☆ 第86話 来客
あれはたしか、三年ほど前のことだ。まったりとした空気に満たされた休日の朝に急な来客があった。
誰かと思って出てみれば、和服姿の見知らぬ老婆が立っている。隣の部屋と間違えたのかと思ったが、老婆はニコニコと微笑んだまま部屋へ上がり込んできた。そして、そのまま迷うことなく和室へ向かってしまった。
座布団にちょこんと座った老婆を放っておくわけにもいかず、私はお茶とありあわせのお茶菓子を出した。
もしかすると私と面識がないだけの夫の親戚か何かなのかもしれない。そう思い、慌ててベッドの中の夫を叩き起こした。
寝ぼけまなこの夫に確認してもらうと、やはり知らない人だという。
「ねえ、なんとかしてよ」
「なんとかって言われてもなぁ……」
二人で声を殺して話していると、唐突に老婆が立ち上がった。どうやらお茶を飲み終えたようだ。
老婆はニコニコしたまま私たちの前を通り過ぎると、そのまま玄関から外へ出て行ってしまった。
「え!?」
慌てて外の廊下を覗くが、そこにはもう老婆の姿はなかった。
そういうモノに出くわした時、対応によっては幸せになったり、不幸になったりすると聞く。ところが、我が家では大きな幸運が舞い込むこともければ不幸に見舞われることもない、何ら変化のない生活を送っている。