☆ 第84話 おまじない①
好きな人いるの? と聞かれたのは放課後、部活が始まる前のわずかな空き時間のことだった。特に親しいわけでもないリナからの問いかけに戸惑いながら「まあ……、うん」と曖昧に答えた。
部活もクラスも違うリナと話すのは、これが初めてだった気がする。
「それってもしかして、ケント?」
不意に飛び出した名前に、一瞬呼吸が止まる。私がケントのことを好きだとどこかで聞きつけて、真偽を確かめにきたのだろうか。
「……そうだけど」
警戒しながら答えると、リナは満面の笑みを浮かべた。そして、彼女の唇がいたずらっぽくすぼめられる。
「あたし、とっても効くおまじないを知ってるの」
リナに促されるまま、私はおまじないを実行に移した。布製の人形の腹を軽く裂き、そこに私の爪をひとかけら詰める。裂いた部分を縫い合わせて、適当なところへ名前を書けば、それが私の分身になるのだという。
あとはその人形を想い人に向けて放り投げ、相手に拾ってもらうことができれば恋が成就するという算段らしい。
ケントはサッカー部だから、今頃外にいるはずだ。そう思いながら窓の外へ視線を向けると、ちょうどケントたちがグラウンドへ向かっていくところだった。
私は願いを込めて窓から人形を送り出す。ところが、人形は手前の木に引っかかってケントに気付いてもらうことすらできなかった。
まあ、所詮はおまじないだ。
部長が集合を掛けている。人形はリナが片付けてくれるというので、私は部室へ急いだ。
おまじないの失敗は気にしていないつもりだったのに、その日の部活はさんざんだった。足まで痛めてしまい、憂鬱な気分で帰宅の途についた。




