☆ 第78話 霊樹
その日、私は後ろめたさと大きな包みを抱えて帰宅した。
これを持っていれば幸せになれるという言葉にそそのかされて、二十万円という大金を支払ってしまった。夫の不倫へのあてつけ。なんて言い訳が通用するだろうか。家庭の不和を言い当てられて動揺してしまったのだ。
「おかえりー……って、何その包み」
玄関先で私を迎えてくれた息子がぎょっと目を見開いた。私は答える代わりに包みを開けて見せる。そこに収まっていたのは、朽ちかけた木だった。
「霊樹さま。ご神木なんだって」
息子はしかめっ面をしてご神木をつつく。その刺激だけでご神木の表面がぼろぼろと崩れ落ちた。
「ママ、これ絶対腐ってるよ」
「うん……」
明らかな詐欺に遭ったのだと理解してそれまで以上に気分が沈む。その時、息子が小さく悲鳴を上げた。
剥がれた表皮の隙間から、白くぶよぶよしたものが蠢いているのが見えた。虫食いだったのだ。
――捨ててこなきゃ。
大枚をはたいてしまったので惜しい気もするが虫の湧いた朽ち木は家に置いておけない。
観念して捨てようとした時、ちょうど夫が帰ってきた。夫は木の中に巣くっている虫を見るなり、目を輝かせて何かを始めた。空いていた衣装ケースに土を詰め、そこにご神木を横たえてさらに土を掛ける。
「何してんの?」
「……は? クワガタだろ?」
ご神木に湧いた虫を飼うつもりのようだ。
夫は小さい頃からクワガタを飼いたかったが、虫嫌いの義母がそれを許さなかったらしい。虫の世話に夢中になった夫は不倫相手と縁を切った。
少々高い買い物にはなったが、どうやらご利益はあったようだ。
お題提供:電咲響子さま




