☆ 第94話 カブトムシ
我が家には、かれこれ十年近くサナギのままのカブトムシがいる。母は気持ち悪がって捨てろと言うのだが、父はまだ生きているのだからと飼育を諦めようとしない。
うちでは他にもカブトムシやクワガタを飼っていた。しかし、何年もサナギのまま生きている個体はこれが最初で最後だった。インターネットで調べてみても、そんな症例は出てこない。
結局、カブトムシが成虫になるよりも先に父が病気で死んでしまった。
こんなことを言っては母に怒られるが、私は父の死に安堵を覚えていた。
私だけが知っているカブトムシの秘密。
あれは、私が小学生の頃だった。サナギを観察しようと飼育ケースを持ち上げた時、手が滑って床に取り落としてしまった。
床に散乱する土と乱暴に放り出されたサナギ。拾い上げてみたけれど、微動だにしない。
サナギが死んでしまったと知ったら、父に怒られる。私はとっさにこの状況を隠蔽しなければいけないと思った。
その時、私の目に入ったのは友人から貰ったおもちゃだった。そこにはカブトムシの成虫、幼虫、サナギそれぞれのリアルなおもちゃが入っていた。
私はサナギのおもちゃを土の中に戻し、本物のサナギは親にバレないように、こっそりと庭に埋め隠した。
父はサナギの入れ替えに気づかないまま気長に世話をし続けた。だが、このおもちゃの役目ももう終わりだ。
飼育ケースをひっくり返し中の土を全て掻き出し、土だらけになったサナギのおもちゃを拾い上げる。
シリコン製のサナギのおもちゃは、嫌がるように足をバタつかせた。
お題提供:イーストブルーさま