☆ 第83話 すこし、「ある」。
以前に書いた短編小説を怪奇短編集用にアレンジしました。
元のお話はこちら↓
https://ncode.syosetu.com/n2000ei/
「お前さー、これ何て読む?」
部屋でだらだらとマンガを読んでいると、急に兄が話しかけてきた。その手には汚い楕円型の落書きがされた紙がある。
「……ゼロ?」
求められるものは何となく察した。兄も満足したのかうんうんと頷いている。
「日本人はこれを『ゼロ』か『レイ』と読む。その使い分けは知ってるか?」
「あー……」
この前テレビ番組のクイズでやってたやつだ。なんでこの知識を堂々と私にひけらかそうと思ったのだろう。
兄の頭の悪さにうんざりしていると、兄は自信満々で解説を始めた。
「0を『ゼロ』と読めば『全くない』の意味になるし。『レイ』と読めば『少しある』の意味になる。
算数とか考えてみろ。な? 納得だろ?」
そっか。あの番組やってた時ってちょうど部活でいなかったんだっけ。
家族全員が知っていることをわざわざ偉そうに話しちゃって。
兄を憐れんでいると、思いもしない方向から追撃が来た。
「だからお化けは『レイ』なんだよ。少し『ある』んだ……」
「……は?」
この兄のことだ。私の白けた態度を見て即興で作ったとは思えなかった。マンガ雑誌から目を上げると、そこにもう兄の姿はなかった。
部屋を出て兄を探す。今の話の真意が聞きたかった。ところが、家じゅうを探しても兄の姿は見つからないかった。
「ねえお母さん、お兄ちゃんは?」
「え? 今日は模試で朝からいないじゃない」
母の言葉はにわかには信じられず、代わりに兄の不思議な言動が頭をぐるぐると駆け巡った。




