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☆ ☆ 第56話 ある底冷えの日に
「お母さん、起きて」
耳元で子供の声が聞こえた。
薄く目を開けるが、室内は暗く、ぼんやりと輪郭が見える程度だった。
「んー……お母さんも眠いんだから、ちょっと待ってて」
寝ぼけながら答えて、目をこする。
枕元に置いていたスマートフォンで時間を確かめると、午前五時少し前。秋口とはいえ、この時間ならもうちょっと明るくてもいいはずだ。
窓の方へ視線を向けて合点がいった。
厚手のカーテンが閉めっぱなしだ。いつもなら朝日を取り込むために細く開けているのに。
のそのそとベッドを這い出すと、床に足を付けた。
つい一週間前までは寝苦しいほどの暑さだったのに、今では足の裏に伝わる床の温度はひんやりとしていた。
隣でぐうぐうと盛大ないびきをかいている夫には悪いが、カーテンを勢いよく開ける。
朝の眩しい光で一気に脳みそが覚醒した。
そこで気付いてしまった。私には子供がない。正確には、四年前に流産してそれきりだ。だというのに、どうして子供の声が。
あの子は一体誰だったんだろう。