ。
投げた人間は豪快な音を立て、またこちらへと突撃する。その速度は先程よりも尚速い。
慌てる様に盾を構え、受け止めたコボルトがくの字に折れる。盾に止められた筈の拳は、いつの間にか開いた状態で盾を奪い取り、逆の拳でコボルトの腹を強かに打ち上げた。
小隊長は恐怖から一斉に仕掛けるコボルトに逃げる様に指揮を飛ばした。──勝てる勝てないではなく、単純な話、この人間は何かがおかしい。
それが何かは理解できないが、少なくともこのまま戦った場合戦術的敗北の可能性が高い。そう判断したのは長年で培われた勘で、小隊長としての立場を考えるならばこのまま戦闘を維持し、その最中にあの子供を捕獲する方が正しい。
しかし、任務達成をしたところで、小隊が壊滅しては意味がない。
仲間を見捨てる事は許されない。捨て駒にするなどもってのほか。全員が部下であり身内なのだ。
故に小隊長は前へと躍り出た。周囲を逃がす為に殿を務めようと剣を掲げ、
「──オオオオォォォッ!!」
吠え、突撃した。
背後から悲鳴のような声が上がる。仲間からの心配の声だ。
横を駆けていく同胞に死ぬなと絞る様な声で言われた。訓練時代の同僚だ。
その言葉に無言で笑みを返して、──小隊長は敵と対峙した。
剣を上段から振り下ろし、敵のそっ首を叩き切らんと体重を乗せる。
他のコボルトを殴り飛ばした直後の人間に反応できる筈がない。出来たとしても反撃は不可能だ。
それほどに絶妙なタイミング、最高に最良の一撃は、しかし斬り付ける瞬間に爆発するかのように肩口から溢れた魔力の奔流に飲まれ、肩口から右肘を切り裂くにとどまった。
しかし、それがコボルト達の中で唯一まともに与えた一撃だった。
先程までの蹂躙が、正真正銘の戦闘へと切り替わった瞬間だ。
振るわれる剣の側面を正確に弾く傷だらけの拳、蹴りを受け流しそのまま殴りかかる小盾。
懐に入ろうと果敢に責め立てる人間に対して、小隊長は盾と剣で巧みに防いでいく。防戦一方、ではない。どちらかと言えば小隊長こそが押していた。人間は身体能力でこそ上回っていたが、技術はまだ拙いのだ。
だが、それでも強い。圧倒的に強い。まるで暴力の化身のような、力そのものの様な異常な強さを秘めている。
それが小隊長には恐ろしかった。知っているのだ、技術云々ではなく、圧倒的な暴力が単純で、最も恐ろしい存在だと。
過去に対峙した子供の親、──災厄と呼ばれた最強種も、圧倒的な力のみで戦略も、陣形も、定石も、あらゆる意味ある行動、存在を無にしていった。
コボルトが集落を作る5階層より上に存在する雷の上位精霊は、気まぐれに下の階層に移動してそこに存在する全てを消し炭に変えてしまう。
それと同じだ。これはまだ、サイズが近いからこそ、戦い方が似ているからこそどうにかなっているだけだ。
「グ──ゥルルルアアアァァァッ!!」
それでも隊員は守って見せると、盾を使い、相手の拳を押し返す。
一度防ぐとすぐさま二発目が、三発目が飛んでくる。徐々に精度が、一撃の重みが向上していくのを感じる程に、目の前の人間は規格外だ。
──それでも。
拳が振るわれると同時に、小隊長も剣を前に差し出す。
ガードを捨てたカウンター、交わる剣と拳。
頬骨を砕かれる痛みを感じながらも、手に感じる感触に小隊長は笑みを浮かべた。
相対する相手の頬は、深く、大きく切り裂かれている。右頬から、顎にかけて、肉が見える程に大きな傷だ。
残念な事に、それは首の方に流れたが、致命傷を与える事は出来なかった。
────それでも。
まだ、倒せる。まだ、逃げれる。
これは反撃の狼煙だ。硬直した状態は終わった。次も果敢に責めるべきだと本能が告げ、それに呼応するかのように意思が鋭く尖る中、不意に、痺れる様に勘が逃げろと叫んだ。
不意に、零れるかのように微かな言葉が耳朶を打つ。
「本気で行くぞ」
瞬間、闇が弾けた。
目を見開く。音が遠ざかる。匂いが腐る様な、舌が痺れる様な、肌が泡立ち毛が逆立つような恐怖を感じる。ぞっとする様な、闇紫色が灯る。人間の身体の内側から溢れるかのように。先程の清らかな蒼を駆逐するかのように。
闇紫色は、暴神の象徴だ。
無邪気な暴力、原始の象徴、無秩序な力。
混沌たる力の神、暴れ狂う闘神の成れの果て、荒神。
そんな力を、最弱種である人間が、着慣れた服か何かのように纏っている。
────ああ。
それでも、とはもう思えなかった。これは既に逃げる事すらできそうにない。
────だからこそ。
盾を捨て、剣を両手で握る。決意と共に人間を睨み付け、けれど体は震えた。
これは武者震いだと自らを鼓舞して、
「──ォォォオオオンンンッッ!!」
弾けるかのように前に出た。
振るうのはただの一振り、だが、渾身の一撃だ。
大上段からの振り下ろし、助走を付けた単純な、けれどだからこそ威力のある一撃。
鋭く、迅く、何処までも強く、──振り下ろした。
人間が動いた。
それは先程の比ではなく、尋常じゃない速さで。
剣先が人間の髪を数本切り飛ばす隣で、人間は身体を捻らせて。
足首から、胴体へと、それが肩まで上がって、肘へと奔り、拳が迫ってくる。
闇紫を蒼が喰い破るかのように瞬いて、破砕音と共に、赤が視界を染めていく。
内側を何かが貫いていく。後方へと衝撃が奔り抜ける。大切な何かが零れ落ちていく。匂いが鉄のように、雑音が流れ始めた。
灼熱と冷気が同時に襲い、小隊長として生きたモノを肉へと変えていく。
赤い視界の先に生きている同胞は存在しない。逃げ切れる事を祈り、小隊長は人間へと視線を向けた。
視線を向けた先には、笑みがあった。どのような笑みかは分からないが、しかしそれは友愛に満ちていた。
「──ォ、ォォ」
仲間に手を出さないでくれと、伝わる筈もないのに懇願した。
命を失うよりも、怖い事があるのだ。
それに小さく頷いた人間は、気が付けば元の無表情に戻っていた。
けれどもそれは何処か温かみがある、不思議な表情で、
「誓おう」
そこで小隊長の命は尽きた。
残るのは傷だらけの人間と、その背後で震える子供だけで。
その存在を認めないかのように通路が崩落した。